悪ガキの悪あがき
小林は僕とあっくんに何発かのBB弾と罵声を浴びせ、持っていた財布と遊戯王カードの一軍デッキを略奪して去って行った。遊戯王の「人造人間サイコショッカー」パラレルレアカードを、頭パッパラパーのサイコ野郎に奪われたのはショックだった。
おかっぱ頭のサラサラな髪を揺らし、くりくりとした赤い目を擦りながら「大ちゃん大丈夫?」と、あっくんは言った。僕は「あっくんこそ大丈夫?」と言って強がって見せたが、僕は大丈夫では無いしBB弾を耐えれる程に丈夫な体を持っていない。なんとか顔や目は守れたが、脚や腕からは少しだけ出血していた。
「大丈夫やない。財布を取り返さなあかん」
あっくんは涙を拭きながら「あの財布はオカンにこうてもろたやつやねん」と続けた。あっくんの家は母子家庭で、彼は母親を人一倍大切にしている。僕からすれば母親なんてウザくて五月蠅いだけの存在だったが、あっくんは異常な程のマザーコンプレックスを抱えていた。
「財布なんか諦めようや」
「アホ言うな。何としてでも取り返さなあかん」
2年ぐらい前から使い続けているあっくんの財布は、丸い形をしていて、首から下げる様の長い紐が付いていた。件の財布は表にポケットモンスターのミズゴロウが描かれている。ミズゴロウとは、2日前に発売された「ポケットモンスターダイヤモンドパール」の、一世代前にあたる「ポケットモンスタールビーサファイア」に出て来る主要キャラクターだ。僕達は貧乏なのでニンテンドーDSを持っておらず、最新作の「ポケットモンスターダイヤモンドパール」はやった事が無い。しかし、ゲームボーイアドバンスは持っていて、「ポケットモンスタールビーサファイア」は、乾電池を何本も浪費して遊んだ。その分、ミズゴロウへの思い入れは強い。
僕は「仕方ないなぁ、ミズゴロウの奪還作戦に協力してあげるわ」と言った。あっくんは「ありがとう大ちゃん」と言って僕の手を握る。BB弾という小さなプラスチックのボールを浴びせて来る小林は、正にモンスター級のバケモンと言えるだろう。そして、その悪童小林を倒す事によって、僕達は殿堂入りを果たす事に成るのだ。
「こうなったら仲間を集めて戦争や。小林の住んどる地域に乗り込む」
「小林って何処に住んでるん?」と、僕は尋ねた。
「峯が丘団地や」
峰が丘団地とは、僕達が住んでいる北川住宅よりもみすぼらしい地域だ。件の団地は家に風呂が付いていないし、住んでいる人も余り居ない。現代の人間が住めるような環境ではないらしい。峰が丘団地はバス停も駅も遠いし、周りには店だって無いような不便な場所で、そこに住む子供 (あるいは大人も)は8割が不良でまともではないそうだ。現に、僕の両親も峰が丘団地には近づくなと、口が酸っぱくなる程言っていた。
僕が通っている小学校でも、峰が丘団地の噂はよく耳にする。
曰く、峰が丘団地に足を踏み入れると、大人だろうが子供だろうが、何処からかエアガンで狙撃される。
曰く、狂犬病を持った野良犬が生息している。
曰く、峰が丘団地ではカニバリズムを行っている。
曰く、日本国憲法が通用しない。
曰く、ヘラクレスオオカブトが捕まえられる。
そして、そんな峰が丘団地の小学生ボスが小林らしい。
「とりあえず、ケイ君に相談しよう」と、僕は言った。ケイ君とは、僕達が住んでいる北川住宅の小学生ボスである。ケイ君は小学6年生だ。僕達よりも1歳年上で、小林より2歳も年上である。ケイ君なら力になってくれる筈だ。
僕達は公園に設置されている「神様の水」という名のついた蛇口へ向かった。4つ並んだ蛇口の右から2つ目の蛇口から出る水は、何故か「神様の水」と呼ばれていて、その水で傷を洗うと治りが早くなると言われている。この「神様の水」がある公園は、僕達の小学校では「神水公園」と呼ばれている。この公園はケイ君の縄張りで、小林が荒らしまわったと知れば、ケイ君も黙ってはいられない筈だ。言うならば、小林の襲撃は結果的に神様水源の利権を争う事に成りかねないのだ。この神水公園は、僕達の領土なのだ。小林の狩場にされては堪らない。
神様の水で傷口を洗い、解決の糸口であるケイ君の元へ向かう。ケイ君は何時も北川住宅の7棟屋上に居る。そこには、僕達を含めた北川住宅の悪ガキ共が巣くう基地があり、皆が「第7サティアン」と呼んでいた。
自分より大きなママチャリに、文字通り背伸びをして乗り、僕とあっくんは第7サティアンへ向かった。何故、ママチャリに乗っているかと言うと、6段階変速ギアが付いている子供用の自転車はダサいし、そんなのに乗っていたら「カネモ(金持ちの略)」と言われて馬鹿にされる。自転車は大きければ大きい程いかしていたので、僕もあっくんも、親が使っているママチャリを乗っている。
大人用の大きな自転車はバランスが取りにくいし、乗っている姿はアンバランスだろう。だけど、これがいぶし銀で格好いいのだ。
体に合っていないママチャリを懸命に走らせる。
早く第7サティアンへ行って、反撃の1手を撃つ準備を整えなければならない。
§〜○☞☆★†◇●◇†★☆☜○〜§
今思えば神様の水なんて馬鹿げているし、遊戯王カードなんてただの紙切れだ。だけど、あっくんの財布は大切な物だろう。あっくんの母親は、早くして亡くなる事になるのだから……
それはさておき、第7サティアンなんて不謹慎な名前だ。だけど、子供だった僕達は、不謹慎なんて言葉の意味も解らないし、第7サティアンがオウム真理教と関係しているのも知らなかった。地下鉄サリン事件なんて、聞いた事はあっても何かなんて知らないし、正直に言えばどうでも良かったんだ。未来ある僕達が、過去の出来事に興味を持てないのも仕方ないだろう?
何処の誰がこんな名前を付けたのか、今と成っては解らないけど、本当に不謹慎だとかそういう考えは無かったんだ。きっと、サティアンっていう響きが格好良かっただけだ。そういう
子供の頃ってそういうものじゃないか?
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