マイハウス

 教室の隅に僕たちは集まった。あっくんとムラサキとマイマイと僕の四人は、ピンクモンキーバードの捜索隊とも言えるし、そんな訳のわからない生物の創作隊とも言える。有り体に言えば、僕はウルフの話もマイマイの話も信じていないのだ。


「大ちゃん頭は大丈夫?」とムラサキは言った。僕は何度も頭から血が出ていないかを確認したし、何度もたんこぶの形を確認した。要するに大丈夫ではないのだが、ムラサキの前で情けない所を見せるわけにはいかない。


「全然、大丈夫や」

「あの先生、本当に頭にくるわ」ムラサキは眉間に皺を寄せながら言った。「それにファッキンカネモにも仕返しが必要よ」

「そういえば、さっきは庇ってくれてありがとうな」

「当然よ。大ちゃんが悪い訳ないじゃない」


 僕はいつからムラサキの信用を勝ち取ったのかは解らないし、きっと彼女自身もどうして僕なんかを信用しているのか解っていないだろう。


「大ちゃん、ごっつ泣いてよな」とあっくんが僕を揶揄った。確かに教師に殴られて泣きそうにはなったが、僕は涙を流さずに堪えた筈だ。あっくんの挑発を放っておけば済んだ話だが、僕はムラサキの事が気になっているので、ついついムキになって「泣いてへんわ」と言い返した。


「いやいや、ごっつ泣いてたよ」

「アホいうな」

「無理すんなよ大ちゃん」

「せやから泣いてへんって」


 僕とあっくんの不毛な戦いを見ていたマイマイは突然笑い出した。あっくんも僕もムラサキも、急に笑ったマイマイを見て呆然とした。


「どないしてんな急に笑って?」とあっくんが尋ねた。

「いや、なんか皆んな面白いなって」

「マイマイの笑うタイミングには負けるよ」とあっくんが返すと、マイマイは更に笑った。

「ごめんね。変な笑い方だよね?」

「そんな事ないわよ。とっても可愛いわ」とムラサキが言うと、マイマイは顔を少しだけ赤めた。


「私ね……」マイマイは神妙な顔付きになって、僕たちを眺めてから話し始めた。「本当はひとのみ教の信者としか仲良くしちゃあダメなの。だけど、ずっとこうやって他の皆とも話してみたかったんだ」


「なんで信者としか仲良くしたらあかんねんな?」とあっくんは尋ねた。

「魂が汚れるんだって」

「魂に綺麗も汚いもあらへんで。これからは俺たちと仲良くしようや」


 あっくんは何時もふざけた奴ではあるが、こうやって時々深い事を言う。僕も魂に綺麗や汚いは無いと思うし、そもそも魂なんて目に見えない物は存在しないと思っている。これは僕やあっくんが無宗教だからかもしれない。


「たまには良い事を言うじゃん」とムラサキは言った。

「たまにとちゃうわ。俺は良いことしか言わへん」

「どうでも、やろ?」と僕が言うと、今度は皆が笑った。




 僕たちは学校を後にしてマイマイの家へと向った。学校から歩いて直ぐの距離に在る、立派な二階建ての一軒家だ。今井家の立派な玄関で、ムラサキは靴を脱ぐのを躊躇いながら、「本当に家へ上がっても大丈夫なの?」と尋ねた。


「全然大丈夫だよ。今は家に誰も居ないし」

「なんやねんな巨人、入らんねんやったら帰ってええで。大ちゃんとマイマイでピンクモンキーバードを捕まえるから」

「私はオカッパみたいに神経が図太く無いし、一応確認しただけだよ」


 ムラサキがマイマイの家へ入るのを躊躇う理由が、僕には痛いほど理解できた。マイマイの家はとても不気味なのだ。玄関には変な石や変な絵が飾られているし、変な空気や変な匂いも漂っている。唯一、この家でまともなのは靴箱が存在する事だけだ。

 ムラサキが周りを警戒しながら靴を脱いでいる間、あっくんは平然と玄関周りをうろついた。僕はこの家の匂いが苦手だったので、出来るだけ早く帰りたいと思ったし、この変な家からなら本当にピンクなんたらモンキーも見えるんじゃ無いかと思った。少なくとも、この家に居れば幽霊くらいは見えるだろう。

 気持ち悪い物をごちゃごちゃと集めた曼荼羅の様な絵、置いているだけで御利益じゃなく怪奇現象を招きそうな石、思わず眉間に皺を寄せてしまう人間を本能的に寄せ付けない匂い、十月の初めなのに異様な寒さの温度。それらの全てが僕やムラサキに危険信号を与えていたのだが、あっくんは平気なだけでなく変な空間を楽しんでいるようだった。




§〜○☞☆★†◇●◇†★☆☜○〜§




 大人になった僕は、良くも悪くも宗教とは関わりを持ってはいないし、無神論者と言っても差し支えは無いだろう。信じるものは救われるらしいし、信じることで救われる人が居るのは理解しているつもりだが、僕には宗教という物は必要無い。人間だって信じる事が出来ないのに、神なんか信じる事は不可能だろう?


 そして、この世で一番信用出来ないものが、自分自身だという事も知っている。僕は何度も自分に裏切られた。幼少期の僕は自分が素敵な大人に成ると信じていたけど、どうやら碌でもない大人に成ってしまったようだ。うだつの上がらない下らない人生を過ごし、今の僕が信じられるのは日本銀行が発行した紙切れだけだ。僕は神より紙を信じている訳だが、どちらも薄っぺらいのには違いない。

 子供の頃はもっと他のものを信じていた。自分自身もそうだし、夢だとか、友人だとか、親だとか、そういったものを信じていたんだ。どうして今は何も信じられないのかと考えたけど、「もしかすると神を信じてないからでは?」なんて事を思ったりもするよ。


 信用は期待を生み、期待は絶望を生む。

 僕は最初から何も信じていないんだ。

 信仰だって似たような物だろう?

 僕は神から見返りを求める人間なんだよ。

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