第六百七話 救済と依存
――ベリアースに滞在して五日が経った。
たった五日、されど五日。
滞在中に変わったことが驚くほどあり、三日目くらいエリュシュが落ち着きを取り戻してからなにがあったのかをクーデリカやレッツェルから告げられ、あの砦で元凶である国王を裏切った十神者を倒した……ということにしておいた。
結果的に俺達が仇を取ったことになったが深い事情を話したところで全てが終わった今、意味はないと思ったからだ。
そこから彼女はベリアース王国の現状を把握するため奔走を始め、王位は放棄せず責任を持って国を建て直すと宣言した顔は我儘な王女ではなくなっていた。
「……お父様が十神者を使って私欲でエバーライドを襲った報いが娘であるわたくしに降りかかったということなのでしょう。国民を守るのが王族の責任と常々おっしゃっていたのですが、人間の欲というのは人を狂わせ、それにつけこまれたのでしょうね……」
「それはあり得るな。教主アポスがそうなるよう口を回したともあるだろうね」
それでも、ベリアースの国民のために領土を広げたいという想いはあったんだろう。そのこと自体は野心がある人間にとって思い描く未来の一つになり得る。
他国を犠牲にするということを認めるわけにはいかない。ベリアース国王のギルガーデンはその野心で身を滅ぼしたのだ。
「わたくしはお父様……父のような犠牲に頼らず国を豊かにする方法を探していきますわ。ラース様、わたくしと……いえ、なんでもありませんわ……」
「……」
恐らく結婚して欲しいという話だったのだろう。だが、俺が応える間もなく言葉を引っ込めた。
マキナが居るとかルシエールとクーデリカがとかそういうことではなく、ここで俺を引き入れようとすることが厚顔無恥であることに気づいたからだろう。
伴侶にはなれないが応援はしてやりたいと思う。
そして一番の問題である『福音の降臨』について。
レッツェルがとりあえず裏の施設に居る信者全員を集めて教祖が死んでしまったことを伝え、今後の身の振り方を考えるように告げた。
泣き崩れる者、困惑する者、仇を討つと憤る者……場は騒然となった。
「厄介よねえ、自分の行く末を他人に任せている人達にいきなり『一人で生きていけ』なんて言われたら困惑もするわよう」
「うん……どうするのが一番いいのかな……」
<人間は弱いですから、あなた達のように自分に自信がある者ばかりではないということですわ>
「どうすんのが一番いいのかねえ……」
ヘレナやルシエール、シャルルにジャックが騒ぎを見ながら首を振る。
言う通り人生の選択をゆだねていた人たちにいきなり独り立ちをしろというのは難しい。
子連れなんかはどこで野垂れ死んでもおかしくないのだ。
あまり派手に騒ぐようなら沈めようと待機していたがレッツェルは手を叩いてから静かにさせた後、口を開く。
「……皆さんの気持ちは分かります。ですが、教祖はもう帰ってきません。このベリアース王国に作ってもらったこの住処もギルガーデン陛下が亡くなられたことで維持はできないと思います。一応、エリュシュ王女にはしばらく滞在許可をもらっています」
「ふざけるな……! あんたも福音の降臨だろ、もっと食い下がれよ!」
「そうよ! これから私達はどうやって生きて行けばいいのよ……!!」
「教主様と仲が良かったのを知っているぞ! なんとかしろよ!!」
「……っ」
レッツェルの言葉に納得ができず騒ぎが大きくなると、そのまま糾弾を始める信者たちは興奮してエスカレートした彼らは庭に落ちていた石や土をレッツェルに投げつけだした。
その一つがレッツェルの頭にヒットし、わずかだが血を流す。
「こいつら……!」
「待ちなさいラース君」
「レッツェル。……わかった」
血を拭うことなくレッツェルは眼鏡を外して信者たちへ一歩近づき、真剣な表情で口を開く。
「ダメなんですよ、それでは。あなた達は『福音の降臨』という組織に身を置いてお互いの傷を舐め合っているだけ。私が言えた義理ではありませんが、現実に目を向けてください」
「なにを……」
「今、あなた方は私に『なんとかしろ』と言いましたね? そうじゃないんです、現状をどうにかしたければ自分でなんとかするしかないんですよ。どうしても難しいことであれば頼ることはいいかもしれません。しかし今のあなた達は頼るのではなくただ寄生しているだけ。教主が生きていて死ねと言われたら……死ねますか?」
「う……そ、それは……」
レッツェルは正論をぶつけて信者たちはその迫力に圧倒されて押し黙る。
そう、駄々をこねている暇があるなら人に委ねる前に模索しなければ路頭に迷うだけ。
「私にはハズレスキルだと揶揄されて追放された友人が居ました。しかし、彼は最後までそのことを恨むことなく生きていきました。実際、結果につなげるには相当苦労していましたが全て努力で打ち勝っていましたよ。あなた達も人生であまりいいことが無かったという人が殆んどでしょう。ですが、死ぬ気で努力をしたことはありますか? 無一文で王族から平民に落とされても笑って『稼げばいい』と言えますか?」
「……」
本当にどん底に居た人もきっといる。だけどレッツェル自身【器用貧乏】の友人を見ていたこともあるし、自分自身も【超越者】というスキルで壊れてしまっていたから言えることだろう。
絶対に努力をすべきと押し付けるのは違う。
だけど、自分のことは自分でなんとかする……それを努力というのではないだろうか。
レッツェルの言葉にざわめき立つ信者たちの中から一人、前に出て来る者が居た。
「あ! あいつ! 確かエレキムってやつだっけか」
ジャックが目を丸くして驚く中、彼は言う。
「レッツェル様の言う通り、です。しかしここまでずっと頼りにしてきた彼等にすぐというのも酷だと思います」
「ええ、それは承知しています。だからこそエリュシュ王女の許す間に先のことを考えていただきたいのです」
「では……わたしめがこの『福音の降臨』を引き継がせていただきたく思います」
「それはどうしてでしょうか?」
俺達が驚く中、冷静に尋ねるレッツェル。
それに対しエレキムがゆっくりと頷いて口を開いた。
「……ボランティアという弱き人を助ける、ということが間違っていたとは思いません。実際、ここに居る人たちは教主様が救ったからついてきたと言えるでしょう。アポス様がなにを考えて裏切り、そして死んだのかは分かりかねます。ですが、レッツェル様の言葉でここで困っている人間を救うのもまた『福音の降臨』の役目では無いかと思ったのです」
「なるほど、それもまた真理ではありますね」
それではと今後についての話をする二人。
一度、猶予期間で話し合う必要はあるだろうが『福音の降臨』に残る者と自らの足で踏みだす者とで分かれることになると思う。
寄り添うものがあることに異論はない――
「ほら、レッツェル傷を治してやるよ」
「おっとまさかラース君に気を使われるとは思いませんでしたね」
「イルミが待ってるんだろ? ケガしたままで文句言われちゃたまらないからな」
「……フッ、そうですね。これで、良かったんでしょうか?」
「さあな。エレキムの言うことも間違っていない。助けられるならと俺も思う。だけど、それをいつまでも頼り続けるのはやっぱ違うと思うんだよな」
俺が肩を竦めてそういうと、
「ああ、そうか……彼が言っていたのは……」
と、初めて涙を流して小さく呟いていた。
しばらく混乱はあると思うけどこの国は変わっていってくれる。俺はそう願いながら城に目を向けるのだった――
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