第五百九十二話 慈悲
「ぶぇーくっしょい!!」
「きゃっ!? だ、大丈夫ですかバスレー先生?」
「ええ、問題ありませんよルシエールちゃん。この美しいわたしに嫉妬した誰かが噂をしているようですね。さて、それはともかくこいつはどうしてやりますか……」
「ぜ、全然攻撃が通用しないですもんね……」
『……』
【無感動】という名に恥じないくらい、目の前の人……ううん、悪魔はバスレー先生や私の攻撃を受け続けてもまるで涼しい顔をしていた。
ダメージが通っていないわけではなく、体中に傷はあるし血も出ているんだけど関係ないとばかりに攻撃を仕掛けてくるの。
「あぶない!」
「ありがとうございますルシエールちゃん! <フリーズランス>! からの杖で殴打!」
『……』
サージュやロザさんの素材で出来た私の盾でアディシェスの攻撃を防ぐとバスレー先生が魔法を撃ち、そのまま持っていた杖でこれでもかと叩く。それは危ないんじゃ――
「ふぎゃ!?」
「ああ!?」
――と、思った瞬間アディシェスに攻撃されて勢いよく草原の中へと突っ込んでいった。それみたことかと
私が慌てて駆け寄ろうとしたところで前を塞がれた。
「あ……!」
『……』
「あぶなぁぁぁい!!」
「バスレー先生!?」
「ふー……ふー……」
アディシェスがあげた腕を猛スピードで戻って来たバスレー先生が杖でガードし、アディシェスを蹴り飛ばして距離を取ってくれた。
前にガストの町で戦った時はレガーロさんというアイナちゃんを抱っこしていた悪魔が憑依していたから戦えたらしいけど、今は離れてしまったので通常の力しかないので、私とだけじゃ厳しい。
本当ならジャック君達が一緒に戦ってくれる予定だったのだけど、サージュが相手をしている一番強そうな悪魔に攻撃を受けていた。
「ジャックくん! シャルルちゃん!」
<申し訳ありません、こいつ……強い!>
「おい、サージュ! こっちは俺とシャルルで食い止めるからルシエールの援護へ行ってくれ!」
<む……確かにバスレーとルシエールでは不利か、死ぬなよ! ぬおおお!>
『……!!』
サージュが強そうな悪魔を投げ飛ばして遠くへやると、シャルルちゃんが全速力で追撃をする。ジャック君もスキルでシャルルちゃんの技を使い、夜の闇へと消えていった。
「だ、大丈夫かな……」
<こちらはこちらの心配をするべきだぞ。さて……早く片付けて皆を助けねばな>
「サージュが居れば勝てますよ。さあ、ルシエールちゃんは下がっていてください……!」
バスレー先生が手に唾をつけて杖を握り直して魔法を撃ち続ける。しかし、ドラゴン状態のサージュの攻撃すらも受け止めるアディシェス。
<むう……!? こいつ、我の一撃を止めるか>
「止めていてくださいよ! さあ、目を覚ましなさい!!」
なんで執拗にお尻を狙うのか分からないけどバスレー先生の攻撃はやはり通用していないし、疲れも見え始めている。
「うう……わ、私も戦わなくっちゃ……! <ファイアアロー>!」
『……』
私も応戦するけどあっさり魔法はかき消されてしまう……やっぱり、私じゃダメなのかな……ラース君達の役に立つためにはやっぱり戦えないと……。
ううん、弱気じゃダメ。前にも誘拐されて迷惑をかけたからこういう時くらいは役に立たないと!
魔法が通用しなくてもできることがあるはずよ。
私のスキルは【ジュエルマスター】……この状況ではあまり意味がない……いえ、そうでもない? この悪魔のは【無感動】だし――
そんな感じで分析を始める。
攻撃が通用しないなら、守って貰っている間に弱点を探せばいいのだから。
力はサージュとも互角で、魔法は当たればダメージになっている。
それとサージュの攻撃が当たれば吹き飛ぶし、さっきまでと同じように血も噴き出る。
「でも……なにか違和感が……。あ、もしかして――」
サージュが参加してきてバスレー先生の攻撃が少し止んだので気が付いたことが、ある。
……この予想、当たっていればこの悪魔は止められる……かもしれない。
私は意を決してアディシェスへと突撃を開始する。
「サージュ、バスレー先生! 少しだけ攻撃を止めてっ」
「ルシエールちゃん!?」
<な、何をするつもりだ!?>
『……』
アディシェスは私に向き、虚ろな目でこちらを見る私はそんな彼女に抱き着く。
「いやあああああ!? ルシエールちゃんがぁぁぁぁ! ……なにも起こらないですってぇぇぇ!?」
<ど、どういうことだ……?>
「この悪魔は自分から攻撃していないんです。攻撃されたから反撃しているだけ……なにも、なにもしていないんですよ」
【無感動】というものがどういうものなのか私にはわからない。だけど、直感でそれは『悲しいこと』だと感じた。なにも感じないから痛まないし敵意もない。
感動が無いということは、なにをやっても楽しくない。友達と一緒に居ても、美味しいものを食べても。
そして花や宝石見てキレイだと思うこともなく、人を好きになることも。
それは――
「とても寂しいし、悲しいよ……」
『……』
何故か悲しくなった私は泣きながら背の高いアディシェスの顔を見上げていた。
サージュとバスレー先生も真面目な顔で見守ってくれていた。
「無感動でも攻撃はできるはずなのに、自分からは手を出さないあなたはきっと優しい人なんだね」
『……わ、たしは……優しくなど……ない。ただ、なにもかも、どうでもいい、だけ……』
「しゃ、しゃべった……?」
見ればアディシェスが泣きながらそう口を開く。そこでバスレー先生が杖を肩に置いてこちらへ歩いてくる。
「……わたしと出会った時には感情らしきものはありましたからねえ。もしかしてあなた、最初に攻撃したのは他の悪魔達から離すためにやったんですかね」
『……』
「まったく、不器用ってやつですかね? そんなあなたにとっておきの……ハンバーグをごちそうしますよ……!!」
「ふえ!?」
ニヤリと笑ったバスレー先生がどこからともなく取り出した肉の塊をアディシェスの口にツッコミ、私は変な声を上げる。
「ちょ、ちょっとなにやってるんですか!?」
「こいつはこれが好物なんですよ!」
「そんな、バスレー先生じゃあるまいし……」
だけど、まったくの無表情だったアディシェスの目に光が戻り。
『……感動した。フッ、お前にはまた助けられたな』
「正気に戻りましたか。とりあえず手助けは難しいでしょうけど、せめて手を出さないでもらえると助かりますよ」
『いや、正気に戻ったからにはあの神の力からは逃れることができる。私の力、お前に貸そう。娘、名をなんという』
「え? る、ルシエール、です」
『……ふふ、私を寂しいと言ったな、悲しいとも』
「あ、ご、ごめんなさい……」
私が離れて謝ると、
『気にするな。お前の言う通りなにも心を動かされない者など、生きた屍と同じだ。だが、そんな私に涙してくれたこと、嬉しかったぞ』
「アディシェスさん……」
『その名は……今から変わる。【無感動】ではなくなった私の名はザドキエル……慈悲を持つルシエールよ、お前にこの力を――』
「ええ!?」
「そこはわたしじゃないんですか!?」
<お前は……>
アディシェスさんが光り輝くと、私を包み込んでいく。
バスレー先生がなにか叫んでいたけど、少ししたら聞こえなくなり、私の胸の内に暖かいものが宿ったような気がした。これなら……!!
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