第一次 峰が丘合戦

悪童小林

 僕の後頭部にはコルトM1911A1軍用拳銃、別名コルトガバメントが突き付けられていた。僕は両腕を上に揚げて後頭部に両手を置き、背筋を伸ばして地面に膝を付いている。信じてもいない神だとか仏とやらに祈りを捧げ、心の中で「南無妙法蓮華経、南無阿弥陀仏、オン・バイタレイヤ・ソワカ、アーメン、ジーザス」と唱えた。隣では親友のあっくんも僕と同じポーズをしている。僕達は既に手詰まり状態ではあるが、なんとかして解決の足掛かりを探す。しかし、どうやら手も足も出ない状況らしく、僕の目からは涙が出た。


「誰の許可を得て、こんな所で大声出して楽しそうにしてたんや」


 僕の後ろで小林はそう言った。子分を3人引き連れて、右手にはコルトガバメントを持っている。小林の子分は僕とあっくんを囲む様に等間隔でトライアングルを作り、皆が笑顔で事の経緯を見守っている。勝ち目は無いし、逃げるのも難しい。僕の体はブルブルと震え、来たるべき不幸を本能で悟っていた。


「そのままの姿勢で動くなよ、少しでも動いたら撃つからな」


 小林は僕の後頭部からコルトガバメントを離し、ゆっくりと僕達の前へ移動した。小学4年生の小林は、この辺りでは有名な悪ガキである。体が少し大きい肥満児で、喧嘩がめっぽう強いらしい。小学5年生の僕達の間でも「小林には気を付けろ」と恐れられていた。小林は他校の生徒なのに名前はよく耳にしたし、実際に遠くから小林の姿を見たこともあった。こうやって声を聴くのは初めてだが、想像通りの質の悪い声で、見習い悪魔の甲高い囁きの様だった。


 小林はコルトガバメントを持っていない左手を口元まで揚げて、手で遠慮がちな裏ピースを作った。近くに居た子分 (名前は知らないが、きっと小学4年生か3年生で年下のガキだ)がシケモクを用意して、小林の左手に差し出す。もう1人の子分がライターで火を点け、小林は旨そうにシケモクを吹かす。


「ほんで、お前らはこの公園で何してたんや?」


 小林の質問にあっくんが「遊戯王カードで遊んでただけや」と答えると、小林はあっくんの足に向けてコルトガバメントの引き金を引いた。コルトガバメントのスライドが動き、白いBB弾が無慈悲に放たれる。

 あっくんが「いったぁあああああ」と叫びながら倒れ込み、撃たれた右太ももをさすった。あっくんは涙を目に溜めながら、履いていた半ズボンを捲り上げ、自分の太ももの状況を確認する。僕は両手を挙げたままの姿勢で、隣で倒れているあっくんを見やる。あっくんの太ももからは、ほんの少しだけ血が出ていた。


「お前、反抗的やねん。敬語使え」


 小林はそう言いながら「ケタケタケタ」と言う擬音が似合いそうな、悪魔的笑みを見せた。僕はあっくんを助けれないし、ブルブルと体を震わせる事しか出来ない。どうして年下の小林に敬語を使わないといけないのだろうと思ったが、そんな反論をしようものなら殺されても可笑しくは無い。小林の細い目の奥には狂気が潜んでいる。



 小林が持っているコルトガバメントは、僕達が持っている様な10歳以上用のチャチなエアガンでは無い。18歳以上が使うエアガンだ。僕達子供にとって、それは玩具では無い。10歳以上用はBB弾がオレンジ色の0.12グラムだが、18歳以上用はBB弾が白色で0.2グラムもある。そこには模擬刀と真剣程の差が生じるといっても過言では無い。もしくは真剣と軽機関銃ぐらい差があると、僕は真剣に考えた。更に、小林が持っているコルトガバメントは、18歳以上用の中でも、引き金を引くだけで何発も発砲できるタイプの『ガス』ガンだ。


 僕の周りにも18歳以上用のエアガンを非正規ルートで購入している奴は何人か居たが、18歳以上用のガスガンを持っている奴なんて居ない。通常のエアガン(10歳以上様も18歳以上用)は、3000円程度で購入できるが、ガスガンは15000円程度する。そんな大金を用意できる子供はそうそう居ない。それに、ガスガンは打つ際にガスが必要なので、ガスを使う値段も掛かってしまう。経済的にも環境にもエコではないし、自然や僕達にも優しくない。

 普通のガキが持ってる様なエアガンは、1発発射する度にコッキングという動作をしなくてはならないが、小林はガスの力を使って連射が可能だ。このコルトガバメントは盗品に違いない。僕達の様なガキが手に出来る代物では無い。


「まぁ、何でもええけどやで。お前らうるさかったから処刑やな」


 小林はそう言ってコルトガバメントの引き金を引き、僕のお腹を撃った。針で刺された様な痛みが走り、僕も思わず「痛ぃいいいい」と泣き叫んだ。




§〜○☞☆★†◇●◇†★☆☜○〜§




 いささか大仰おおぎょうに聞こえるかも知れないけど、僕はこの時本気で殺されると思っていたし、小林という悪ガキは本気で僕を殺そうとしていたんだ。確かに、ガスガン程度で人は殺せないけど、この時は本気で死ぬかと思ったんだよ。


 この出来事が後の「峰が丘合戦」に発展する切っ掛けになったんだ。


 余談ではあるが、大人に成った今でもガスガンなんて高価な物は買えない。

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