斎藤という紳士

 今日は3回目の紳士クラブの会合で、前回よりも人が増えている。小体育館の裏には僕とあっくんとヤーさんを含む男達が、ひしめき合いながらリーダーの斎藤を待っていた。


 僕は空の弁当箱と週刊少年ジャンプしか入っていないエナメルバックに座りながら、金木犀の香りを嗅いで心を落ち着けていた。僕の隣に居るあっくんはドングリが大量に入ったレジ袋を持ち、リスでもそんなに満足な顔は浮かべないだろうという表情をしている。


「それ、なんなん?」と僕はあっくんに尋ねた。


「ドングリやがな」


 わざと見当違いな回答をするあっくんに反発して、僕は「そうは見えへんで?」と返した。


「ほな、大ちゃんにはこれが何に見えんねん?」

「ゴミに見える」


 あっくんが両手を挙げて肩をすくめると、レジ袋に入ったドングリが音を立てて自身の存在感を主張した。


「ゴミな訳あるかいな」あっくんは得意げな顔を見せる。「これをスリングショットの球にするねん。大ちゃんも後で拾いに行こ」


 僕は何も言わずに首を横に振って、斎藤が居る方を見た。彼はフェンスにもたれながら携帯に向かって話をしている。ボーダフォンだかソフトバンクだか知らないが、さっきからずっと斎藤は電話をしているし、皆は彼が話終わるのをずっと待っている。もちろん僕は携帯を持っていないし、周りに居る友達だって携帯を持っていない。携帯を持っているのはクラスに1人か2人くらいの比率だ。


「ジェントルメン」電話を終えた斎藤は僕達に言った。


 彼が一言発するだけで周りに居た20人程度の男達は静かになった。校長先生や6年生を担当している怖い体育教師でも、ここまで簡単に僕達を静かにさせる事は不可能だ。どうやら周りの皆は斎藤のカリスマに惹かれているらしい。


「先ずは山内君と薬師寺君、前に出てきてくれ」


 僕とヤーさんが皆の前に出ると、斎藤の合図を機に拍手喝采が湧き起こる。


「彼ら2人のお陰で宝のありかは判明した」斎藤は品定めするかのように、紳士クラブのメンバーを見渡す。「短期間で成果を上げた功績は、実に大義である。皆も彼らを見習うように」


 斎藤が握手を求めてきたので、僕とヤーさんは彼の手を握った。斎藤が僕達に対して上からの態度を崩さないのは、周りに上下関係を明確にさせて、対等ではないと改めて知らせているのだ。僕もヤーさんも彼の人心掌握術に利用されているだけだ。同じようにカリスマを持つケイ君とは大違いで、斎藤は対等を望まないらしい。


「これからもよろしく」と斎藤は言って、僕達をもと居た場所に戻らせた。


 僕は斎藤に不満を抱きながら自分のエナメルバッグが置いてある場所に戻った。あっくんが「流石やで」と小声で僕とヤーさんに言って親指を立てた。ヤーさんは嬉しそうにしていたが、僕はどうしても斎藤が気に食わない。斎藤と関わるようになって解ったが、彼は自分の手を汚さないで汚いものを触れようとする節があるし、とにかく胡散臭い奴なのだ。


「まず最初に断言しておく」斎藤は改まって言った。「この紳士クラブもメンバーが増えつつあるが、俺達はただのごっこ遊びをしている訳じゃない。このエロ本探究は第一歩で、俺はもっと先を見据えている。俺はこの国を、いや、先ずは大阪という街を、もっと自由で楽しい国に変貌させる。俺に期待して皆がついてきてくれる事を祈る」


 皆は斎藤に拍手を送る。隣を見ればあっくんとヤーさんも拍手をしていた。手を叩いていないのは僕と斎藤だけだ。


「それでは、第3回紳士クラブを開催する」斎藤はわざとらしい演技がかった咳をした。「前回の議題に上がった軍資金調達の件だが、誰か何か案はあるだろうか?」


 紳士クラブのメンバーは互いに顔を見合わせた。やがて1人が静かに手を挙げると、斎藤は「発言を許す」と言った。


「今、ここに僕を含めて19人居ます。ポルノ雑誌の値段は推定800円ですので、1人頭42円程度出せば事足りるかと思われます」


 手を挙げた男は顔を赤くしながら言った。彼は牛乳瓶の底みたいなメガネを掛け、その奥にある瞳は牛乳とは対照的な色をしている。見た目だけでも典型的なガリ勉だし、発言の仕方や声質までもが典型的なガリ勉だ。彼はガリ勉になる方法ですら勉強していそうだ。


「妥当。そして平凡」斎藤はそう言って首を振った。「金を徴収するのは軋轢を生みかねない。それに、どのポルノ雑誌を買うか、はたまた誰が買うのか、実行犯からも金を徴収するのか、金を払ったという大義名分を利用した、わがままな人間が現れないか、懸念すべき箇所が多い」


 誰かが「じゃあ、どうすれば……」と小さく漏らした。


「そこでだ」斎藤は強く言って、小体育館の陰を指さした。「俺はパトロンを用意した。来てくれたまえ」


 コンクリートで出来た壁の影から、ニヒルな笑みを貼り付けた小太りの男が現れた。彼はいつも襟のついた服を着ていて、パパの買ってくれたオモチャを自慢するのが趣味の、知性やら品性やらその他諸々を見失った、成金丸出しの碌でもない奴だ。


「紹介しよう。金本君だ」と斎藤は言った。




§~○☞☆★†◇●◇†★☆☜○~§




 僕は昔から金持ちが嫌いだし、今では金持ちが大嫌いだ。そして金持ちの方も僕のような貧乏人が嫌いだろう。お金があっても心が裕福とは限らないし、お金が無くとも心が貧しいとは限らない。ただ、一つだけ言えるのは、僕は心も財布の中も貧しい。


 祖父母が貧乏だったから親も貧乏だったし、僕が貧乏だから子供も貧乏になるだろう。僕だってこの貧乏スパイラルから脱却したいのだが、遺伝というのは実に恐ろしい。遺伝のせいではなくて個人の努力次第だとも言えるが、そんな根性論はやめて、もっと一般的な話をしようじゃないか。馬鹿の子供は馬鹿だし、不細工の子供は不細工。親の所得の低さと子供の学力の低さは比例するのが一般論だし、学力の低さや学歴で所得が変わってくるのも必然だ。


 僕の親だって貧乏を受け入れて納得していたし、僕自身だってようやく受け入れつつある。


 子供の頃は自分が貧乏な大人になるなんて思いもしなかったけど、今では自分の貧しい将来くらい簡単に想像ができてしまう。


 中古車ぐらいは買えるかもしれないが、一軒家を買うことは不可能だ。美しい女性と結婚する事も不可能だし、結婚式を挙げるお金を工面するのも難しい。大きな犬を飼って育てる事は出来るけど、自分の子供を育てて奨学金を借りずに大学まで通わせる事はできない。

 排水の流れが悪い汚くて古い団地で不細工な嫁と共に子供を育てて、週に一回サイゼリアの外食でテンションを上げる。生活が苦しくなれば嫁と籍だけ抜いて、国から補助金やら生活保護やらを受けるしかない。子供はグレるだろうし、嫁は不倫する筈だ。


 僕にはこんな将来しか思い浮かべないし、これはまだ良い方の未来だ。

 きっと、結婚すら出来ないのが現実だ。


 ほんと、子供の頃は良かったよ……


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