記憶 :魂の片割れ、ニコ

 暗く静かな暖かい場所に、俺の意識は浮かんでいる。

 ―――そうだ、そうだった。

 俺は、仁子ニコに、魂を返したんだった。



 俺たちは、双子だった。ニコは病弱で、学校以外では引きこもりの……身体が弱くて体力がないから、引きこもらなくてはならない妹だった。

 ニコは、知識欲が旺盛で勉強が好きで、本もゲームも好きで、俺はいつもそんなニコと一緒に いた。

 ニコを護らないとって思って。ニコはすぐに体調を崩すから。しかも強がって助けも呼ばない。ニコが苦しまないように、俺が何とかしなきゃって。

 俺のせいなんだ、ってどこかで思ってた。だけど、それが本当だったって思いだした。



 まだ俺たちが母さんの腹の中にいた頃、俺は消えるはずだった。

 双子には時々あることらしいけど、強い個体に栄養が偏るだとか、なんらかの理由で両方が育てない時に、片方は養分として消える。バニシングツインって呼ばれる現象。

 ほんの数ヶ月一緒に育ったニコは、それを嫌がって、嘆いて、俺が生きられるように祈った。


 それを聞いたのは、異世界の神様だった。

 俺は彼と波長が合う人間だったそうで、ニコには彼の姿は見えず、なんとか声が聞こえるくらい…って言っても、胎児の俺たちに視覚と聴覚があったのか疑問だから、とにかくそんな感じの認識だった。


 彼は、この世界の神様ではないから、俺に命を授けるのは無理だと言った。

 ただ、この世界の神様―ヤオロズ様って彼は呼んでたけど、ヤオロズ様は他の神に寛大だし、異端の神でも神と認識されればヤオロズ様の手の内だから…とかなんとかで。

 結果、俺の魂を担保にして――俺の死後に魂を連れていくことを条件に、ニコの魂を俺に貸し与える契約をする、なんてことを提案した。俺は彼と波長が合う稀有な存在だから、契約だとか魂を連れていくだとかは、他にもある話で見逃されるらしい。


 一つの魂を二人で共有する。彼の加護は彼の世界以外では万能ではなく、何年もつかはわからない。そして身体も、生きてこそあれど万全ではない。むしろ彼の加護を得る俺よりも、負担はニコの方に現れるだろう。

 彼はそう説明した。ニコはそれでもいいと、即座に希望した。


 その契約にのっとり、俺は23年ニコと一緒に生きた。


 彼は時々、俺の夢にだけ現れた。何だかんだと世話焼きでいいやつだった。俺は目が覚めると、契約のことや彼のことは忘れてしまうんだけど、彼がくれるアドバイス――ニコを元気付けられるような情報だけは覚えていたと思う。


『クロノ』と、おそらく全てを忘れているニコが、彼に名前をつけたらしい。

 クロノは夢の中で嬉しそうに笑った。



『―――もう、これ以上はニコちゃんの魂がもたないよ。これ以上はニコちゃんの身体が壊れてしまう』

 銀の髪を揺らがせて、切なそうに眉を顰めて俯くクロノ。

『そっか。ニコに魂を返さなきゃな。ニコ、ありがとう。楽しかったよ。たくさん、つらい思いをさせてごめんな。どうせお前、これから泣くんだろ?それもごめん。

 俺、ニコの兄貴に生まれて良かった。ニコがくれた人生だった。ほんと、ありがとな』

 そうして俺は、前世を終えた。



 クロノによると、23年も存在していた【佐々木一樹】を無かったことにするのは難しく、またニコにとっても全く原因のわからない魂の片割れの喪失感に惑うよりも、喪失として乗り越える方がいいんじゃないかってことで、俺は事故死したことになったらしい。


 ニコは完全な魂を手にいれたから、もう病弱ではなくなる。これからは自由に、好きなように生きられる。

 ニコの自由を奪ってた後ろ暗さと、ニコを悲しませただろうって罪悪感と、これからニコが人並みに幸せになれるって希望。



 ニコは俺の至高の魂の片割れだった。

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