第六百五話 手向ける花はどこにも無い


 リースを地面に縫い付けた状態で粉塵が舞う。

 近くには衝撃で吹き飛んだ賢二とレッツェルを下敷きにしたバスレー先生が見える。

 念のためと突き刺したサージュブレイドを握りしめたままだ。


 「終わった、のか?」

 「多分……」


 「リースちゃん……」

 「仕方ねえよ、こればかりはな」


 リューゼやルシエール、ティグレ先生達が背後でそんな話をする。そう、こればかりはどうしようも無い。自分で蒔いた種を俺達が刈った。それだけの話。


 「ラース!」

 「……マキナ」

 「……お疲れ様。大丈夫、もう終わったわ」

 「ああ。……っと」

 

 俺を剣から手を放して背中から抱きしめてくれたマキナの手を握る。

 すると、前に立ったヘレナとクーデリカがそっと俺の顔に触れ、そこでようやく俺は自分が泣いていることに気づく。


 「お疲れ様、流石はラースねえ♪」

 「かっこよかったよ!!」

 「あはは、泣いているけどね。ありがとう、みんな。おかげで全てが片付いたよ」

 「だな。まさか神と戦うことになるとは思わなかったがな」

 

 俺の言葉にティグレ先生が肩を竦めていると、立ち上がった俺の隣に兄さんとノーラが来て話しかけてきた。


 「終わったねラース。前世からの因縁もこれで決着だし、これからは安心して暮らせるようになるかな?」

 「そうだよー! マキナちゃんとの結婚もしないとだし!」

 「ノーラったら……!?」

 「そのあたりも検討するよ、だけどその前にこいつはどうなるのかを確かめないといけない。……そうだろう、母さん」


 俺が首を動かすと視線の先にアイナを抱っこした母さんが微笑んでいた。リースを取り囲むように全員が立つよう促し、配置をしたと同時に口を開く。


 『賢二とリースの二人は『向こう側』へ還ることになるわね。私が水先案内人になるから安心して。これで全ての因果は終わり……後は、この世界の人達と最後まで生きなさい』

 

 そう言ってアイナを地面に降ろして頭を撫でる。

 

 「ママ、どっか行っちゃうの?」

 『おうちに帰るのよ。アイナちゃんもパパとママのところへ帰るでしょ?』

 「……やー」

 「アイナが懐くとは……」

 「雰囲気がラースに似ているからじゃない?」

 「おいで、アイナ。ティリアちゃんも居るよ」

 「うー……」

 

 ティリアちゃんは気になるが母さんも放したくないらしいアイナは首をぶんぶんさせながらやがて涙目になる。俺は苦笑しながらアイナを引きはがして抱っこすると、顔を埋めて泣き出した。


 『んー、こんなに懐かれるとは思わなかったから悪いことしちゃったわね』

 「あの、こちらに残ることは難しいんですかぁ? ラース君の前のお母さんなら居てもいいと思うんですけど……」

 『向こうへ行けるのは私だけですから。お気遣いありがとうございますベルナ先生。小さい頃のラースの面倒を見てくれたこと、感謝しています』

 「うう……」


 ベルナ先生もハンカチで涙を拭うと、今度はファスさんが声を出した。


 「寂しくなるね。短い間だったけど、アンタは話が合いそうだったのに」

 「師匠……」

 『そうですね。まあ、元々この世界に居なかった存在ですから帰りますよ』

 <帰ったらどうなるのだ?>

 『この二人がリースよりさらに上の神様が審判を下した後、魂がまた還って何かに生まれ変わると思うわ。人間かもしれないしドラゴンかも? サージュ君の子供だったりね』

 「……なら、あなたという存在は消えてしまうということですか」


 白衣の埃を払うレッツェルが質問を投げかけると、母さんは困った顔で言う。


 『ええ。さっきも言ったけど本来ならすでにいない人間だもの』


 まあ、そういうことなのだろうと場に居る全員が黙り込んでしまう。だが、レッツェルは眼鏡を直しながら返した。


 「……もし、私もそちらへ連れて行ってくれと言ったら……連れて行ってくれますか?」

 「お前なにを――」

 

 口を挟もうとした俺を手で制止し、母さんの言葉を待つレッツェル。真意が読めないと思っていると母さんは真剣な顔で話す。


 『……あなたは死ぬつもりかしら? 【超越者】のスキルは確かに不老不死という恐るべき能力だけど、これから生まれてくる子供はどうするつもり?』

 「……!? 知っての通り私は壊れてしまった男です。色々な人を殺したこともありますし、それこそラース君や商家の姉妹を殺しかけたことも。全て自身の欲が招いたこと。そんな男が親になったところで子が苦労するのは目に見えています。財産は遺しているのでイルミは不自由なく育ててくれるでしょう」

 「でも、帰るのを待っているんじゃないのか……? 俺は嫌だぞ、お前が死んだと伝えるのは。自分で説明してから連れて行ってもらえよ」

 「割と酷いと思うけど、ラースが言うと仕方ないなって思うよ」

 「まったくでござる」


 ウルカとオオグレさんが苦笑しているが、レッツェルは本気のようで母さんをじっと見ていた。できるかできないか考えているのか母さんは目を瞑って腕を組む。

 まあ、過去のことは許せるものではないがこいつにも色々あったことを考慮すれば死に急ぐことも無いと思うくらいには頑張ってくれたと思う。


 全員が固唾を飲んで見守っていると――


 『……ふん、そこは俺達がなんとかしてやるよ』

 「賢二」

 『ま、レッツェルは部下として役に立ってくれたし、清算してやろうってんだ。どうせお前等もどうにかするつもりだったんだろ?』

 「え?」


 賢二があぐらをかいて頬杖をついてマキナやリューゼ達に目を向けると、みんなの身体から天使達が出てきて賢二を取り囲む。


 そして、


 『貴様がつまらん用事で我々を召喚したのが悪いのだろうが』

 『悪魔では無くなったのでお前の命令は強制ではないのだがな?』

 『天使相手に偉そうに!!』

 『性格が歪んでいるからそうなるのだ。【峻厳】で来世をやり直すといい』

 『死ね、死ぬのだ……!!』

 「両親の仇……!!」

 『ぎゃああああああああああ!?』


 散々使い減らした元悪魔に袋叩きに合っていた。サタンが言っていたけど不本意だったらしいから見守っておこう。いつの間にかバスレー先生が復活して混ざっていた。


 「うわあ、エグイわねえ」

 「おう、やっちまえ!!」

 「いや、私の話が……」

 

 困惑するレッツェル。

 ひとしきりボコした後、サタン……ではなく、今はメタトロンとなった彼が話し出す。


 『レッツェル、お前のスキルはこちらで回収するとしよう。別のスキルを与えるか……消すか。選んでくれ』

 「そんなことが……。しかし罪は残っています、できれば――」

 「ふん、ドラゴニックブレイズを食らって笑っていたヤツがそんなことを言うとはな。罪はあると思うけど、後悔しているならそれを抱えたまま生きて苦しめよ。簡単に死んだらこっちが面白くねえ」

 「ティグレ先生」

 「……俺だって村の人間を殺したも同然だ。どっかで必ずそういうことはあった。こいつはもっと長く生きているんだ、そういう時代もあったろうよ」

 「フッ、まさかあの時に殺し合った人にそんなことを言われるとは思いませんでしたよ。……私は、生きていいのでしょうか……」

 「さあな。スキルが無くなれば死ぬこともできるんじゃないか? 気に入らなければ……自害するしかないぜ」


 リューゼが鼻を鳴らして悪態をつくと、レッツェルは眼鏡を直しつつ月を見つめながら呟く。


 「……ではスキルを消していただけますか」

 『承知した。ではリースが復活する前に移動しよう』

 「死んでないの?」

 『仮死状態ってやつね。ただ、魂に傷を負ったから簡単に目は冷めないと思うけど』

 「お、その声……リリスか」

 『正解~。世話になったわね、時間があまりないからもう行かないとだけど』

 

 天使達は賢二とリースを抱えると母さんと一緒に空中へ浮かぶ。

 

 「賢二、次はきちんと腐らず人生を謳歌して欲しい」

 『……ふん、あんたより幸せになってやるよ』

 『まあ、悪さをしたから次はミジンコだろうが』

 『嘘だろ!?』

 

 そんな中、母さんが手をかざすと時空の裂け目のようなものが出現した。

 考えれば最初からずっと見守ってくれていたのは母さんだったのかと不意に寂しくなる。


 「……もう会えないかな」

 『そうね、でも最後にお話が出来て良かったわ』

 「もう少し、ゆっくり話したいよ」

 『ごめんね。でも、あなたの幸せはずっと祈っているわ』

 「うん、ありがとう……母さん……」

 「あの! きっとラースは幸せにします! だから……安心して……ください」


 マキナが泣きながら絞り出すと、その場に居た全員が頷く。

 そこでもう一人、不機嫌そうな声が聞こえてくる。


 「……レガーロさん、お世話になりました。おかげで仇を討つことができましたよ。トドメを刺しそこないましたが」

 『ひぃ……!?』

 「自業自得だからなあ。この場で息の根を止められなかっただけ良かったと思えよ」

 『兄貴、本当に変わったな……はは、そうだな、これは俺の罪だそこのクソッタレな神と同じく受け入れるぜ』

 『私もあなたといて楽しかったわバスレー先生。これからも息子をよろしく頼むわ。では時間もありません、行きましょう』

 『ですな。では我々はこれで去る。体を借りていた者達はここに返そう』

 「あ……!」


 十人の男女が天使達の身体から抜け出ると、ゆっくり草原へ横たわる。

 バスレー先生がそこへ向かうと同時に、母さんが口を開く。


 『ありがとう皆さん。これでこの世界は救われました、これから先のあなた達に幸があることを祈っています』

 「……さようなら」


 俺が最後に呟くと誇らしげな笑顔で母さんと天使達は次元の裂け目へと消えていく。

 風が揺れる草原にはこの世界の人間だけが残されるのだった。


 「……さて、と。腹が減ったし帰ろうか! アイナも好きなものをたくさん食べていいからな」

 「あい……」

 「十神者に憑かれていた人間も介抱しないといけないしな」

 「そうね。その前に……はい、ラース。泣きたいときはおもいっきり泣いたらいいと思うわ。ね?」


 マキナが困った顔で笑い、俺は手渡されたタオルで顔を覆うと噴き出すように涙が溢れた。

 全て終わり……失ったものもあったけど得たものは多かった。

 そして前世のことも知ることができた。


 別れは辛いものだ。

 だけど、受け入れなくちゃ先に進まない。


 大泣きする俺を誰も笑わずに見守ってくれる仲間たちと一緒に。


 母さんも賢二も、そしてリースも別の世界へ旅立った。恐らく別のなにかに生まれ変わる可能性が高い。


 そしてそれぞれが背負った罪に手向ける花はきっと無い。だからせめて俺だけは彼らのことを覚えておこうと思う。


 それが唯一、残された俺にできることだろうから。

 

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