ピンクモンキーバードを探せ

ピンクモンキーバード

 ある朝、教室では「ピンクモンキーバード」が話題になっていた。僕はピンクモンキーバードなんて聞いた事も無いし、猿なのか鳥なのかも解らないけど、きっとピンク色なのだろうと想像した。


「だから、そのピンクモンキーバードが鶏をさらってん」とあっくんは興奮しながら言った。あっくんは宇宙人だとかUMAだとか、訳の解らない物の訳を解ろうとするのが大好きだ。


 僕はランドセル代わりに使っているエナメルバックを机の上に置き、今日の給食は何が出るのだったかを思い出そうとした。


「大ちゃん聞いとるけ?」

「聞いてるよ。ピンキーファンキーモンキーが現れたんやろ?」

「違うわ。ピンクモンキーバードや」

「んで、そいつがこの学校の鶏をさらったんか?」

「せや。皆そう言ってる」

「みんなって誰やねん?」


 あっくんが「今井さんとか」と言ったので、僕は「他は?」と問い詰める。あっくんは言いにくそうに「ウルフも言うてた」と答えた。ウルフが言ってる時点で嘘だろう。そもそも、僕は学校で飼われている鶏がどうなろうと知った事では無い。鶏の1匹や2匹が消えた所で、さして問題は無い様に思える。むしろ飼育係の手間が省けていいじゃないか。


「おーい、ウルフ」と僕が叫ぶと、教壇辺りで誰かと話しているウルフがこちらを向いた。僕は「ちょっと来てくれや」と言った。

 ウルフは窓際に位置する僕の席までやって来て「大ちゃんおはよう」と言ったので、僕も「おはよう」と返した。


「あっくんが言うててんやけど、なんかパンクピンキーモンキーが出たんやって?」

「ピンクモンキーバードや」とあっくんが訂正した。


 ウルフは「せやねん……」と言って、神妙な顔つきをした。ウルフは訳の解らない嘘を全力で吐き、まるでオオカミ少年の様だからウルフと呼ばれている。その虚言癖のせいで彼はクラスの皆から疎まれているが、僕は彼に好感を持っていた。


「実はな、ここだけの話、俺は見てんよピンクモンキーバードを。昨日の深夜に学校付近を散歩してたらさ、飼育小屋の方で大きな音がしたわけ。何やろうなって思ったから、学校に侵入して飼育小屋に向かったら奴がおったんよ。そう、ピンクモンキーバードや。俺に気付いてピンクモンキーバードが襲って来てんけど、なんとか逃げる事に成功してん」


 ウルフは抑揚を付けながら話したが、あっくんの目は明らかに訝しんでいたし、僕の目はきっと死んでいる。


 パイレーツオブカリビアンが流行った時に話していた、七つの海を股にかけて大秘宝を見つけ出した話も、ハリーポッターが流行った時に話していた、魔法を使って太陽の塔に付いてる2つの顔を入れ替えた話も、ウルフの作り話は全て面白かったが、今回の話はつまらない。

 チーターの尻尾を走りで追いかけて捕まえた話や、チキンリトルを180度の油で揚げた話、オシャレ魔女ラブ&ベリーの服を全て剥ぎ取った話、ウルフはいくらでも嘘を吐ける。彼はきっと天才なのだと思う。おまけに話し方も上手い。


 僕は「じゃあさ、サンタさんって居ると思うか?」とウルフへの質問を変えた。


「おるもなにも、俺はサンタのオッサンと飯食うた事あるねん。あれはなぁ、確か12月の始め頃やったかな? トナカイがレゴを間違って食べてもうて、なんや喉詰まらせたたから俺の家……」


「ありがとうウルフ。その話はまた今度聞くわ」僕が彼の話を遮る様に言うと、彼は残念そうな顔をした。ウルフは「じゃあ戻るわぁ」と寂し気に呟き、教壇の元へ戻って行った。


「そう言う事やわな」とだけ僕が言うと、あっくんは「ちゃうねん、確かにウルフのは嘘やけど今井さんは嘘つかんやろ」と返した。僕に言わせれば今井さんも嘘を吐くだろうと思う。人は大なり小なり嘘を吐くものだ。


「じゃあ、今井さんはなんて言うてたんよ?」

「いや、まだ聞いてないねん。後でムラサキが来たら聞いて貰おうぜ」

「今聞けよ」

「今は気まずいやろ」


 確かに女子と話すのは気まずいし、今井麻衣いまいまいは少し変わっていて面倒だ。彼女は今日も教室の真ん中に在る自分の席に座り、一人で熱心に絵を描いている。きっと、何時もの様に恐竜の絵を描いているのだろう。

 彼女の名前を逆から読んでも変わらない様に、彼女の性格は表も裏も同じだ。表も裏も変人だし、左右や上下から見ても変わり者な事に変わりない。彼女は不思議ちゃんなんだ。なんといっても「ひとみの教団」の2世なのだから。




§〜○☞☆★†◇●◇†★☆☜○〜§




 子供の頃は実態のない物を異常なほど恐れた。幽霊だとか妖怪だとか宇宙人だとか、数え出したらきりがない。今になって思い返せば、どうしてあんなにも怖がっていたのだろうと疑問に思う。現実なんかよりも非現実な事の方が怖かったのは、もしかすると現実を見ていなかったからかもしれない。それとも、現実には希望があったから安心しきっていたのかもしれない。要するに、現実が見えていなかったって訳だ。


 子供が実体のない物に恐れる様に、大人だって実態のない物に恐れてる。社会的地位やら、安っぽい自分のプライド、物事の有用性に、時代や国や文化が変われば一新される不安定な常識、人間味を欠いたモラル、正論と言う名の極論、きっと今の時代は目に見える物なんかよりも、目に見えない何かを恐れるのが主流なのだろう。目に見えるものからは目を逸らし、目に見えない何かと戦って生きている。

 僕はガザの子供じゃないから、目に見える戦闘機を怖がったりはしない。その代わりに、目に見えない何かに昔から人一倍恐れているんだ。幸せ者だろ?

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