天使の降ってきた日



——それは、とあるなんでもない日に起こった出来事だった。



歌で人を惑わせる怪鳥セイレーンの少女は、今日の獲物を探しながら、空を優雅に飛んでいた。


今日はとても良い天気なのに、何処を見ても船が通らない。晴れは絶好の航海日和!…というではないのか。


「どうしちゃったのかしら?」


あまりの不可解さに、少女は首を傾げる。

いつもならば、「天気の良い日=絶好の航海日和!」と言わんばかりに、沢山の船が海へと出てくるものなのだが、今日は何故か一隻も出ていない。

何かの前触れかしら?それとも何か変な空間にでも巻き込まれた?

…そう推理するが、どれも的外れなような気がして、少女の頭を余計にこんがらがらせる。


推理しては直感に否定され、推理しては直感に否定され…そんな事をずっと繰り返しているうちに、なんとなくどうでも良くなってきた。


「まあまだ地中海と大西洋見ただけだし、もうちょっと別の海へ行けばあるかもだし!」


気長にのんびりと獲物を待とう。釣りをする時は、焦らず、気長に、のんびりと。

そう少女は思い直し、気ままに空を飛んでいく。


そうして、大西洋を抜け、大陸を越え、太平洋に飛んできた——その辺りで、異変が起こった。


まず少女は、誰もいないはずの空で、背後から何かの気配を感じた。彼女はバッと後ろを振り返る。額に大粒の汗が伝う。

鳥すらも飛べない上空を飛んでいるため、誰かが自分を追って来てると思い、確認のために振り返っただけで、決して驚いたとか、恐怖を感じたとかではない。決して。


しかし、振り返った先には何も無く、不思議な色に光る空だけがそこにはあった。


「……えっ????」


見たこともない不思議な色に、思わず少女はたじろぐ。その次の瞬間、ぽこっと頭に何かが落ちてきた。

「痛っ」と反射的に漏らし、咄嗟に落ちていく何かを見る。


それは、なんとなく生き物のように見えた。


「ちょ…ま、待って、待ちなさーい!!」


すぐに少女は滑翔し、その生物が海に落ちる前に受け止める事に成功した。

手のひらの中に収まってしまうほどとても小さいソレは、桃色の齧歯類に見えた。


「……なに、このこ」

「キュッ!!」


初めて見る生物に、少女は興味津々でじろじろと見つめ始めた。その視線が恐ろしかったのか、その小動物は怯えたような小さい鳴き声をひとつ上げた。


「な、鳴いた!なにこの子…超可愛い…」

「ヂュッ?!」


すりすりと頬擦りする少女に、またも小動物は小さな鳴き声を上げた。今度は少し驚き気味に。

どうやら少女は、この小動物に一目惚れしてしまったらしい。色んな感情が抑えきれなくなっているようだ。


「ねえあなたどこから来たの?名前は?どうしてこんなに可愛いフォルムをしてるの?!」

「……」

「あ、そうだ!あなた行く宛無いなら私の家に来なさいよ!いや来るべきだわ!全力で養っちゃうわ!」

「……」

「んーーー、なら名前が必要かしら!大丈夫よ、一眼見て「コレだ!」って名前が浮かんでるから!!」

「……」

「「アンジュ」ってどうかしら?!いいわよね!!天使って意味なのよ、あなたにピッタリよね!てことであなたは今からアンジュよ!よろしくね!!」

「………キュ」


興奮して答える隙を与える前に次々と言葉を並べる少女に、小動物はもうただ頷くしかなかった。


こうして、アンジュと名付けられたハムスターは、セイレーンの少女ネリーと暮らし始めたとさ。おしまい。


「キュ…(特別意訳:僕に拒否権は無いのか…)」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る