バトエン

 5時間目は理科の授業だった。実験室で豆電球やら乾電池やらを使って、なんやかんやと授業は進んでいた。僕は豆電球にも乾電池にも、電流にも磁界にも興味は無い。

 乾電池に繋げば電気が流れ、スイッチを押せば電気が付き、コンセントを刺せば家電製品が動く。ただ、それだけだ。そこに理由や意味は必要ない。仕組みや原理を知っていても知らなくても、僕の人生には何ら影響は無い。コンセントの差し方と、乾電池の入れ方と、スイッチの押し方さえ知っていればいいんだ。


「だいちゃん、これ見てみ」


 同じ班で実験をしていたカネモが、小声で僕に話しかけて来た。僕はカネモの事が余り好きでは無い。


「ええやろぉ、これ」と言って見せて来たのは、バトル鉛筆ことバトエンだった。六角形の鉛筆には、ドラゴンクエストのモンスターが書かれていて、一辺一辺には数字と文字が書かれている。学校ではシャープペンシルやバトエンは禁止されている。


「今、いっちゃん新しい奴がこれや」


 カネモは金持ちなので変な物をいっぱい持っているし、それを僕の様な貧乏人に自慢してくる。キラキラと光る鉛筆なんてくだらないし、そんなものを転がして楽しいなんて、頭がクルクルパーだとしか思えない。もっと他に回すものがあるはずだ。たとえば頭とかだ。だけどカネモは金を使って経済を回しているのだろう。一方僕は何を回しているのだろうか?


「大ちゃんもほしいやろ? どれか1本あげるわ」


 前で話している先生に見つからない様に、教科書で隠しながら大量のバトエンを筆箱から取り出した。カネモは「どれがええ?」と僕に尋ねる。別に欲しいとは思わなかったが、貰えるものは貰おうという貧乏根性が働き、僕は数あるバトエンを1本1本吟味する。全く削られていないキラキラ光る鉛筆を、僕は神経を削りながら見比べる。悔しいけど、僕の目もバトエンに負けないぐらい輝いているだろう。


「マジでもらってええの?」

「ええよ。一本だけな」


 僕は少しだけ遠慮して、銀色に鈍く光るバトエンを選んで手に取った。その鉛筆にはキラーマシンと書かれている。


「じゃあ、これ」

「それは無理やなぁ」


 カネモはニヒルに笑いながら、僕が選んだ鉛筆を取りあげた。

「じゃあ、これは?」と言って僕は他の鉛筆を選ぶが、カネモは「それも無理」と言った。その後も僕は何本か選んだが、カネモは全てに「無理」と返した。カネモは最初から僕にバトエンをプレゼントする気なんて無くて、ただ自慢したかっただけなのだろう。少しでも期待した自分自身に腹が立つ。


「仕方ないから、これならあげるわ」と言って、カネモは筆箱から新たにバトエンを1本取り出した。その1本は光って無いし、なかなか使い込まれている。バトエンとして使っているのでは無くて、鉛筆として使い込まれているので、削られて先は尖っている。


 僕は「ありがとう」と言って、一応貰っておいた。


「じゃあ、勝負しよか」

「勝負?」

「それ使って戦うんやんけ」


 僕とカネモは授業そっちのけでバトエンでバトルした。カネモはキラキラ光る強いバトエンを使い、僕は貰った光っていない上に削られて少し短くなったバトエンを使った。あらゆる点で負けた。うらぶれたバトエンが自分そのものに見えて来る。


「大ちゃんは弱いなぁ」と言ってカネモは笑う。弱いのは僕が使ってるバトエンであって、僕自身では無い筈だ。何時かそれを証明しなければならない。


「カネモは強いな」と僕は皮肉を言った。

「せやろぉ」

「もう勝たれへんから止めるわ。バトエンありがとうな」


 カネモが「やっぱり、それも返してもらうわ」と言ってきたので、僕は素直にバトエンを返した。つまらない奴と、我慢しながら遊んでやったのに、骨折り損のくたびれ儲けだ。そろそろ、どちらが強いかを教えてやろう。


「カネモっが使ってる一番強いバトエン見せてや」

「ええけど盗むなよ。大ちゃんとかあっくんとか、北川住宅の奴らは貧乏やから盗むやろ」

「盗まんわ。ただ、カネモの持ってるバトエンが格好ええから見たかっただけや」

「仕方ないなぁ」


 カネモはキラキラ光るバトエンを僕に渡した。僕は「これがいっちゃん強いん?」と尋ねると、カネモは「せや」と堂々と答えた。僕はその1本をへし折った。




§〜○☞☆★†◇●◇†★☆☜○〜§




 当時、バトエンはポケモン派かドラクエ派かで揉めていた。僕は貧乏だったからどっちの種類も持っていなかったが、普通の鉛筆にボールペンで数字を書き込み、手作りバトエンを作った事がある。それを転がして遊ぼうと思ったが、余りにも惨めだったので止めておいた。それ以来、僕はバトエンに憧れと嫌悪感を抱いていたんだ。


 僕は子供の癖に大人びていた。大人びていたなんて言い方をすれば、達観した子供だと勘違いされるかもしれない。僕はひねくれていたんだ。貧乏がコンプレックスだったからかもしれないし、親譲りの遺伝子的問題なのかもしれない。


 キラキラしたラメ入りのペン、下品に輝くバトル鉛筆、続く訳が無い交換ノート、臭いのする消しゴム、使い道がない練り消し、女子が書かせてくるプロフィール帳、僕は全てが嫌いだったんだ。ひねくれ者には合わない。

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