ちっぽけなかみさまのおはなし

むかしむかし、あるところに、かみさまがおりました。

ひとびとのしあわせをねがい、ひとびとをしあわせにする、こころやさしきかみさまでした。

ひとびとはかみさまをうやまい、たたえ、いのり、まつりました。

しあわせになるために。

かみさまのいうことは、なんでもききました。

だれもが、しあわせに、なりたかったから。

ひとびとは、ぜんぶ、すてました。

ゆめも、お金も、かんじょうも、全ぶ、ぜーんぶ、すててしまいました。

そうすれば、しあわせにしてもらえるから。

そう、かみさまが、言っていた、から。


かくして、人びとは、しあわせになったのです。









——神様は芋虫でした。



踏めば簡単に潰せる、小さな虫でした。

弱くて、誰に顧みられる事もない、ただの『  』でした。


『  』には、好きな人がいました。

自分を見つけてくれた、ちっぽけな人間の男の子。気の触れた祖母に振り回されている、ただの普通の男の子。祖母の気まぐれで、簡単に壊れてしまう、弱い人間。

『  』と男の子は、似た者同士だったのです。

似た者同士は、よく一緒に遊びました。

祖母に見つからないように、こっそりひやひやと遊んでいました。

お互いの名前も知らないまま、穏やかに、しかし楽しげに日々は過ぎていきます。


ですが、楽しい日々はすぐに終わるもの。

ついにとうとう、『  』が祖母に見つかってしまったのです。


祖母は『  』を見て、泣き叫び狂喜しました。恐ろしい顔で、祖母は何かを喚いています。

男の子は祖母が恐ろしくて、目が離せなくて、『  』の事は見れませんでした。


「常世の神だ!」「常世の国から神がおわすった!」

そう叫んでいるように聞こえます。

男の子は祖母が何を言っているのか、その意味が理解できませんでした。

ですが、『  』は違いました。


「そうです。私は常世神。あなたたちを救いに来ました」


『  』は、聞いたことのない声で、そう高らかに言ったのです。

男の子は、あっけにとられました。

だって『  』は、ただの芋虫だったから。

そんな事を言ったことのない、ただのちっぽけな女の子だったから。


目の前にいる『  』が、誰かわかりません。


『  』は、自分の知らない『常世神』になってしまったのでしょう。


男の子は、諦めました。

諦めて、祖母と『常世神』を祀るお手伝いをしました。

そしたら、いつの間にか男の子は、『常世神』を祀る人の中で、一番偉くなっていました。

しかし、男の子は諦めてしまっていました。

『常世神』は、自分を見ません。

『常世神』は、全ての人を見ています。

『常世神』は、男の子との日々を顧みません。

『常世神』は、『  』と同じであるはずなのに、『  』とは違うのです。


だから、何も思いませんでした。

人々が狂っていく中で、一人男の子はそれを眺め続けました。

祈りも幸福も約束も、全てが無意味に思いました。



歌うように、跳ねるように、『常世神』は人々を『幸せ』にしていきます。


それがいつか見た、『  』の踊りに似ていても、かつて男の子だった巫には、何も感じられませんでした。







——いつか、どこかの偉い人が、騒動を聞きつけて、『常世神』たちのところへやってきました。


人々を狂わせる不届者に、誅を下そうとやってきたのです。



まず、祭祀をとり行っていた、かつて男の子だった巫を誅しました。


巫の花弁が舞う中で、『常世神』は、酷く驚いた顔をしました。



死に際になって、やっと、『  』に再び出会えたような気がして、巫はふわり笑って地に落ちました。



『常世神』は我も忘れて駆け寄りました。

もう彼女は、神ではありませんでした。



朱の海の上で、かつて『常世神』だった『  』は呆然と立ち尽くしました。

その隙に、偉い人は刀を『  』へ刺しました。




痛みに目が覚めます。

嗚呼、私は、『常世神』じゃなくて、ただの———







そこで、偽りの神の記憶は途絶えました。

あとにはただの潰れた虫一匹だけが、そこにあるだけでした。



そうして、人々を惑わす害悪な神様はいなくなり、人々は平和に暮らしたとさ。


めでたし、めでたし。















—————


「変な話をしてあげようか」


芋虫が語りかける。


「あたしは昔、神だった。ああ、ごめん。変な出だしだよね、ってか疑っちゃうよね。でもね、ホントの話。だから、ちょっとだけ信じて聞いてて。この話が終わるまでの間だけ。」


突飛な事だが、事実、芋虫が喋っている。


「ホントはあたしが神だった時の事って、覚えてちゃダメなんだけど…なんでか覚えちゃっててさ。ちょっと暇つぶしがてら、聞いてって欲しいな。」


芋虫は続ける。


「あたしね、神にされたの。ホントは神様じゃないんだけどね、神様って事にされたの。本来あたしに名前ってないんだけどね、神様って名付けられたら、その通りになっちゃうんだ。なんかめんどくさいでしょ?あたしもそー思う。」


馬鹿らしいよね、と芋虫は笑う。


「あたしは人を幸せにする神様だった。…そー聞くと、たいそーな神様に思えるよね。でも、そんな事はないんだ。幸せになった気にさせるだけ。富も人格も感情も捨てさせて、幸せにさせる。それ以外考えられないようにする。…ま、つまるところ、人々を狂わせてた邪神だった、ってこと。神だったあたしに、そんなつもりは無かったんだけどね。全部善意だったし」


淡々と話す芋虫。その感情は、わからない。


「あたし、ホントはただの小さな『  』なんだよ。その日暮らしで、刹那を生きる、悪戯好きで子供みたいな、純粋で単純でお馬鹿な『  』。神なんかじゃない。なんでそんなものに、人々は夢を見たんだろうね。傍迷惑な話だと思わない?」


明るい声色で芋虫が、同意を求めてくる。


「……あたし、ホントは。アイツと一緒にいられるだけでよかった。アイツと遊べるだけでよかったんだ。いつかあたしの事忘れて、あたしの事見えなくなっても、思い出がキラキラ輝いてたなら、それでよかったのに。…どうして、…………」


何かを言おうとして、芋虫は口を噤む。


「まあもう終わった事だし、どーでもいいんだけどね。はい、お話終わり!ただの虫ケラの戯言でした!ありがとう聞いてくれて。もう忘れてくれていいよ」


ぱっと明るい雰囲気になる。

そんな芋虫に、一つ疑問を投げかける。


「………『アイツ』の事を、どう思ってた、って?……別に、どうとも。ただ、大切で大事な友達だったっていうのは、ずっと変わらないかな。……ああ、ごめん。嘘ついた。ずっとではなかった。神のあたし、その事忘れてたんだった。…………」


また黙ってしまった。

どうにか芋虫を慰めようと思ったが、いい言葉は思いつかない。


「……いや、気ぃ使わなくていいよ。ありがとう。君は優しい人間だね。でももういいよ。君はもう、こんな変な『  』とは別れて、忘れて、現実を向いて走った方がいい。あたしはただの起きたら忘れる夢みたいなモノだから。」


芋虫が道を指し示す。どうやらお別れらしい。

今話された事が徐々にボヤけていく。


「ばいばい、優しい人。また会えたら次は、楽しい夢でも見せてあげるよ—————

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紅に咲き誇る月と オツキミ抄 きのこシチュー @cinamiju

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