奴隷解放宣言

 僕とヤーさんはあっくんを放ってパソコン室を後にした。僕達が得られた情報は皆無で、他に情報を集められる術も持っていなかった。


「さて、どうしようか」と僕は廊下を歩きながら小さく言った。ヤーさんに問いかけたと言うよりは、自分自身に問いかけたような小さな呟きだ。


「ケイ君なら?」とヤーさんは僕の目を見ながら言った。


 ヤーさんの提案は言葉足らずではあるが、僕には彼が何を言いたいのか直ぐに解った。ケイ君ならちっぽけな僕達に知恵を与えてくれる筈だ。


 早速、ケイ君を探しに行動を開始したのだが、探すまでもなく彼は校門の前に居た。ケイ君はキースへリングの絵が描かれた半袖のシャツを着て、薄茶色の半ズボンを履いていた。彼は右手に拡声器を持ち、左手には松葉杖を持っている。どうやらケイ君は左足を骨折しているらしく、足首から指先までいささか大仰に包帯で巻かれていた。


「明日は我が身で有る」とケイ君は唐突に拡声器で叫んだ。周りには何人かの生徒が野次馬となって集まっていた。「次に骨を折るのは貴君かもしれないし、あるいは貴君の大切な人やもしれぬ。足や手の骨が折れるならまだしも、首や脊髄が折れる可能性だってあろう」


 ケイ君は他の学生に向かって何かを訴えかけているようだ。僕とヤーさんも校門の隅で、彼の演説を聞く烏合の衆と化していた。


「我々は運動会の人間ピラミッドをボイコットすると決意した」とケイ君が叫ぶと、彼の両隣に居た6年生の2人が横断幕を掲げた。その名前も知らない6年生2人は、どちらも片腕を骨折している。


「現在、我々6年生各位は手や足や膝に血を滲ませながら、人間ピラミッドなる訳の解らぬものを、教師共によって強制的に練習させられ、文字通り骨が折れる思いをしている。

 差し詰め我々はエジプトの奴隷といった所だ。奴隷制度を彷彿とさせる、教師共の暴虐を断固として許してはならぬ。あんなくだらぬもので感動や達成感を得られる訳がなかろう。大人の感動ポルノにはうんざりだ。子供が泣きながら耐えているのを見て喜ぶ、サディスティックな大人にもうんざりだ。

 決起せよ諸君。我々の手によって、運動会のピラミッドを廃止させようではないか。組み体操なる馬鹿げた見せ物をする必要は皆無だ。

 このボイコットは我々6年生以外の諸君にも関係している。我々の代で組み立て体操を廃止できれば、諸君も骨を折る必要がなくなるのだ。碌でもない教師共は、我々の様な無垢な子供を奴隷に仕立て上げる為、こういった無意味な事をさせる。

 我々は確かに子供だ。しかし、馬鹿ではない。人間ピラミッドなんて馬鹿げていると判断できる筈だ。私を筆頭に声を大にすべきであろう。今こそ、負の歴史に終止符を打つべきだ。我々は人間ピラミッドの根絶を訴える。

 今でこそ小さな声ではあるが、諸君が手を貸してさえくれれば、やがてはチープで陳腐な紛い物のピラミッドなんかよりも大きな力になるであろう。諸君、決起せよ」


 ケイ君の両隣に居た2人組は「ピラミッド反対」と何度か叫んだ。僕の隣で黙っていたヤーさんは、いきなり大きな拍手を始めた。ケイ君は僕とヤーさんに気付き、片手を小さく揚げて僕らにウインクをした。


 ヤーさんから始まった拍手は、やがて万雷となった。


「ありがとう諸君」とケイ君は拡声器を使って言った。「ここに、アジビラを用意してあるので、是非とも手に取って我々の主張を確認して頂きたい。このアジビラを諸君の保護者にも見せて頂ければ幸いだ。もし、私と同じ考えを持つ同志がいるのならば、今ここで、ここに並んで署名もして頂きたい」



 ケイ君の演説と署名活動は終わり、周りに居た学生達は帰路に着いたが、僕とヤーさんは校門の端で彼を待っていた。


 ケイ君もひと段落ついたらしく、横断幕を片付けた後に僕達の元へ歩いてきた。彼は松葉杖も使っていなかったし、足をすっぽりと覆っていた包帯も外している。


「足は大丈夫なん?」と僕は尋ねた。

「ぁあ、あの松葉杖は保健室からパクってきてん」とケイ君は笑いながら言った。「他の奴らも別に腕を骨折してる訳や無いねんけどな。まぁ、ああやって怪我してるみたいにした方がインパクトがあるし、みんな同情して署名してくれるやろ?」


 ケイ君の策略に感心したらしく、ヤーさんは「確かに」と小さく言った。


「大ちゃんとヤーさんも、来年ピラミッドなんかやりたないやろ?」とケイ君が言ったので、僕もヤーさんも頷いた。「まぁ、ホンマに無くなるかは解らんけど、とりあえず今の演説だけで30人くらいの署名は集まったわ。2人もよかったら署名していって。あと、アジビラも持って帰って見といて」




§〜○☞☆★†◇●◇†★☆☜○〜§




 署名は結構な数が集まったのだが、組み立て体操は決行された。ケイ君を含めた一部の人間は最後までボイコットしたので、人間ピラミッドは普通より小さくなっていたが、それでもしっかりと建設されたのだ。


 ケイ君はボイコットをしたせいで、体育の成績は卒業時までずっと1にされたし、それを周りが恐れたせいでデモは成功しなかったのだ。教師に逆らう事が出来る人間なんてそう居ないし、それは大人になった今でも同じだろう。上のする事が間違っていても、それに反対する事が出来るのは限られた一部の人間だけなのだ。そして、そういった人物は往々にして首を切られる。きっと、世の中はどんどん悪い方へ向かっていくのだろう。今の時代は革命なんてそうそう起きないし、それが民意なのだ。変化を恐れる民主主義は、社会をどんどん衰退させていくのだろう。


 それを解った上で誰も声をあげない。

 声をあげても無駄だと解っているからだろう?


 人の上に立つ立場の人間に限って、人の上に立つべき人間では無いのが世の常だ。


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