ケイ君
7棟の屋上からは、偽物みたいな夕日が見えた。余りにも輝いていて、何処か作り物めいている。真っ赤な夕焼けは、ホテルニューアワジのコマーシャルみたいだ。もしかするとあのコマーシャルは朝日の映像なのかもしれないと思ったが、別にどっちだっていいだろう。僕の頭の中では「ホテルニューウ、アーワジ」というコマーシャルソングが流れたが、第7サティアンで実際に流れていたのはFM802だった。ラジオのDJが「山田詠美が書いた風味絶佳が谷崎潤一郎賞を取り、その短編集の中に収録されている話が先日映画化さましたねぇ。次はその映画主題歌をお届け致します。オアシスでライラ」と言って、リアム・ギャラガーの天にも届く様な歌声が流れた。
ラジオの横に在るソファーにケイ君は居た。頭にはニューヨークヤンキースの白い帽子を被り、首からは紐に付いた鍵をぶら下げている。上には白い半袖のTシャツを着て、下は薄く成ったジーパンを履いている。白いTシャツの真ん中には、ザ・ローリング・ストーンズのベロマークがプリントされていた。僕はこのベロマークと、ヒステリックミニの赤ちゃんが大嫌いだ。何故かは解らないが、この2つは僕の中で恐怖心を掻き立てる。
ケイ君の隣にはヤーさんも居た。ヤーさんは僕達と同じ年で、本名は薬師寺という名前だ。薬師寺だからヤーさんというあだ名が付いたのではなく、父親が暴力団の元構成員だからヤーさんというあだ名が付いた。ヤーさんは無口で丸坊主で、真っ黒の服しか着ない。彼の吊り上がった目は他人を威圧させるぐらい人相が悪い。だけど、ヤーさんの中身は心優しくてとても温厚だ。
第7サティアンには、他にもガキが何人か居た。皆がそれぞれに勝手な事をして遊んでいる。DSをしている者も居れば、カードゲームをしている者も居る。第7サティアンには決まりごとが幾つかあって、その1つが小学生だけがここへ来れるという掟だ。だから、小学1年生から6年生までの様々な年齢のガキが居る。まるで学童保育の様だった。
僕とあっくんがケイ君に近づくと、ケイ君は「大ちゃんにあっくん、どないしてんな?」と言った。きっと、僕達の尋常ならざる空気感を察したのだろう。もしくは顔に涙の跡でも残って居たのかもしれない。
「ケイ君。戦争や」と、あっくんはいきなり言った。
「戦争?」
「小林から襲撃を受けてん。このままやと神水公園が小林の手に落ちるかもせえへん」
「えらい物騒な話やけど。小林って、あの小林け?」
「せや、あの小林や」
「小林のデブ野郎と喧嘩したんか知らんけど、仕返しはなんも生まへんからなぁ。もっとピースにいこうや」
そう言ってケイ君はタバコを1本取り出して咥え、ライターで先に火を点けた。隣のラジオから流れていたオアシスの曲が終わり、次にスキマスイッチの「全力少年」が流れた。ケイ君の隣で座っているヤーさんは、ずっと僕達を睨みつけている。勿論、ヤーさん本人は睨みつけているつもりは無いだろうが、僕が感じる事実として睨みつけられているんだ。
「俺はオカンからもらった財布を取り返さなアカンねん。ケイ君頼むわ。協力してくれや……」その後のあっくんの話を聞いて、ケイ君は顔色を変えた。あっくんが事の経緯を離し終えるまでに、ケイ君はタバコを2本吸い、隣で一緒に話を聞いていたヤーさんが、突然「俺は手伝う」とだけ言った。あっくんは「ありがとうヤーさん」と言って、ヤーさんの手を握った。
「しゃーない、小林を泣かそう」と言って、ケイ君はソファーから立ち上がる。ケイ君はソファーの横に置いてあるラジオを消し、近くに置いてあった拡声器を手に取り、屋上の
「小学生各位傾聴」とケイ君は言った。屋上に居る皆と、近くに居るであろうガキ共に、拡声器を使って呼びかけたのだ。ケイ君が「親愛なる悪ガキ諸君、第7サティアンにて会議を行う。小学5年、6年は出席されたし」と続けて言い、それから拡声器の電源を切った。
5分後にはケイ君の周りに10数名程のガキが集まった。
「諸君、集まって頂き感謝する。この中で、小林に恨みがある奴、もしくは俺に借りが在る奴は特に聞いて頂きたい。結論から申すと、借りを返す時が来たのだ。悪童小林を打つべく、討伐隊を結成する。非常に危険な戦闘になる故、己の身を案じ帰って頂いても結構。決して意志薄情の腰抜け野郎等と罵ったりはせぬ。この作戦に志願するのは、自殺行為に等しかろう。それでも意を決して討伐隊に志願する等という、自虐的で奇特な愛すべき阿呆共は残って頂きたい。以上」
ケイ君の演説は力強かった。普段はコテコテの関西弁なのに、時々古風な話し方をするので、謎の説得感が生まれた。僕達はみんなケイ君に憧れていたと思う。
演説の結果、残ったのは僕達を含めて6人だけだった。
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当時はオアシスが本気で解散するなんて思ってなかったし、ストーンズが未だに新曲を発表するとは考えられないだろう。時代の流れで変わる事もあれば、変わらない物もあるのだ。酒やたばこも自販機を使って子供でも買えた時代だったから、悪ガキどもは大人ぶってヤニを摂取したが、タバコのパッケージがダサくなっていくのと同様に、今のガキはタバコなんて吸っていても格好悪いだけだろう。
僕だって今じゃあ嫌煙家だ。
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