雨月水無子

【これは、とある小説家の死を悔やんだ詩人の、懺悔のお話】



雨月水無子

 柳田千鶴


 確か、「川」について話していた時だったと思う。

 彼女は「川には思い出がある」と言った。私はそれがどんな物か聞いたが、彼女は寂しく笑うだけで、教えてくれなかった。結局、彼女は最後まで私にそれを教えてくれなかったので、私はきっと彼女に信頼されていなかったのだろう。隠したがりの彼女が、ただの姉弟子にそんな大切な思い出を暴露するとは思ってもいなかったのだが、やはり少し寂しい。

 でもきっと、彼女はやはり「川」に思入れがあったのだ。

 彼女の小説に「海の子は海で死ぬ」というものがあるが、恐らくそういう事だろう。彼女も海の子、いや、川の子だったのだ。


 その日は雨の強い日だった。

 ふと街で見覚えのある髪が自分のそばを通り抜けていくのを感じ、私は反射的に振り返った。その時彼女も同時に振り返ったらしく、私と目があった。

 彼女は間違いなく雨月水無子だった。その瞳は暗く、そして何かを決心したように見えた。


 私はすぐに彼女に追おうとしたが、丁度目の前を自動車が駆け抜け、私の足を阻んだ。自動車が通り去った後には、そこには誰も居なかった。それでも、私は彼女が向かっただろう場所に心当たりがあったので、そちらへ走った。

 しかし私はその場所に着いて、すぐに納得した。


 彼女はもう既に荒れ狂う川の真ん中にいた。

 こちらを向いて、涙を流して、「ごめんね」と言ったかと思うと、彼女はそのまま川に飲み込まれてしまった。


 あの日の雨の冷たさは、まだ忘れられない。


 きっと一生、私はこの日を後悔する。

 彼女を止める事も引き上げる事もできたはずだったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る