あだな
スケッチブックにはイグアノドンが書かれていて、丁寧に色まで塗られている。だいぶ前に見た「ダイナソー」っていう映画の主人公はイグアノドンで、僕はハッピーセットに付いて来たイグアノドンのオモチャを持っている。
「すごいじゃん。怪獣じゃん」とムラサキが言うと、あっくんが「ちゃうわ、恐竜や」と訂正した。僕は「イグアノドンやな」と言った。
「そう、イグアノドン」
「何時も恐竜の絵を書いてるよな?」
「別に何時もじゃない」
「恐竜が好きなん?」
「普通」
彼女は机の上に置かれたスケッチブックを閉じて机の中に仕舞うと、僕の顔を見て「それで、何か用?」と言った。僕は皆を代表して「実は、パンキーピンキーピンクの情報を集めてるねん」と言うと、あっくんが「ピンクモンキーバードや」と言い直した。
「ピンクモンキーバードなら昨日見たよ」
表情を変えずにあっさりと答える今井さんを見て、ムラサキが「どんなだった?」と質問したが、彼女は「教えない」と言った。今井さんはムラサキの事が嫌いなのかもしれない。
「なんでやん教えてくれや。俺らはピンクモンキーバードを捕まえるねん」とあっくんが言った。
「捕まえる?」
「せや。捕まえて皆に自慢するねん」
そんな訳の解らない生物を捕まえて、はたして自慢に成るのかどうかは解らない。ムラサキは「マイマイも協力してよ」と言い、何故かとても乗り気だ。僕は乗り切れないし、そもそもそんな訳の解らない生物が存在するとは思えない。
「さっきから、マイマイって何?」
「あなたに決まってるじゃない」
「勝手に決めないで欲しいんだけど」
今井さんは眉間に皺を寄せて、ムラサキに対して明らかな敵意を向けた。ムラサキは「ごめんなさい」と謝って、空気が最悪になった。あだなであだなすつもりは無かった筈だし、あだながあだになるなんてムラサキも思わなかっただろう。僕は「マイマイって良いあだなやんか。すんごい可愛いし素敵やん」とフォローすると、今井さんは僕の方を向いて「そうかな?」と尋ねた。
「ええと思うで。俺もマイマイって呼びたいもん。おれなんか大ちゃん大ちゃん言われて、ええ加減ちゃん付け止めて欲しいもん」
「私、あだななんて初めて付けられたから……」と言って、今井さんは黙った。少し間を置いてから「ごめんなさい藤村さん。私友達居ないから……」と、小さな声を振り絞って言った。
「ムラサキでいいよ」
「ムラサキ……」
「うん。私はムラサキで、こっちは大ちゃん、こいつがオカッパ。そう呼んで頂戴」
あっくんが「アホ言うな巨人。こいつは巨人で、こっちは大ちゃん、そんで俺の事は師匠って呼んでくれ」と言った。今井さんは「じゃあ、私の事はマイマイって呼んで」と言って笑った。マイマイの笑顔はなかなか素敵だ。
「よろしくマイマイ」
「よろしく大ちゃん」
「よろしくね、マイマイ」
「よろしくね、ムラサキちゃん」
「よろしゅうなぁマイマイ」
「よろしゅうです、し……オカッパ君」
あっくんが「だれがオカッパじゃ」とつっこみ、皆が笑顔になった。
「マイマイも一緒にピンクモンキーバードを捕まえようや」とあっくんが言うと、マイマイは「うん……」と言って浮かない顔をした。
マイマイは机からさっきのスケッチブックを取り出した。彼女はスケッチブックを1頁ちぎり、そこにスラスラと絵を書き始める。
「こんなのだったと思う。体の色はピンク色で、昨日の夜12時頃に見たの」
マイマイが書いた絵は直立した人型で、上半身が逆三角形の様に大きく、少しだけ手足が長くて猫背だ。そして、下半身が異様に細かった。ピンク要素とモンキー要素は有るが、バードの要素が見受けられない様な絵だった。
「コイツをどこで見たのよ?」
「私の部屋の窓から飼育小屋が見えるの。昨日の深夜に大きな音がしたから見たんだけど、そしたらピンクモンキーバードが居たの」
マイマイの家は学校の直ぐ傍に在るらしい。あっくんは「ウルフと同じ様な事言うてるな」と言った。今井さんは少しだけ顔をしかめた。
「ねぇ、今日の放課後にマイマイの家へ行っていいかしら?」
「別にいいけど。私、家に他人を入れるのなんて初めて」
「大丈夫や。俺も女子の家行くのなんか初めてやし、それに他人や無くて友達やがな」とあっくんが言うと、マイマイは「そうだね、じゃあ放課後に」と言って笑った。笑顔を作った時に泣きぼくろが微かに動くのが魅力的だ。マイマイは笑顔が似合う人だと僕は思った。
ムラサキが「ありがとう。そしたら放課後におじゃまするわ」と言った所で、ちょうど昼休みを終えるチャイムが鳴った。
§〜○☞☆★†◇●◇†★☆☜○〜§
昔は友達なんて直ぐに出来たのに、今は新しい友達なんて全く出来ない。友達の作り方を忘れた訳じゃあないんだ。ただ、友達を作るのが怖いんだよ。人を信用するのも、人から信用されるのも怖いんだ。僕が皆の信用に値する人間じゃない事を自分で解っているし、僕は皆が信用に値する人間で無い事も解っている。僕は誰かの友達になるのも向いていないし、誰かを友達にするのも向いていない。
薄っぺらい交友関係は苦手だし、厚い交友関係も煩わしい。だけど、時々とても寂しくなる。友達が居ればなんて思う時だってある。だけど孤独は自由なんだ。自由でいいじゃないか。
かつて三島由紀夫が言ってた様に、友愛を求めた所で精神的主従関係が生まれてしまうのがオチだ。僕にはその素質があるんだ。
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