疑惑
「ちょっと待って! その話し本当なのか?」
「ご主人様に嘘を言って私に何の得がありますか? 全て本当の話しです。当時ニュースにもなりましたよ。ご覧になりますか?」
そう言って彼女は僕から離れるとクローゼットから鞄を取り出し、その中からスマホを出して操作を始めた。
彼女のスマホをにはニュースの動画が保存されていた。そのニュースの内容は……。
───狩野守は死んでいた…………。
狩野守は僕だ! 僕は姿は変わったけど今、こうして生きているじゃないか!
香織は不意に僕からスマホを取り上げると、更に操作をして画像が保存されているところで僕に渡してきた。
保存されていた画像の殆どが僕と彼女のツーショットだったり僕が笑っている写真だった。
「彼が私の最愛の人。ご主人様には申し訳ありませんが、彼への思いだけは捨てることが出来ません。
それだ───」
僕は彼女の言葉を遮るように唇を重ねて抱きしめた。
写真の中の彼女は僕が好きだった彼女そのものだった。記憶にない写真もあったが、殆どが僕の記憶と一致していた。
でもでもでも───。
彼女の話しと僕の記憶とではあまりにもかけ離れ過ぎていた。僕は彼女に詐欺られて恨みを晴らしてもらって薬を飲んだから今の僕がいる。
しかし、彼女の中の僕は会長の孫、明美に殺されてこの世にはいない。
もし、彼女の話しが本当ならば僕は一体誰なんだろうか?
親の顔は思い出せる。幼稚園、小学校の友達の名前は……。中学校、高校の担任の名前は……。修学旅行で何処に行った? 香織の前に付き合っていた彼女の名前は?
───全然覚えていなかった。
香織と初めてデートに行った水族館、巨大テーマパーク、初めて一泊旅行、彼女の好きな食べ物、嫌いな食べ物。好きだったアイドルに初恋の男の子の名前、それらを彼女に話した。
「な、何で……、何でご主人様がそれらを知ってるの? どうして守と私しか知らない事を知ってるの?」
僕は自分の記憶にある香織との日々を話した。結婚の約束をして、2人で住むマンションも買っていた事、そして、香織に別れを切り出されマンションの名義が香織になっていた事、そして、ネットで香織に恨みを晴らそうとした事、洋子さんが現れて、薬を飲んでこの身体になった事、全てを話した。
「知らない、私はそんな事やってないし……、守が死んだのは4年前なのよ。でも、確かに私が洋子様の奴隷なってから、マンションの屋上でそんな事をやらされた事はあるわ。……でも、それっていつだったのかしら?」
どうやら、僕も香織も記憶が曖昧のようだ。そして、2人の記憶に関係してるのは洋子さんと会長の孫の明美の2人だけ。
正直言って薬で人間の性別が変えれるなんて普通なら考えられない。しかし、僕は狩野守だった記憶を持ってこの姿を見せられれば信じるしかなかった。
実際に狩野守は存在している。ニュースでもあったように、殺されてはいるが……。そして、香織はその狩野守と付き合っていて、その後、洋子さんの奴隷なった。その香織の記憶も曖昧な部分が多い。
「僕達は記憶を弄られている? 僕は香織の知っている狩野守の記憶を持っているだけの女性? そうなるとこの女性の記憶は……。そもそも、この考えは間違っている?
僕にとっても、香織にとっても今ここで、嘘を付いても何の得もない。両方、もしくは片方の記憶が改竄されていると考えるのが妥当か?
信じたくはないが、薬で性転換をした僕の方が偽りの記憶って考えるのが当たり前か……。
と、なるとそれが出きるのは、洋子さんしかいないんだよな」
「2日目でそこにたどり着いちゃたの? 予定外の早さだけど想定内ね。仁美ちゃんの推理はそうね、40点ってところかしら?
亀毛兎角な薬での性転換より、もう少しだけ現実的な亀毛兎角な話しになるけど聞く?」
部屋のドアが開いて、洋子さんが入ってきた。洋子さんは手に持っていたハンドバッグから黒い手帳を取り出す。
「日本警察特殊任務課主任、内藤尊よ。説明させて貰うわね」
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