第六百六話 過去の清算


 ――激戦の後、俺達はエリュシュ王女やレオールさんと合流しすべてが終わったことを報告すると兵士たちと共に彼女は喜んでいた。

 だが、それもゴタゴタで告げられなかった事実をリューゼ達から聞かされてすぐに曇ることになる。


 「お父様もお母様も……イーガルまで亡くなったというのですか……」

 「ああ、十神者……というか教主の力だと思うけどな」

 「ということは……王族の血筋はエリュシュだけになるのか」

 「……」


 顔面蒼白で俯く彼女にかける言葉が見つからない。

 いきなり家族が全滅したと告げられればそれも無理はないと思う。とりあえず砦の片づけなんかはあの小太りの責任者に任せるとしてまずはベリアース王都へ戻りエリュシュを落ち着かせるのが先かと戻る準備をする。

 もはや隠す必要はないので、サージュ達ドラゴン総動員で馬車なんかも運搬してもらうことになった。

 ゴンドラに荷物を積み込んでいるとサージュが照れくさそうに口を開く。


 <先の戦いではあまり役に立たなかったからこれくらいはな>

 「そんなことないよ、空中戦はやっぱり上手かったと思うし」

 「そうだよー、やっぱりドラゴンはすいすい飛べていいなって」

 「ほら、アイナの大好きなサージュだよ。背中に乗せてもらうといい」

 「ん……」


 母さんが居なくなって大泣きしていたがようやく収まったアイナに兄さんが笑いかけ、小さく頷いてサージュの背中にしがみ付く。お別れというものを知ったアイナはきっと強くなるだろう。

 まあ、万が一サージュとお別れになった時はさすがに一家で泣くと思うけど。


 「ラース君」

 「あ、レオールさん。ここまでありがとうございました。ルシエール達がこっちに来るとは思わなかったけど、おかげで助かりました」

 「いやいや、この歴史的瞬間に立ち会えたことを幸運に思うよ。この移動販売馬車が作れたのもこの作戦のおかげだからね。とりあえずベリアース王国はいいとして、エバーライドはどうするんだい?」

 「ああ、そっちの問題もあったな……」


 今ごろ、とは言ってもまだ到着はしていないはずだがイルファン国の騎士と兵士が向かっている。レオールさんはそのあたりを知らないけど、どちらにしても向こうを放置するわけにはいかないだろう。

 すると、そこでバスレー先生が手を上げて口を開く。


 「わたしが戻りましょう。ドラゴンの誰かを連れて行っていいですかね?」

 「バスレー先生。そうか、エバーライドの大臣の娘だったなら説得はできるか。でもベリアースの兵士を抑えないと一人は危ない」

 「んじゃ、俺達が行く。覚えている奴がいるかわからねえけど、ベリアースで傭兵をやっていたからな」

 「戦力を考えたらもう何人か来て欲しいかも?」


 ベルナ先生がティリアちゃんを抱っこしながら言うと、リューゼとナル、それとウルカが手を上げてくれた。


 「そっちも大変だろうし俺達が行くぜ」

 「あ、なら私も行くわ。イルファン王国の騎士団長さんの顔をお互い知っている私が居た方がいいでしょ」

 「そうかも。なら頼めるかいマキナ」

 「うん! ……セフィロをお願いね」

 「もちろんだ。アイナも居るし、大丈夫だろう」

 「セフィロちゃん……」


 俺はアイナを降ろしてマキナから静かに寝息を立てているセフィロを受け取る。そこへファスさんがマキナの隣に立つ。


 「ならアタシも行くか」

 「ファスが行くなら俺もだ」

 「わたしもいくネ」

 「一気に増えたな……」


 リューゼが嘘だろと呆れているが、人数が多いし今はベリアースよりエバーライドの方が事態の収束を急ぐべきだから多くても問題は無いだろう。


 <移動は僕にお任せかな、一度行ったこともあるしね>

 「オッケー、ならヴィンシュに頼もう。全員乗れるか?」

 <移動販売馬車に数人乗って手に持つよ。後は背中に乗ればいいんじゃないかい>

 「私はそれでいいわ。それじゃラース、そっちはよろしくね」

 

 そう言ってマキナ達はエバーライドへと飛んでいった。

 俺達も急ぐかとサージュやロザ、ジレ達にドラゴン形態になってもらい、残ったルシエールやクーデリカを乗せて飛び立つ。


 エリュシュは俺と一緒に居たがり、ルシエールとクーデリカ、それとヘレナに同行をお願いした。女の子が多い方が安心できるだろうという配慮だ。

 アイナとセフィロも居るのであまりエリュシュに構うのも難しいというのもあるけど。


 「……」

 「いいの? 彼女、王女様なんでしょう?」

 「……ああ。彼女は悪くない。けど、十神者を甘く見た国王の報いだ、こればかりは同情の余地がない」

 「まあねえ」


 ヘレナが肩を竦めてエリュシュに視線を向ける。

 賢二という元身内がやらかしたことではあるが、アレを招き入れたのは国王だ。自業自得としか言えない。なのでなにか言われれば答えるつもりだがこっちとしてはケジメをつけているので戦うとなればそれに応じてもいいと考えている。


 程なくしてベリアースに到着すると、そこから一気に忙しくなった。

 

 「エリュシュ王女! ……陛下と王妃様、それに……」

 「分かっております。亡骸は?」

 「すでに埋葬を……申し訳ありません」

 「では墓碑へ案内をお願いしますわ」


 エリュシュは亡くなった両親と弟の墓へ赴き、


 「私は福音の降臨の信者に話をしなければなりませんのですみませんがこちらはお願いします。もしかすると今後ラース君やレフレクシオン王国に頼ることになるかもしれません」

 「いいさ、教主が居なくなって信者たちが路頭に迷うのは間違いないからな」

 「ありがとうございます」


 レッツェルは福音の降臨が瓦解したことを信者に告げるべく裏庭へ向かった。あの頃の俺なら野放しにできないと考えたと思うが今のあいつは信じてもいいだろう。

 

 「わたし達はどうするの?」

 「リースのことは別として、賢二……いや、教主アポスを倒すという目的は達したからここに居る理由はもうない。後は彼女がどう采配するかにかかっている」

 「じゃあ残るのねえ?」

 「ああ。後を追いかけるか立ち直るか……そこは彼女次第だ」

 「そうだね。僕達も王女様を追いかけよう、自殺しかねないからね」


 兄さんの言葉に頷き、俺達も墓へ行く。

 エリュシュを連れて砦に行ったことは皆知っているので、王女を頼むとすぐに案内される。


 そして――


 「……なぜこんなことに……残されたわたくしは一体どうすればいいのです? 教えてください、お父様……お母様……イーガル……」

 

 焦燥した顔で真新しい墓の前で立ち尽くすエリュシュ。

 少し遠目で見守っていた俺達に気づくと、俺に声をかけてきた。


 「ラース……様……あなたはなにをどこまで……知っていたのですか?」

 「だいたい全て、だな。福音の降臨を使い、悪魔を召喚してエバーライドを亡ぼした者……それが君の父親がやったことだ。それは知っていたと思う。戦争だからあり得なくはないけど、悪魔の力を使い一方的に蹂躙した応報があった。そういう話なんだ」

 「そんな……」

 

 傷口に塩を塗る言葉だが事実だ。

 容赦ない言葉に俺を睨みつけてくるエリュシュを見つめ返す。恨まれる筋合いはない。が、なにかを恨まなければ、なにかのせいにしなければ理不尽を認めることは難しい。

 それを決めるのは彼女にほかならない。


 すると、


 「そう、ですわね……殺したから殺される……それはきっと負の連鎖になるのでしょうね……。お父様たちは間違った。それは、分かります。うう……うああああああああああああああ」


 「王女様……」

 「言うなクーデリカ。これはケジメだ、俺がリースとアポスにつけたように」

 

 エリュシュ自身に非が無いことは考慮すべきだと口にしながら、俺達は彼女が泣き止むまで待つのだった。


 そして――

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