紳士クラブ規則第一条
僕が彼と不思議な出会いをしてから3日が経過し、今日は華の金曜日だ。僕は彼から貰った2枚の紙切れを、名札の裏に入れて隠していた。1枚は卑猥な雑誌の切り抜きで、もう1枚は謎の集会への勧誘を促すビラだ。
その集会が今日ある訳だが、行くかどうかを逡巡している内に1日の授業は全て終わり、最後に行われる学活が始まった。教卓では教師が適当な事を言い、クラスメイトは教師の言葉を適当に聞き流していた。
僕は教室の窓から外を見た。細い雨はグラウンドをゆっくりと確実に濡らし始め、陰鬱な雨の臭いと湿気を多く含む空気が学校を支配している。
「それじゃあ、皆気を付けて」と教師が言い、日直の合図で皆が「さようなら」と言った。あるものは走って教室を飛び出して帰宅し、あるものはこれからの休日に歓喜している。僕はもう一度席に座って、この後に小体育館裏へ向かうかを一人で集中して考えた。
「大ちゃーん」と言われて肩を叩かれ、僕は思わず体をびくつかせた。肩を叩いて話しかけてきたのは、満面の笑みを浮かべたムラサキだった。彼女はブルーのジーパンを履き、鼠色のパーカーを着てフードを被っている。
「今からケイ君達とドッジするのだけど、大ちゃんも来るでしょ?」
「ドッジかぁ」
「早く行きましょうよ」
「雨降り始めてんで?」
ムラサキは鼻で笑って顔をゆっくり左右に振った。「何をバカな事を言っているのよ。こんなのは雨の内に入らないわ」
「雨の内に入る気分やないから、俺は早い内にウチへ帰るわ」
「どうしたのよ? 大ちゃん何か変よ?」
僕は立ち上がってエナメルバックを肩に掛け、ムラサキに「あっくんでも誘ったらええがな」と言った。教室にはすっかり人が減っていて、あっくんの姿は既に無かった。
「オカッパなら、これからバイオリン教室だとか訳の解らない事を言って帰っちゃったわよ」
「まぁ、ケイ君達に宜しく言っといて」とだけ言い残し、僕はムラサキを置いて教室を出た。ムラサキから逃げ出した僕は、尾行をされていないかを警戒しながら足早に小体育館裏へと向かった。
小体育館裏に着くと、そこには6人程度の男子が傘もささずに集まっていた。そして、そこには見知った顔が2人居た。僕はその2人に向かって一直線に歩いていき、何も言わずに手を差し伸べると、2人共何も言わずに僕の手を握り返した。
「今日はバイオリンなんやないんか?」と僕はあっくんに尋ねた。
「ムラサキから聞いたんけ?」あっくんはサラサラの髪をなびかせて、目をくりくりさせながら笑った。「女子に引かれへん為に楽器を弾くって嘘ついたんや」
「流石あっくんや」
「俺は未知を求める探究心が強いんや」とあっくんは言った後、ヤーさんの方を見た。「今回はヤーさんという強い味方もおるからな」
ヤーさんは何も言わずに強い視線を僕とあっくんに向けた。その目からは強い意志を感じた。
僕は「男だね」とだけヤーさんに告げた。
僕達が熱い友情を交わしていると、エロ雑誌の切り抜きを僕に渡した彼は、またも突然現れた。
「今日は来てくれてありがとう」と彼は皆を見て言った。彼からはとてつもないカリスマを感じた。そのカリスマに魅せられたのは僕だけじゃないようで、周りに居た男共は誰も口を開く事が出来なかった。「今日は記念すべき紳士クラブ第一回目の会合だ。口とチンコが硬そうな連中を俺が精査し、君たちは紳士であると俺が判断した。俺の事は斎藤と呼んでくれ」
斎藤が「俺」という言葉を強調しながら喋っている最中に、集められたメンバーの1人が手を挙げた。皆の視線が手を挙げた彼に向かうと、斎藤は「どうぞ」と言った。
手を挙げた彼は「紳士クラブってなんぞい?」と、小さな声で斎藤に質問した。斎藤以外の僕を含めた皆は、首を縦に振って質問に同調した。
「紳士クラブ規則第一条、紳士クラブについて口にしてはならない」斎藤は腕を組みながら皆に言った。まるでファイト・クラブのブラッド・ピットだ。もしも彼がタイラー・ダーデンならば、次の規則が何になるか僕には予想できた。
「そして、規則第二条は紳士である事」と斎藤は続けた。どうやら彼は資本主義を憎んでいる訳ではない様だし、僕はボブやボクではないようだ。
「規則第三条は真摯である事。そして最後に規則第四条、皆で情報を共有する事。この4つを絶対に守る事が出来る紳士だけが残ってくれ。これを肝に銘じる事が出来る紳士のみ、この紳士クラブの正体を明かそう」
僕は無言であっくんとヤーさんの顔を伺ったが、どうやら彼らは紳士になるつもりらしい。周りに居る連中も、皆が紳士クラブへの加入を望んでいるようだ。
「ありがとう」と斎藤は言った。彼は紳士的な笑みを浮かべた後に、背負っている真っ黒のランドセルから一冊のエロ雑誌を取り出した。
紳士クラブのメンバーは斎藤を囲む様に円になって傘を作り、雨で雑誌が濡れないように皆で拝見した。その雑誌の中身やその他諸々の中身は、僕の様なガキには過激で、エロいだとかよりもグロいと感じさせた。僕はエロさにではなくグロさに背徳感を抱いた。
どうやら僕は大人に近付いているらしい。
§〜○☞☆★†◇●◇†★☆☜○〜§
今の時代ではエロ本が何処の層に需要があるのか解らないが、当時はまだギリギリ需要があったんだ。今となってはコンビニの雑誌コーナーにも成人誌は消えて無くなったし、そんなものが無くなった所で困る人間も居ないだろう。
成人誌はアダルトビデオに殺されて、アダルトビデオはポルノサイトに殺される。ラジオはテレビに殺されて、テレビはユーチューブに殺される。円盤はダウンロードに殺されて、ダウンロードはストリーミングに殺される。純文学はエンタメ小説に殺されて、エンタメ小説はライトノベルに殺される。
いや、もしかすると純文学は最初から死んでいたかもしれない。
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