マイマイ

 その日、給食はアジの南蛮漬けと、小さいアルファベットの形をしたマカロニが入ったスープ、味のしないパンと牛乳だった。クラスの皆は「給食が不味い」と言っているけど、僕は給食が大好きだ。他人の家庭がどういった物を食べているのか知らないが、こんな豪華な給食を不味いと言える程、大層いい物を食べているのだろう。


 給食の時に皆で「いただきます」と言った後に、僕は今井さんを見る。今井さんは何時もの様に、皆とは違う言葉を唱えていた。顎の下で両手を合わせて目を瞑り、何かをブツブツと唱えている。キリスト教徒の食前の祈りみたいなものだ。ひとみの教団の教義は知らないが、きっと言わないと駄目なのだろう。


 僕は給食を口にしながら「美味い」と感じつつも、絶対にそれを口に出さなかった。給食を美味いなんていったら、皆が「こいつは家で、一体何を食っているのだ」と、白い目で見られるからだ。実際問題、僕の家庭での食卓は質素だった。白い米が在るだけでもありがたいし、オカズなんて1品あれば事足りた。

 きっと今日の晩御飯はカボチャ料理だろう。昨日は南京だったし、その前は南瓜だ、更にその前はパンプキンだった。要するに、今週は晩御飯が全てカボチャだ。家の台所には、誰かから貰ったカボチャが大量に残って居る。カボチャの事を考えれば憂鬱になる。カボチャだけで白米を食べるのは苦痛なので、今日も白米にお茶を掛けて流す様に食べる事になるだろう。


 とても美味しい給食を味わいながら、校内で流れている「コンピュータおばあちゃん」に耳を澄ます。声変わりしていない男の子が、風変わりな歌詞を歌っている。



 物知り博学 足腰カクシャク 元気にワンツースリー

 英語もラクラク 入れ歯をカクカク 得意のABC



 歌っている少年は次々と軽快な韻を踏んでいく。

 僕のおばあちゃんは人間だ。物忘れ伯爵、足腰ガクガク、不憫に四苦八苦している。おまけに、母さんとはギクシャクしている。


 給食を食べ終えた後に今井さんを見ると、彼女はゆっくりとパンを齧っていた。校内では「南の島のハメハメハ大王」が流れていた。


 給食の時間が終わり、適当に掃除を済ませると、ようやく昼休みが始まった。


「おーいムラサキ」

「なによ? オカッパ」

「おまえ、ピンクモンキーバードって知っとるけ?」

「あぁ、なんか鶏をさらったんだって?」

「せやねん。俺と大ちゃんはピンクモンキーバードを捕まえようと思ってるんや」


 僕はピンクモンキーバードを捕まえようだなんて全く思っていなかったが、あっくんの中で勝手に捕獲作戦のメンバーに抜粋されていた。どうせムラサキもそんな馬鹿げた事に興味無いだろうし、変に訂正するのも面倒なので黙って会話を聞く事にした。


「大ちゃんも?」とムラサキが言うと、僕が否定をするより早く「せや」とあっくんが返した。ムラサキは「面白そうじゃん」と言って微笑んだ。


「ほんで、この事件の鍵を握ってるのは今井さんなんや」

「どうして今井さんが鍵を握ってるの?」

「彼女はピンクモンキーバードの目撃者なんや。せやから情報を提供してもらおう」

「なるほどね。じゃあ皆で聞きに行きましょう」


 教室の真ん中で座っている今井さんに、ムラサキは歩を進めた。あっくんの思い通りに話が進んでいる様だが、僕は何も言わずに付いていく事にした。

 今井さんは大人びたショートボブの髪型をしていて、服は緑のフレアスカートに白のカッターシャツを着ている。身長は平均より小さいが背筋がピンとしていて、座っている姿は美しかった。


「マイマ~イ」と言ってムラサキは今井さんの肩を後ろから叩いた。きっとムラサキは、今井さんのあだ名を今決めたのだろう。今井さんの事をマイマイなんて呼び方をする人は居ない。僕が皆から「ちゃん」付けされるように、今井さんはみなから「さん」付けで呼ばれている。いきなり肩を叩かれた事に驚いたのか、もしくは変なあだ名に驚いたのかは知らないが、今井さんは体をビクッとさせた後、こちらを黙って睨みつけていた。

 今井さんは中性的な顔立ちで、右目の横には泣きぼくろが付いている。彼女の机の上には何時もの様に、自分で書いた恐竜の絵が置かれていた。


「何してたの?」とムラサキが訪ねると、今井さんは「昼休みをしてる」と返した。あっくんが「そんなん解っとるわ」と言ったが、それには誰も何も返さなかった。


「これってマイマイが書いたの?」と言って、ムラサキは机の上に置かれた恐竜の絵を見る。今井さんは「マイマイ……」と小声で呟いた。




§〜○☞☆★†◇●◇†★☆☜○〜§




 僕は今でも時々、学校の給食を食べたくなる。ろくでもない学校で、つまらない学園生活だったけど、給食だけは最高に美味しかった。皆は白米と牛乳の組み合わせが嫌だった様だが、僕はその合ってない組み合わせすら愛おしい。中でもカレーは絶品だった。カレーはすべからく甘くすべきだ。


 もう一度、あの訳の解らない曲を聴きながら給食が食べたい。あの変な曲にも味があっていいじゃないか。学校によってはアイルランドの民謡だとか、ビートルズが流れていたそうだが、僕はあの訳が解らない曲が好きだったのだと今になって思う。あの変な歌詞のせいでハワイの大王がハメハメハだと思っていた時期もあったが、それも良い思い出じゃないか。

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