第五百九十四話 強い意志をもって


「ヴィンシュ、大丈夫?」

 <まあ、これくらいならまだ、ね。それにしてもとんでもない相手だぞ>

 「確かにそうだよね。一緒に居た時はちょっと際どい服を着た変なお姉さんって感じだったけど」

 『あああああああ!!』

 「なんのー!!」


 なんかよく分からないけどいつの間にここに来たんだろ? リリスって王都に置いてきたはずなのに、目の前の相手は間違いなく彼女。

 わたしは迫りくるリリスの爪を斧で弾き、ドラゴン形態のヴィンシュが距離を取ってくれる。

 襲ってきた悪魔……だっけ? その中にいたからびっくりしたけど、知っている人なら止めてくれるかと思ったからね。

 だけど、正気がないのか呼びかけには答えてくれないんだよね……。


 ちなみにスキルは【不安定】というものらしいということはラース君とマキナちゃんに聞いているけど、それが発動する様子はないんだよね。

 サンディオラでヘレナちゃんを助けた時はたくさんの兵士が心を操られて同士討ちをしたって言ってたけど――


 「やっぱり一対一じゃ上手く発動しないのかな!」

 『ぐううう……。グオァ!!』

 <だけどタフさは半端ないね。クーデリカ、傷は大丈夫なのかい?>

 「うん。これくらいなら! ていうか、早くもとに戻りなさい!!」

 『シャアァ!』

 「っ!」


 斧がガツンと脳天に当たったけど、怯む様子はなくて顔に一撃を貰う。

 もう、ラース君やみんなを助けにいかないといけないのに……!


 『ククク……可哀想なクーデリカ……』

 「はい? なんでわたしが可哀想なの?」


 接近したリリスが生気のない目をこちらに向けながらニヤリと笑う。

 その瞬間、わたしの胸がドクンと脈打って視界が小さくなる。


 「う……?」

 <どうしたクーデリカ! こいつ、離れろ!>

 『そうはいかないわ……ようやく捕まえたのだから。さあ、私の声を聞きなさい』


 そう、リリスが耳元で囁き、そして語りだす。


 『残念ねえ、ラースとマキナは旅に出てからもっと仲良くなったわ。もうあなたが入り込む余地はない……』

 「うう……」

 『でもね? マキナが居なくなれば……あなたを選んでくれるかもしれないの。今ならほら、後ろからバッサリいけば分からない……私が手伝ってあげるわよ』

 「ラース君が……私のモノ……」

 <この……! なにを吹き込んでいるんだ! 落ちろ!>

 『ふふ、私は空を飛べるから無駄。むしろクーデリカが死んじゃうわよ? ……さて、いい具合にはまったみたいだけど――』


 ◆ ◇ ◆


 リリスの声が遠くから聞こえてくるような感覚に陥り、これがスキルを受けた状態なのかなと朦朧とする意識の中でラース君のことを思い描く。


 最初はあんまり興味が無かった。

 どこにでも居そう……そんな印象だったっけ。

 スキルも【器用貧乏】って冴えないなって口にはしなかったけどそう思っていたりするくらい、興味は無かったんだ。


 わたしの【金剛力】も女の子が人に自慢できるようなスキルじゃないんだけどね。学院に入ってからしばらくはリューゼ君にからかわれたりしていたし、小さいころからアイアンコング女なんて言われてたっけ。

  

 でもある時、ラース君は言ってくれた。


 「別にいいんじゃない? 力が強いことは女の子だと恥ずかしいかもしれないけど、冒険者になるならそれは強みになる。仕事を選ばないならそれは多分、みんなの役に立ちやすいスキルだと思うよ。

 リューゼの魔法剣なんて戦う以外にあんまり役立てそうにないしね。……え、あれ? ごめん泣くほど嫌だったとは思わなくて――」


 ラース君の言葉でわたしはこのスキルが嫌じゃなくなった。

 冬を過ごすための薪をあっという間に作ればお父さん達が喜び、おばあちゃんの家で重い石をどけて上げればありがとうって言ってくれた。


 ようは考え方次第なのだ、と腐っていたわたしにそれを教えてくれたラース君。

 そんな彼は両親へ領主の座を奪還し、サージュと友達になって対抗戦では大活躍……まあサージュはノーラちゃんやデダイトさん、マキナちゃん達も頑張っていたみたいだけど。

 そんなラース君を好きにならないはずは無く、今でも大好きだ。


 でも、彼は一人だけを選んだ。

 最近知ったことだけどラース君には前の人生の記憶があり、その世界ではお嫁さんは一人だった名残みたい。


 『だから……今の女を殺して自分がそこに座ればいいのよ……』

 「リリス、ちゃん……」

 『死ねば皆終わり。生き返らせる手立てはないもの。次に誰が入るか? ルシエールでもいいし『こういうことがあるから子供はたくさん作ろう』って多妻を迫るのもいいかもねえ?』

 「それは、ダメだよ」

 『どうして? やっぱり好きじゃないの?』


 そうじゃない……だってわたしは――


 「二人とも大好きだから、ね」

 『……』

 「だから、リリスちゃんの言うことは聞けないの! 【金剛力】」


 学院でずっと過ごしてきたみんなだ。

 マキナちゃんだって真面目で優しい子、仲良しの友達のひとりでライバルだもん。

 わたしは持てる力を全て拳に凝縮し、リリスちゃんへ一撃を繰り出す。


 『ごふ……!? ふ、ふふ、いいパンチ、ね……』

 「避けもしなかった!? え、なんで!?」

 『これで体が動くように……なったわ……まあ言葉は私だけど、操り人形みたいなもんだったから。それにしても強情よね、欲しければ盗るってのが悪魔的考えなんだけど』

 「ええっと、体が折れ曲がってるけど……大丈夫なのかな……? 諦めるつもりはないけど、正々堂々だよ! ラース君も考えを変えてくれるかもしれないしー?」

 『ふふ、そうかも……ね……【不安定】な心や足場は確固たる【基盤】によって……支えられる。あなたの心を私は尊重しましょう』

 「ふえ!? リリスちゃん!? 羽が……」


 折れ曲がった体がぐにゃりと動き、次の瞬間、鳥の羽のようなものを生やし、神々しい光を携えたリリスちゃんが空に浮かぶ。


 『私はガブリエル。神に一矢報いるためクーデリカ、あんたに力を貸してあげるわ』

 「どうなってるの……?」

 『……あの神はまだ完全じゃない。取り込んだつもりの小さき者の抵抗により、悪魔から変化を遂げることができた』

 「……! まさか、セフィロちゃんが!?」

 

 そう叫んだ瞬間、ガブリエルと名乗ったリリスちゃんがわたしの体の中へ入っていく。


 <お、驚かせないでくれよ……>

 「大丈夫だよヴィンシュ。みんなも悪魔の力を手に入れているみたい。次は――」

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