エロエロ自販機
忙しそうに何処かへ行こうとしたケイ君を、僕は「ちょっと」と言って引き止めた。
「どないしたん?」とケイ君は返した。僕は彼から貰ったアジビラをポケットにしまい、代わりに斎藤から貰ったポルノ雑誌の切れ端を渡した。
「こういう無修正の本を探してるんやけど、ケイ君なんか情報を知らん?」
ケイ君は目を見開いて軽く口笛を吹いた。
「手に入れる方法は2つ知ってる」とケイ君は言って、僕にポルノ雑誌の切れ端を返した。僕はそれを名札入れの後ろに入れた。ここが一番安全な保管場所だ。こんな卑猥で過激な物は、いくら切れ端とは言えど女子や大人に見つかる訳にはいかない。
ヤーさんは博識なケイ君を尊敬の眼差しで見つめながら、「方法って?」と静かに尋ねた。
「泥棒市って知っとるけ?」とケイ君は言った。僕はヤーさんの顔を見たが、彼も泥棒市とやらについては知らないらしく、首を少しだけ振った。
「毎日、西成で早朝に開かれとる市場や。そこへ行けば買えるかもしれへん。まぁ、無修正のが売っとるかどうかは解らへんけどな。ポンバシでも売っとる店はあるやろうけど、俺らガキには売ってくれへんわ。泥棒市の方やったら売ってくれる筈や」
西成へ行くのは自転車だけでは難しいだろうが、電車を使えば天王寺駅までは1本でいけるので、そこから歩いてなら直ぐに行けるだろう。それでも、やはり西成へ近付くのは気が引ける。西成といえば浮浪者や日雇い労働者が集っているイメージがある。子供が行くような場所ではないし、まともな大人が行くような場所でもないだろう。
「ほんで、もう1つの方法やけど」ケイ君は包帯で覆っていた方の足を掻きながら言った。「二上山をずっと国道沿いに登っていったら、中腹辺りにエロ本やらエロビデオの自販機があるねん。そこの自販機はごっつ古いやつやから、規制がキツくないもんも売っとるかもせえへん。まぁ、俺は行った事ないから知らんけど、そのエロエロ自販機があるのは確かな情報や」
自動販売機ならば誰とも絡まずに、誰かが裸で絡まっているポルノ雑誌を買えるだろう。子供からすればそのエロエロ自販機は救世主で、差し詰めポルノ雑誌は聖書といった所だ。いや、漢字で表記するなら性書だろう。
僕は黙ったままヤーさんの顔を見た。
僕の視線に気付いたヤーさんは何も言わずに頷いたが、彼が何を言いたいのかは理解できた。ヤーさんのいつにも増して鋭い目つきは、覚悟を決めた男の目というやつだ。もしかすると、今の僕はヤーさんと同じ目をしているかもしれない。
「ケイ君」と僕は改まって言った。「自動販売機の方を詳しく教えて。二上山に在る言うてたけど、こっからどれくらい掛かる?」
「チャリで1時間半ってとこかな。帰りは下りやから楽やけど、行きは上りがきついで。もう一箇所、眼鏡橋の近くにもエロエロ自販機がある」
「眼鏡橋?」
「せや、大正と西成を繋ぐ大きい橋や」
またも出てきた西成というワードに、僕は少しだけ嫌悪感を抱いた。
「どっちの方が近いん?」と僕は尋ねた。
「眼鏡橋の方は電車使えるけど、二上山の方はチャリやから、まぁどっちもどっちや。せやけど、二上山の方が人目には付きにくいやろなぁ」
僕達が話をしていると、遠くからケイ君の友達が彼を呼んだ。名前も知らない6年生の1人が、さっきまで骨折していた腕を振りながら、「そろそろ時間やぞ」とケイ君に遠くから叫んだ。
「ごめん」ケイ君は手を合わせながら片目を閉じた。「次は運動場で人間ピラミッド反対運動の演説しやなあかんくて、ちょっと今は忙しいねん。詳しくは今度教えるから、今日は堪忍な」
言い終えるや否やケイ君は走り去った。
「どっちにするか、せーので言おか」僕はヤーさんのギラつく目を見ながら言った。
「せーの」と僕は大きな声で言う。
「「二上山」」
打ち合わせしたかのように揃った互いの声に、思わず僕もヤーさんも笑った。
きっと僕達は気が合うのだろう。
§〜○☞☆★†◇●◇†★☆☜○〜§
大阪の西成が危なかったのは何十年も前の話で、今では暴動も起きないし閑静な場所に成り代わった。子供の頃は西成周辺に近付かなかったけど、大人に成った今は入り浸っている。アジア系外国人が多いスナック、安くて美味いホルモン、美人しか居ない新地、西成は成人男性にとっての遊園地みたいなものだ。そして、女性が1人でも楽しめるくらい安全だ。
昔は天王寺公園付近もブルーシートで覆われた小屋が立ち並び、青空カラオケなるものが存在し、浮浪者は西成と天王寺を闊歩していた。今では「てんしば」なるものが出来て、お洒落な空間としてカップルや学生や子連れファミリーが多い。浮浪者や日雇い労働者も全体的に少なくなった。あいりん地区には変なオッサンも少しは居るが、これといって害はない筈だ。
周りの人は「最近は治安が悪くなっている」と言う。僕は馬鹿だから難しい事も詳しい事も全く解らないけど、本当にそうなのかと疑ってしまう。変な人も少なくなったし、危険な事も昔より減ったと思う。
きっと、表は安全な世の中が形成され、裏で陰湿な危険が蔓延っているのだろう。外に出て遊んでいる時より、家でインターネットをしている方が危ない時代なのかもしれない。西成で薬物は買えないが、ネットでなら簡単に買える時代だ。
どうやら今の時代は目に見えない危険の対策も必要らしい。
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