病院の一室で
殆ど寝ることが出来ずに朝を迎える事になってしまった。そして僕は8時40分に部屋を出てマンションの前で迎えを待っていた。
僕の前に1台のワンボックスカーが停まる。スモーク張りの助手席側の窓が開いて、昨日の女性が見えた。
「おはようございます、ご依頼主様。わざわざお待ち頂けなくとも結構でしたのに……」
僕は女性に促されるまま、車に乗り込んだ。何処に行くかなんて野暮な事は聞かない。
車は1時間程走って、とある病院に入っていった。車は地下駐車場に入り停車する。
僕は黙って女性の後を付いていく。病院の建物に入り、関係者以外立入禁止と書かれたドアを潜り廊下を進んでいった。
幾つもドアのある廊下を女性について歩いて行くと廊下の突き当りから2番目のドアを開けて僕に入るようにと促した。
「此方で全ての衣服を脱いでもらった後、彼方のドアから隣の部屋に入ってください。
部屋の真ん中のテーブルに薬がございます。それではご武運を……」
「ちょっと待って下さい。衣服全てって事は下着もですか?」
女性は微笑むと大きく頷いた。女性がこの部屋から出ていくのと同時に大きな溜息をつく。
言われた通りに全裸になると僕はドアを開けて隣の部屋へと入った。
その部屋の真ん中には言っていた通りにテーブルが有り、薬と水の入ったコップが置いてあった。その他には何も無い真っ白な部屋だ。
───死ぬかもしれない薬……。
人間いざとなると、躊躇してしまうものだとよくわかった。僕はテーブルの前で立ち竦み、薬を手に取ることが出来ないでいる。
あの女性は本当にこれを飲んだ事があるのだろうか? 本当は完全無欠の毒薬じゃないのだろうか? もしかしたら只の栄養剤じゃないのか?
そうだ、此処は病院の中じゃないか。……だからこそ、毒薬かもしれない。
色々な憶測が現れては消えていく。どのくらい経ったのだろう? 気が付くと僕は汗だくになって呼吸は荒くなっていた。
───此処迄来て何を迷っているんだ!
左手に薬を掴み、右手にコップを持った。目をおもいっきり瞑って、薬を口の中に入れると水で流し込んだ。
ほらみろ、何も起こらないじゃないか。僕は大きく溜息を吐いた。
───その瞬間、身体中が熱くなって呼吸が出来なくなってきた。
「ぐっ……、がぁぁ──」
身体中に痛みが走る。痛いってものではない。身体中の筋肉が波打ってる様に感じる。内蔵が全て破裂した様にも感じる。
今まで味わった事の無い痛みが身体中を襲っているのに、何処か冷静な自分が居ることに驚きを感じていた。
どれくらい苦しんでいたのだろう? 急に痛みがなくなった。
───あれっ? もしかして死んだのかな?
僕の思考はそこで途切れた。
「…………て正常ね。……の戸籍と……用意してちょうだい。それと……」
微かに戻って来た意識の中であの女性の声が聞こえてきた。
「あら、目が覚めたのね。おめでとう、貴女は生き残ったわよ。約束通りにあの女は貴女に譲渡するわ。それとこれで貴女は私達の仲間よ」
女性の声を聞いていると、ぼやけていた景色がはっきりと見えてきた。ふわふわしていた身体の感覚も戻ってきている。
はっきりと見える視界の中で女性は僕を覗き込んでいた。
「そうか、僕は……えっ!」
声を発した瞬間、違和感を感じた。
「あー、あー───!」
間違いなく僕が今まで発していた声とは違う声が出ている。それも可愛い声だった。
「まぁ、可愛い声ね。顔とのギャップがいいわ。そうだわ、目を瞑って。私が目を開けて良いって言うまで絶対に目を開けないでね」
僕は女性に手を引かれて、ベッドが降りる。ふと首筋に髪の毛が当たる感じがした。
「少し毛深いわね。でも、それぐらいどうってことないわね」
「すみません、僕はどれぐらい気を失っていたのですか?」
「3日よ」
僕の質問に女性は呆気なく答えた。
そうか、3日か。髪の毛が首筋に当たった時、もしかしたら数ヶ月意識が無かったのかと考えたがそうでも無いらしい。
しかし、良く考えれば3日でもそこそこのもんだ。
「はい、目を開けていいわよ」
歩数にして20歩も歩いていないと思う。考え事をしていたせいか、どう歩いたのか覚えていなかった。
僕は女性の言う通り、目を開ける。目の前には全身が映る姿見があった。
………誰これ?
その姿見に映った自分はスタイル抜群の女性だった。
「これが今の貴女よ」
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