シンシアな紳士だ
カネモはラルフローレンのポロシャツを着て、真っ黒のランドセルを背負っていた。彼はいつもラルフローレンかラコステのポロシャツを着ているので、今日がラルフローレンという事は、明日はラコステのポロシャツを着ているに違いない。そのうちラルフローレンのジョッキーがラコステのワニに乗るのではないかとすら思えてしまう。カネモならそんなポロシャツも着こなすこと請け合いだ。
「話が違うやんか」とカネモは僕を見るなり叫んだ。
「どうしたんだ?」斎藤はカネモの肩を持って言った。さっきまで格好付けていた彼だったが、カネモの豹変ぶりに戸惑っているようだ。
「こいつが居るなんか聞いてない」カネモは僕を指差して睨みつける。
「後から来といてなんやねん」と僕は正論を返した。
「お前がおるんやったら、この話はなしや」
「斎藤とカネモがどんな話しとるんか知らんけど、そない怒るなや。バトエン折ったのまだ怒っとんのけ?」
「言うとくけど許さんからな」
「言うとくけど許してもらおうなんか思ってへんで」
カネモは僕に襲い掛かろうとしたが、斎藤がそれを静止した。僕がエナメルバックから立ち上がって臨戦態勢をとると、僕の行動に合わせてあっくんとヤーさんも動いた。あっくんとヤーさんは僕を止めようと動いたのではなく、僕と共に戦うという風に動いたのだ。僕達3人がファイティングポーズをとると、流石にカネモも冷静になったようで、暴れるのをやめてからポロシャツの襟を整えた。
「君達にどんな確執があるのかは知らないが、もっと紳士にいこうじゃないか?」と斎藤は言った。
僕はいつだって真摯に紳士でシンシアな紳士だ。
「なんで、カネモを連れてきたんや?」と僕は斎藤に尋ねた。
「金本君にはパトロンになって貰う予定だ」
「要するに、カネモの金が目当てって事け?」
「違う。我々は対等だ」斎藤は少しムキになった。
「お前をだけを上に据えた対等やんけ」僕も斎藤と同じように少しだけムキになって、斎藤というよりは周りに訴えかけるように話す。「対等って言葉を多用する奴に限って、ホンマに対等を望んでないもんや。ええか、斎藤はホンマに胡散臭い奴や。こいつは絶対に自分では行動を移さへん。宝の場所が解ったんなら、各々が勝手に買ったらええのに、わざわざこうやって集められてるのはなんでか解るけ?」
周りを見渡してメンバーの顔を伺うも、理解していそうな人は居ない。解っているのは僕と斎藤だけだろう。
「斎藤は金を払うのも買いに行くのも嫌なくせに、物だけを手に入れようとしてるねん。ほんで、僕らを駒にして扱っとる。指示するだけの奴を支持できるほど、僕は大人やない。情報の交換は済んでんから、あとは好きにさせて貰う。みんなもよう考えや」
斎藤から色々な事を教えて貰ったのには感謝しているが、こちらもポルノ雑誌が買える場所を教えたのでイーブンだ。
「おい」と斎藤は重々しく言った。その声は小学生が持ち上げる事の出来ないような重さだ。「山内君は適当な事を抜かしたが、彼は根本を理解していない。俺達は組織だ。なんなら、俺に付いてこれば皆も無償で平等に恩恵を得られる。金本君が居れば、多様な宝も手に出来る。そうだろ?」
「勝手にすればええがな。僕も勝手にするから」
「このまま返す訳にはいかない。このクラブを抜けるのなら、切れ端は返してもらう。それに、君達は知り過ぎた」
斎藤が構えるとカネモも両手の握り拳を上に挙げた。斎藤とカネモだけならなんとかなるが、周りに居た7人程度も斎藤についた。斎藤とカネモとガリ勉を含む9人と、僕とヤーさんとあっくんの3人、そしてどちらにもつかずに見物しているのが7人という構図が出来た。このままでは負けてしまうだろう。僕とあっくんは喧嘩が弱いし、ヤーさんは何をしでかすか解らない。
誰が先制を仕掛けてもおかしくない緊張状態の中、僕達はファイティングポーズで睨み合っていた。
「あっ、居た」と大きな声が聞こえ、敵に注意を向けながら声の発生源を見ると、そこにはムラサキが僕達を指差し、マイマイは僕達に手を振って居た。
「せいっ」とムラサキは言って、持っていたドッチボールをいきなりカネモの顔面を目掛けて遠くから投げつけたが、彼はそれを軽やかに避けた。カネモが避けたせいでガリ勉の顔にボールが直撃し、掛けていた大きなメガネが吹き飛んだ。
ボールを避けて安心しているカネモに向かって、ムラサキは全力疾走で飛び蹴りをくらわした。紳士クラブのメンバーが唖然とする中、ムラサキは僕の横へ来てファイティングポーズをとった。どうやら彼女には語らずとも状況が把握できたのだろう。
ガリ勉はメガネを探して跪き、カネモは腹を抑えて蹲った。ムラサキのお陰でカネモとガリ勉はダウンしたが、敵はまだ7人も残って居る。これならいい勝負ができるだろうし、場合によっては勝てるかもしれない。僕とあっくんを合わせて相手の1人分くらいの強さで、ヤーさんが2人分くらいの強さだとすると、ムラサキなら4人は相手に出来るだろう。ここにマイマイが加われば僕達の勝ちは確定する筈だ。
「最近、大ちゃん達が忙しそうにしてると思ったら、こんな所で楽しそうな事してるんだもん。私も混ぜて頂戴よね」とムラサキは口角を上げながら言った。彼女の長くて黒い髪が風になびき、金木犀と石鹸の香りが僕の鼻先をかすめる。
僕からすれば全く楽しいと言えない場面だが、どうやらムラサキ好みの状況らしい。彼女は誰よりも身長が高く、誰よりも好戦的な性格で、それでいて誰よりも美しく格好良かった。
「勝てるか?」と僕は静かに尋ねた。
「あたり前田のクラッカー」とあっくんは返し、ムラサキは「よゆーよ」と言い、ヤーさんは深く頷いた。こちらの士気は高いようだ。
「駄目だよ」マイマイは叫びながらこっちに走ってきて、僕達と斎藤達の間に入った。「喧嘩なんてしちゃあ駄目。ちゃんと話し合って解決しよう」
マイマイは今にも泣きそうな顔をしている。
「大体、どうしてこんな事になったのよ?」とマイマイが怒鳴ると、男性陣は皆が顔を赤くした。一足早く紅葉が訪れたかのように、鮮やかな赤が辺りを埋め尽くす。僕の顔も燃えているかのように熱を帯びていた。
「うむ」斎藤は重々しく頷き、握り拳を緩めて手を開いた。「紳士たるもの、レディーに手を上げる事は出来ない。僕達は両手を上げて降参する」
斎藤は劇団員みたいな演技で両手を空に挙げたが、高揚したムラサキは彼に殴り掛かろうとしたので、それを僕とマイマイが全力で止めた。向こうは降参したのだから、血で更に赤色を増やして紅葉を楽しむ必要はない。
「このクソ野郎」とムラサキは叫ぶ。「女子だからって馬鹿にしてんじゃないわよ。ぶちのめしてやる」
僕とマイマイだけでは抑える事が出来ず、ムラサキは斎藤に向かって突進した。斎藤はムラサキに一発だけ殴られた後、悲鳴をあげながら情けなく走って逃げ、周りにいた紳士クラブの皆も蜘蛛の子を散らすように逃げた。彼らが脱兎だとすると、ムラサキはライオンだろう。ムラサキは少しでも斎藤の顔に紫色の鮮やかな痣を作ろうと、そのまま追いかけて何処かへ行ってしまった。
§~○☞☆★†◇●◇†★☆☜○~§
大人になった今でも、斎藤の噂は耳にする事がある。全てが眉唾な噂なので、彼が実際に何をしているのかは解らない。
紳士クラブというものは未だに存在し、今では政治にまで関与できる裏組織らしい。カジノを作ろうとしたり、風営法を緩和させようとしたり、社会的少数者の人権団体を立ち上げたり、とにかく多岐に渡り暗躍しているそうだ。もちろん、それが本当かどうかさえも解らない。
ただ、大阪に紳士クラブなるものが存在し、その秘密組織のトップが斎藤という人物なのは確かだ。彼らが何をしているのかなんて、僕みたいな一般人には計り知れない。
紳士クラブは都市伝説と化しているが、所詮は伝説の類だ。
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