第五百九十五話 物質と精神
「いてて……オオグレさん、うまくやってくれているかな……?」
ノーラとデダイトさんとの戦いの最中に吹き飛ばされた僕、ウルカは砦のどこかに転がっていた。
すぐに起き上がってから誰かと合流すべく歩いているが、暗闇のなか手探りなのでここがどこなのか分からないままとりあえず進んでいるというわけ。
オオグレさんを残して来たから向こうはきっと大丈夫のはず。できれば呼び戻したいけど、僕にはまだスケルトン達が居るので問題ない……と思う。
それにしても悪魔達が襲ってくるとは。
バチカルさんやエーイーリーさんの話だと和解の道があったはずなのに、今まで倒したのも復活して襲って来たのでこっちも覚悟を決めないといけないとはやりきれない。
かといって負けるわけにもいかないから戦うしかないんだよね……。
「ミルフィも待っているんだ、必ず戻らなくちゃ。っと、月明かりが見えた」
『……それができるかな?』
「だ、だれ!? うぐ……!」
ぽっかりと空いた壁の向こうに月明かりが見え、戦っている音が聞こえてきたので急ごうと駆け出そうとしたところでいきなり首根っこを掴まれて引き戻されて焦る。
地面に転がったところで目の前に筋肉を見せつけるかのように上半身裸で蝙蝠の羽を背にした男が僕を見下ろしていた。
「だ、誰だ? その羽、リリスさんと同じ……ということは――」
『そうだ、お前達が悪魔と呼称する存在だ。オレの名はキムラヌート、ラースの仲間だな?』
「……! くっ」
尻もちをついている僕に足を上げて踏みつけてこようとしてきたので僕は咄嗟に転がりそれを避ける。直後に床がめり込み、もしその場に居たら僕は死んでいたであろう威力だった。
「スケルトン達……!」
『む』
僕が本をめくると、壁になるようにスケルトン達が登場してキムラヌートの前に立ちふさがってくれ、僕はサージュのダガーを抜いて立ち上がる。
『アンデッド使いか』
「【霊術】っていうんだ。こういうのもあるよ!」
「オオオオォ……!」
僕はその名の通り近くにいる霊を呼び寄せて攻撃させる。
成仏できない魂をつかって攻撃するのは気が引けるけど、使えるものは使わないとこいつらは危険だ。
後で必ず葬送で返してあげるからね……!!
「<ファイアアロー>! 行け、スケルトン達!」
「ガガガガ……!」
『ふん、この程度……!!』
霊に憑かれながらもスケルトン達を蹴散らしていくキムラヌート。僕の魔法を打ち消し、腕を霊たちが抑えてもなお、蹴りや頭突きで動きを止めることは無い。
「ファイヤーボールだ!」
『かぁ!!』
中程度の魔法なら僕も使えるけど、ヤツはボールを弾くような気軽さでファイヤーボールを拳で殴りつけていた。とんでもないやつだと怯むのは簡単だけど、こっちだって!
「<ファイアアロー>!」
『無駄だと言って――』
「スケルトン達、足を止めて!」
「ガ!」
『ぬ……! 貴様っ!』
「やああああああああああ!!」
ファイアアローを放つと同時に僕はサージュのダガーで斬りかかっていく。魔法がきかないなら目くらましに使い、こいつで斬ればダメージは負わせられるかと思ったからだ。
『フッ!』
「甘いよ!」
僕だってティグレ先生の生徒だ、戦術は心得ている。
攻撃をする最大の瞬間は自分が攻撃できるように相手を動かすこと。それを僕は魔法とスケルトン達で用意し、接敵する。
『チッ』
「浅いか!? もう一撃!」
『やるな、だが……!!』
初撃は首の皮一枚を切った程度にとどまり、僕はもう一歩踏み込んで胸を突くため身を乗り出す。
だけどその瞬間、僕の身体は左になにか衝撃を受けて真横に吹き飛んでいた。
左腕に激痛が走り、たまらず転げまわる。
魔物と戦っている時にダメージを受けたことはあるし、ラースやリューゼ、先生と模擬戦をやってケガをすることはしばしばあったけど、ここまでの痛みを覚えたのは多分初めてだ。
あがってくる酸っぱいものを吐き出していると殺気を感じたのでダガーを掴みなおしてその場を離れると、やはりというかキムラヌートが拳で僕を攻撃しているのが見えた。
「くっ……げほっ……げほ……」
『男にしては小さい身体だが、やるじゃないか』
「う、るさい……!」
膝が震えて左腕はだらりとしたまま動く気配がない。
どうすると考えを巡らせたところで、そういえばと気づいたことを口にする。
「さっきの……やつと違って、随分口が達者だね……? なにか、あるのかい」
『……』
僕の言葉に眉をぴくりと動かす。ノーラ達が相手をしている悪魔は言葉がおぼつかないような相手だったのに、こいつはペラペラと良く喋る。
『……そこはラース=アーヴィングの友人といったところか。お前達と戦って敗北。もしくは出会って時間の長い者ほど自我を失ってるようだな。オレはあいつと最近戦って倒されなかったから恐らく自我が保てているのだろう』
「ラースと戦って倒されなかっただって……ふう……な、なら僕達に攻撃はしないで協力、してくれないかな?」
『それは無理だ。お前を攻撃しているこれは、自分の意思ではないのだからな』
「……っ」
瞬時に迫ってくるキムラヌート。だが、その瞬間スケルトン達が僕を抱えてその場を脱出。
『面白いヤツだ。スケルトンがそこまで使役できるとは』
「わ、悪いとは思っているけど、ね……いつか彼らには報いたいと――」
『だが、それも叶わないな』
僕の目の前にキムラヌートがやってきて、目を見開く。その拳は硬く握られ、顔面を殴りに来ていたからだ。あれを食らったら頭が吹き飛ぶ!? 僕は冷や汗をかきながら首を動かすが、これじゃ間に合わない。
ダメか……これじゃミルフィに合わせる顔が文字通り無い。
死んだら【霊術】でなんとか最後の言葉だけでも自分で言えないものだろうか?
そんなことを考えていると、ふとミルフィの笑顔が脳裏をよぎる。
「死、ねるかぁぁぁぁ!!」
『なんだと!?』
僕は自分から拳に突っ込み、キムラヌートが一瞬怯む。そのまま額で拳を受けながら右腕のダガーを腹に突き刺す。痛みで腕が上がらず心臓にまでは到達できなかった。悪魔に心臓があるかは謎だけど。
「く、そ……」
『……』
それでも痛みの表情ひとつ見せない。ダメかと全身から力が抜けていく中、背後で声がかかった。
「ウルカ殿ぉぉぉ!」
「お、オオグレさん……? ノーラ達は」
「向こうはもう大丈夫でござる! うぬ、貴様も悪魔か、覚悟するでござる……!!」
オオグレさんが斬りかかろうとしたその時――
「え……?」
崩れそうになった体を、キムラヌートが支えてくれた。
『フッ、ラース=アーヴィングの友人だけのことはある、か? ウルカといったか、お前はどうしてそこまでする? 逃げても良かったのではないか?』
「……ラースやみんなは僕の【霊術】を気味悪がったりしなかった、からね……小さい頃はこのスキルが嫌いだった……けど、役に立つって褒めてくれた、から……なにかあったらみんなの為に役立たせようと、決めていたんだよ……」
「ウルカ殿……」
ずっと一緒だったオオグレさんは良く知っているから寂し気な声を出していた。
するとキムラヌートが僕の背中に手を置く。トドメ、かな? 僕の力不足だ、仕方がない。この距離ではオオグレさんも間に合わないと思う。
身体の力が抜ける……そう思った時――
『オレのスキルは【物質主義】。目に見えるもの以外に興味などない。そしてお前は目に見えぬ霊を視覚化し使役する。多数の霊やスケルトン。それこそ物質に外ならない。そしてラース=アーヴィングの今後に、お前という人間は必要になるだろう……そのためにこの力を託す』
「な、なんでラースが……? いつも彼ばかり不運を……」
『それが神の作った因果――』
「う、わ……!?」
「ウルカど――」
駆けつけてくれていたオオグレさんの言葉は最後まで聞けずに、意識が吹き飛んだ。
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