背徳感
僕は外国人が大きく股を開いた表紙の本を指さしたが、あっくんとヤーさんは全く違う物を指さしていた。
「それは何よ?」僕はあっくんが指さした本にケチをつけた。「それって絵やんか。漫画やん。そんなんいらんって」
「なんか、本物はごっつグロいからあかんわ。エロよりもグロが勝っとる」
「だからって漫画なんか買ってもしゃーないやろ。そんなん変態やん」
「まぁ、せやねんけどやで」
「あれや、こんど図書室で『お〜い!竜馬』のエロい巻教えたるから、それを借りればええがな」
「せやなぁ」
「ほんで、それは何よ?」僕は次にヤーさんが指さした本にケチをつけた。「それはシンプルに違うやろ。そんな和服お婆ちゃんはいらんって。」
「お婆ちゃんっていうほど年とってない」
「せやけど、オカンくらいババアやんか。悪寒もんやで」
「まぁ、そうやけど」
「あれや、こんど一緒に公民館でやってる着付け教室へ見学に行こう。ババアだらけで俺らなら可愛がって貰える筈やし」
「そうやなぁ」
「そういう大ちゃんの選んだのはなんやねん?」あっくんは眉間に皺を寄せながら僕が指さした本にケチをつけた。どうやら僕は皆を納得させる為の言い分を考え無ければならないようだ。
「何って普通のエロ本やん」
「どこが普通やねんな。何で外国人やねん。ごっつ特殊やがな」
「みんなだってオッパイ好きやろ?」と僕は同調を求めた。和製では在りえないような双丘は、洋物ならではの長所と言えるだろう。
「大ちゃんは子供やなぁ。ええ加減チチ離れせなあかんで」あっくんはゆっくりと頭を横に振りながら言った。彼のサラサラおかっぱヘアーが左右に靡き、まるで僕を心から馬鹿にしているように見えた。
オッパイかお尻かの論争は戦争を起こしかねない。オッパイ好きと言えば子供だと馬鹿にされるし、お尻が好きだと言えば変態と揶揄される。この二択に参加しなければゲイだと認定され、他の部位を言えば異常者と勘違いされる。子供の胸尻論争は実に不毛だ。
「もしかして」あっくんはニヒルに笑う。「ムラサキが好きやから、こんなん選んだんとちゃうやろな?」
僕の顔は急激に熱を帯び始め、鏡で確認しなくても自分の面が赤くなっているのを悟った。確かに僕が選んだポルノ本の表紙は、エキゾチックなムラサキを連想させなくもないが、そういうつもりで選んだ訳じゃない。
「アホいうな」僕は自分でもびっくりするくらい声を荒げた。「なんでムラサキが出て来んねん。そんなんを思い付くあっくんこそ怪しいな。普通はそんな発想にならへん筈や」
「ごっつ必死やん。ほんなら、何でこんなムラサキみたいな外国人のやつを選んだんや?」
「僕達は無修正のポルノ本を買いに来た訳やろ?」僕はあっくんとヤーさんが頷くのを確認した。「こん中で確実に無修正なんはこれだけや。他のは表紙だけではモザイクがあるかどうか解らへんけど、この英語のやつは表紙を見ただけでモザイクがないって判断できる。みんな当初の目的を見失って私利私欲に流されすぎやねん。それに、毛が無い方が見やすくて勉強になるがな」
僕の早口な答弁を聞いたヤーさんは、ゆっくり「大ちゃんの言う通りや」と言った。僕はヤーさんに拳を向けてグータッチをした。
「せやなぁ」あっくんは不満そうな顔を浮かべながらも、僕に向けて拳を差し出した。僕はあっくんにも拳を突き合わせた。
「じゃあ、これでええな?」と僕は改めて皆に確認をとった。皆で金を出し合って一冊のエロ本を買うので、しっかりと承認を得なければならない。
「かまへんよ」
「ほんまにええねんな?」
「かまへんって」
「後になって文句はなしやで?」
「解っとるわ」
僕は皆から金を回収してポルノ本を購入した。震える手で恐る恐る中を開くと、そこは理解が追いつかない程の情報が詰め込まれていた。英語で書かれていたので文字は読めないが、生命の神秘やら人体の不思議を堪能する事は可能だ。斎藤が僕達によこしたちゃちな切り抜きより、いま目の前にある本はもっと過激だ。いろんな箇所にいろんな物を入れる女性は、まるで手品師のように思えた。
あっくんは目を大きく開きながら、静かに「こんなもんあきまへん」と言った。
「どうするよ?」と僕は言葉足らずな質問をしたが、あっくんもヤーさんも直ぐに意味を理解した。
「俺はいらんわ」とあっくんが言うと、ヤーさんは驚いた表情を見せた。きっと僕もヤーさんと同じような顔を浮かべているだろう。
「何でや?」僕はあっくんの気持ちも少しだけわかるが、一応尋ねてみることにした。「みんなでページを切り取って、山分けして持って帰るんやないんか?」
「いや、俺はなんかええわぁ。二人で山分けしてええよ」
僕も今になってから背徳感に苛まれていた。親から貰ったお小遣いで、こんなものを買うのは間違っていたのだ。こんな下品でどうしようもない書物は、この素晴らしい世界に存在していい筈がない。
「ヤーさんはどう思う?」
「流石に捨てるのは勿体ないやろ」
僕とあっくんは「確かに」と言って頷いた。
結局、僕達は1頁だけをちぎって持って帰る事にした。何も持って帰らないのは寂しいし、かといって一冊をまるまる持って帰れるほど豪胆でもない。記念として1頁だけを千切り、それを大切に保管しようという事になったのだ。ハンティングトロフィーに近いだろう。
§~○☞☆★†◇●◇†★☆☜○~§
この時に持って帰ったポルノ本の1頁を、僕はムラサキから貰ったヘミングウェイの本に挟んで隠していた。今でも挟みっぱなしになっている筈なので、後で確認しようと思う。
たしか、僕が持って帰った1頁の片面には、迷彩服を着た金髪碧眼の美女が蠱惑的なポーズをした写真が載っていて、もう片面には真っ裸で機関銃を持った同じ女性の写真が印刷されていた。きっと、手榴弾の間違った使い方を解説している写真だろう……
当時はMP(憲兵)的なのが家に来て国際問題に発展するのではないかと、本気で怯えていたくらい過激な頁だ。こんなものを所持しているのが見つかれば、国際裁判へと発展しても可笑しくないだろうと思っていたので、当時の僕は誰にも見つからないように隠しておいたのだ。
さて、こんな下らない話もそろそろ切り上げよう。
これから物語は最終章に入っていく訳だけど、余り楽しい話にはならないだろう。僕は事実をありのままに書くだけだし、事実というのは往々にしてつまらない。僕の思い出話に付き合ってくれた読者諸賢の皆様には感謝しているし、ここまで付き合ってくれたのなら、最後まで読んで欲しいとも思っている。でも、うまく書き切れるかも解らないし、しっかりとまとめれるかも解らない。ただ、僕が当時の事をしっかりと記憶しているのは確かだ。だから、覚えている出来事をそのまま書くことにするよ……
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