夜明けと共にイスカは鳴く - 上 -
【これは、とある少年と少年の邂逅と『死』を描いた御伽噺】
その家族は、幸せだった。
確率的に奇跡と言って過言では無い、アルビノの夫婦。
そんな2人から生まれた、アルビノの双子。
顔のよく似た双子。
しかし目の色が違うために、すぐ一卵性双生児ではないと分かるだろう。
光に当たるとほのかに赤くひかる銀髪と、赤い瞳を持つ少女。
もう1人は逆に青くひかる銀髪と、青い瞳を持つ少年。
人の記憶を忘れさせる能力を持つ弟と、何もかも忘れない姉。
弟の力は強力ではあったが、制御不能というわけでもなかったので、特に不自由なく過ごせていた。
四人は幸せだった。
いつも笑い合っていた。
幸せな家族、というのは、この四人を指すのではないかと思うくらい。
——そう、あの日までは。
★
「採用部長!」
その声に彼(彼女?)は振り向く。彼女(ここは便宜上彼女、ということにしておく)はその声の主に「なあに?」とにこやかな笑顔を向ける。
「市内東側に強力な能力者反応がありますが、どうします?」
「んー、そうねぇ…どんな能力?」
「ええと…恐らく精神操作系ですね」
「ふぅん」
彼女は笑顔を絶やさぬまま、黙り込んでしまった。
彼女の名前は
採用部長、なんて呼ばれていたが、実際にはただの誘拐指揮者だ。ちゃんと面接採用みたいな事もしていると聞いたが、それも本当の事かどうか。
——ここは犯罪組織、セプトノーツ。
『能力者』と呼ばれる人々を収容し、暗殺者に育て上げる、ならず者の集まりだ。
政府との繋がりもあるとか無いとかいう噂も聞いた覚えがあるが、僕はそこまで詳しくないし知りたくもない。
能力者で結成された組織なのだから、当然僕も彼女も能力者だ。まあそこは、今回の話に特に関係もないので割愛するが。
「…そうねぇ、採用!かしら」
「そ、それじゃあ」
「ええ、さっそく捕獲よ♪」
楽しそうに笑う雪ヶ池の顔は、僕にはただの悪魔の笑みにしか見えなかった。
それでも僕は彼女に近づいた。
「雪ヶ池。それ、僕に頼まれてくれないか?」
「ん?柳川ちゃんじゃない♪どーしたの?貴方、あまりこういうのに首突っ込まないタイプじゃない」
その笑みを向けるな。ころころと笑うその顔に怒りを覚えながら、僕は口を開く。
「精神操作系ならどんな攻撃がくるか分からないだろ。相手が好意的である、なんて甘い考えは捨てるべきだ、雪ヶ池」
「あらあら〜わたしの事心配してくれてるの?」
「うるさい、黙れ。それにどうせ暇してたんだ、暇潰しには丁度いいさ」
「ふぅん?ま、いいわ。頼むわねぇ死神さん♪」
るんるんと上機嫌で彼女は自分の持ち場へ戻っていった。僕はその背を見届けずに、反対方向にある暗殺部隊の持ち場へ戻っていく。
——死神。
それは、僕——
まあどちらにせよ、僕の興味の外だ。
どうでもいい。
「お、戻ったか、柳川」
「……うわ」
思わずそんな声が出てしまった。自分の持ち場へ帰ったら、まず見なきゃいけないのがこの顔だなんてついてない。
「うわ、とは酷いな。一応これでも上司だぞ?」
「…同じ幹部なのに上司とか無いだろ。つか同い年だし」
「ざーんねん、僕の方が二つ年上!」
「どっちでもいいだろ別に」
ハァ、と疲れた溜息を吐く。
コイツは暗殺部隊指揮官の
悠々としてて掴みにくいタイプだが、割とお調子者だったりする、分かりにくいんだか分かりやすいんだかよくわからん人物だ。
つまるところ、僕はコイツが苦手なのだ。
「で?何さ。僕を待ってたって事は何かあるんだろ?今忙しいんだから手短に頼むよ?」
「ああ、聞いてる。能力者捕獲作戦に参加するんだろ?それはいいんだが、ちょっとおつかいを頼まれて」
「却下。僕は「忙しい」って言ったろ?そんな事する暇も余裕も無い。分かったら別の人に頼んでよ」
つかつかと自分のデスクへ向かい、そこから無線機で部下たちに護衛を頼んだ。そして引き出しから予備のナイフを数本取り出し、万が一の為に能力無効薬を服の中に隠した。精神操作能力者なので恐らく得物は使わないと見て、防弾チョッキは無装備。その他小型無線機やらなんやらを装備し、僕の突撃準備は完了した。
てきぱきと準備を進めた僕を見て、月見は観念した、と言いたげな溜息を吐いた。
「…はぁ…そのついでで行ってもらいたかったんだけど、まあいいか」
「…一応、何を頼もうとしてたのかだけは聞かせてよ」
あまりに残念そうな顔をするのだから少し気を利かせてみた。まあ行く気はさらさら無いけど。
「うーんまあ諜報の宇佐美がまた迷ったらしくてね…ちょっと捕まえ」
「じゃ、行ってきまーす」
「あっうん…気をつけてね…」
諜報の宇佐美、というのは月見の従姉妹の
自分で行け。
そんな思いで僕は組織ビルを後にした。
★
「ねえ弥生、今からかくれんぼをしよう」
それは唐突な片割れへの提案だった。
「どーして?」
「今から、僕らを探すこわーい鬼が来ちゃうから、絶対に見つからない場所に隠れてて」
「なんで?あすかはどこにいくの?」
「ぼくは別の場所に隠れるよ」
「どうして?わたしといっしょでもいいじゃない」
「それだとバレちゃうだろ」
「どうして?」
「………」
片割れはいつもこれだ。
なんでもかんでも知りたがる。だからぼくは、いつでもなんでも知ってなきゃいけなかった。
…これじゃあどっちが姉か兄か分からないじゃないか。まあぼくらは双子だから、どっちが姉だろうが兄だろうが関係ないのだけど。
——それでもぼくは、弥生を。
「2人で隠れようよ。怖いよ…」
「大丈夫、大丈夫だから。かくれんぼの時はばらけたほうがいいっておとーさん言ってた!だから、大丈夫!」
——胸を張って。
——たった1人の片割れを、守るために。
「…そっか。おとーさんがそういうなら、だいじょうぶだね!」
にっこりと笑う片割れは、少し震えていた。
この時のぼくの行動は、まさに虫の知らせというやつで。
まさか本当に、鬼が来るとは思っていなかったのだ。
★
「さて、と。情報通りならこの家だね」
少人数の部隊を引き連れて、僕らは一つの一軒家の前に立つ。表札には『花月』と書かれていた。
「
そう言うのは、『能力者を探知しその能力がどれだけ強くどんな系統の能力か大まかにわかる』…とかいう確実にうち以外じゃ役に立たないだろう能力者、
僕は今、そんな男と共に後方に下がって周りの確認をしていた。そして他の奴らはみな車で待機をさせている。
「ま、そいつは後回しでいいだろう。今は『強力な能力者』の方が優先だ」
「了解です」
「…一応どんな能力系統かは聞いておこうか」
「ええと……白…、初めて見る系統ですね、敢えて言うならその他の系統でしょうか」
「ふーん…」
日雷曰く、日雷の能力は『能力の系統を色別に見ている』らしく、精神操作系は黄色、何か(炎や電気)を操る系統のものは赤…などわかりやすい色で仕分けられているらしい。ちなみに僕の能力は黒、雪ヶ池は灰色だそうだ。
しかしこの家に潜んでいるらしい2人目の能力者は初めて見る系統だという。
「…鬼が出るか蛇が出るか、楽しみだ」
口の先で笑う。
別にこの組織がどうなろうとどうだっていいが、能力者は別だ。
僕は自分の能力のおかげで『死』を経験した事がない。『死の恐怖』すら、感じた事が無いのだ。
ただの一般人はこちらが害される前に殺してしまうが、能力者ならある程度、大体の人は抵抗できる…というより、してくれる。
だから僕は殺し合いなら能力者相手がいい。
まだ殺し合いに発展するかは決まっていないが、まあそこは些細な事だろう。恐らくあっちも抵抗するだろうし。
精神操作系能力者と、未知数の能力者。
僕の能力を上回る能力だといいが、果たして。
「幹部、今一度作戦の確認をしてもいいですか?」
「なにか不明点でも?」
「ああいえ、今回は普段とは違いスカウトなので、少し不安というか。何か、嫌な予感がするんですよね」
…日雷歩夢という男は、たまに恐ろしい。
こういった事を言った時に限り、作戦通りに行かず強行突破になったり、こちらの被害が大きい結果に終わったりするのだ。彼のそういったマイナスの予想はなぜか当たる。絶対お前能力二つ持ってるだろ。
「…そういう事を言うな。お前そういうの当たるんだからさ。…早く確認するぞ」
「は、はい!ええと、まずターゲットとの接触ですが、ドアを——」
日雷が『ドアをノックし標的に内から開けさせる』と言いかけた、その時。
「おにさんこちら!てのなるほうへ!!」
そんな大声が、とある一つの窓から聞こえた。
窓から首を出していた少年は、すぐにその首を引っ込めた。
その窓は、僕らから見える位置——恐らくトイレなのだろう——にあった。
「これは…どうやら僕らが何者か分かっているらしい」
「歓迎されてはいないようですね…どうします?あそこから追います?」
「いや、罠の可能性がある。今から言う奴は裏口があるかもしれないからそっちを探して押さえろ。残りは正面だ!」
「了解!」
まさかこうなるとは。
多少抵抗するだろうとは思っていたが、あの目には明らかな敵意があった。『罠の可能性』と僕は言ったが、否、あれは罠に掛けようとする奴がする目だ。
初めから明らかな敵意が感じられた場合に一応用意しておいた『作戦プランD』をまさか使うとは思わなかった。
…あっちの少年は読心系能力者なのだろうか?もしそうなら拍子抜けもいいところだが。
「プランD、決行だ」
その合図を待たずして、僕らは動き出した。
ドアを乱暴に開き、家の中に突撃。
元々の『作戦プランA』は家の者を外に出し、ターゲットが出た場合は素早く睡眠薬を嗅がせてそのまま組織ビルへ連れて行き、親が出た場合はそれを素早く殺して恐怖を煽って連れて行く——そういったものだった。
これが一番手っ取り早く、穏便に事を終わらせられる。
『プランB』はおびき寄せるタイプのもので、一番やりにくいと同時に成功率が低く、『プランC』は上記二つの時にターゲットが抵抗した場合の対処法みたいな作戦だった。
『プランD』は万が一相手に明らかな敵意が感じられた場合にのみ使う予定のもので、その内容には『ターゲットの殺しも厭わない』なんて事も含まれているため、使う予定はさらさらなかった。それに我々がどんなモノである、なんて読心系能力者以外には分からない故に、罠を貼る時間も敵対意思もトイレの窓から僕らを見る、なんて事も思いつかないはずだから。
「…読心能力者、か。なんだか拍子抜けだね」
「そんな事言って逃げようったって無駄ですからね?私の目の黒いうちは逃しませんから」
「いやここまで来て逃げないからね?…さあ、さっさと終わらせようか」
日雷と駄弁りながら、僕はナイフを片手に他のメンツに続いて乗り込んだ。
が、しかし。
そんな僕らの余裕を裏切るように、そこにはなんとも言い難い“地獄”が広がっていた。
机で作られたバリケードらしき物。
その前に、先に突入していた部隊が散らばっていた。
ある者は何も分からないのか、ぽかんと棒立ちをし。
ある者はきょろきょろと挙動不審に歩き回り。
またある者は部屋の隅に小さくなっている。
それらはまあいい方で、一番酷いのは、幼児退行と言わざるを得ない行動をしている奴らだ。
そいつらを見た瞬間、呆気にとられてしまった。
——どういうことだ。
なにが、起こっている。
「ねえおにいさん。わるいひと?」
「!」
バリケードの奥から先ほどの少年の声が聞こえる。
当たり前といえば当たり前ではあるが、そこに居たのか、と警戒を改める。
「…そうだ、と言ったら君はどうするんだい?」
「………戻ってもらう」
戻ってもらう?
何に戻れと言うのか。
そう首を傾げていると、少年は危険を承知でバリケードから顔を出した。
「わるいひとなら、いいひとに、戻ってもらう!」
そして、その蒼い眼を隣にいた日雷へ向けた。
すると日雷は目を見開いて、他のポンコツと化した奴らと同じようにキョロキョロと辺りを見渡し始めた。
「ッ、日雷?!」
「えっ?!はい、日雷です!」
「どうした、お前?!挙動不審だったぞ?!」
「あ、え…だって、此処どこです?」
「……は?!」
不安そうに僕を見る日雷。
どうやら本当に忘れてしまったらしい。こんな土壇場で冗談を言う奴ではない。
「…そういう能力か」
厄介な能力者を敵に回してしまった、と後悔した時にはもう遅く、さっき少年が居た場所には何も残っていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます