第五百九十一話 人はみな
「ねえねえ、マキナちゃんは誰が好きなのー?」
「ななななな!? ノーラ、いきなりなにを言いだすのかしら!?」
「ルシエールちゃんとクーちゃんはラース君だって言うからー、みんなどうなのかなって」
「ちょ、ノーラちゃん大きい声出さないで、聞こえちゃうかも……」
「えー」
「ノーラちゃんはいいよね、もう婚約者なんだもん」
「嬉しかったよー! あ、ヘレナちゃんは誰か好きな人居る?」
「居ないわあ、みんなガキっぽいし。それより今はダンスに磨きをかけたいしねえ」
――懐かしい。
目の前にはまだ十歳のころ学院に通っていたアタシ達が居た。
Aクラスの女子が集まっているところを見るとまだ王都に行く前ねえ。
で、この時のことはよく覚えていてこの発言も当時は本気で思っていたわねえ……今でこそみんな大好きだけど、肌の色とかお母さんしかいないってことでコンプレックスはあったし。
ノーラの環境がアタシに近かったけど、あの子はデダイトさんが居たし幼馴染ともいえるラースも一緒だったから正直ちょっと嫌いだったのは内緒ねえ。
「ひっ……!?」
『くく、なるほどいい身体をしている』
「ちょ、離しなさい!? 変態!」
いつの間にか便器悪魔がアタシの背後に現れて、お尻と胸を撫でてきた!?
即座にかかとで急所を狙うと、サッと距離を取り対峙する。
変態は鼻の下にある髭を撫でながらこちらを舐めるように見ながら口を開く。
『よいよい。これは楽しめそうだわい……心はワシと同じ【醜悪】ではあるが』
「アタシのどこが醜悪ですってえ? このアイドルが? 目が腐っているんじゃないかしらぁ」
『くっく、まあ見た目は良いがな』
「なにが言いたいのお?」
不愉快な物言いに眉をひそめるアタシ。
武器は……ないかと思いながらこいつをどうするか思考を巡らせていると、悪魔は語りだす。
『その心は醜いのうということだな。根拠、ということでもないがワシのスキル【醜悪】はそういう人間を見つけてそいつの魂を頂くのだ。まあ、お前のようないい女ならしゃぶり尽くさせてもらうがな?』
「気持ちわるぅい……でも、なんでアタシの心が醜いってのよ!」
『ふん、自分に正直になれんような者は醜いものだ』
「そんなことを言ったら殆どの人間なんてそんなものじゃない……」
物凄く理不尽なことをいう悪魔はやはり変態なのかしらあ?
そう思って呆れていると、悪魔はスッと目を細めて口を開いた。
『そうだな。人間とは自分を誤魔化して生きている者が多い。【醜悪】に限らず、負の感情というものは
必ずついてまわる。だからこそ、ワシらのような悪魔が産まれるのだがな』
「アタシ達のせいって言いたいの?」
『まあ、そうだな。知的生命で妬みや嫉妬、恨みが大きいのは人間が一番だ。ドラゴンなどさっぱりしたものだろう』
「サージュは結構、根に持っていたけど……」
『そうか……?』
個体差はあるのかもしれないとぶつぶつ言っているけど、別にどうでもいい。
とりあえずここから帰してもらわないといけないのだから。
「とりあえずここから帰してくれないかしらあ? まだ悪魔達も残っているし、ラースも助けにいかないといけないのよう」
『その必要があるのか?』
「え?」
『そもそも、神に気に入られた男だ。ぶっちゃけるとラースが拒否さえしなければ円満に解決するのだぞ? それに、強力な伴侶を含めて強者はいくらでもいる。。いまさらお前が行かなくてもいいだろう』
「それは――」
確かにその通り……
アタシは戦力的にはかなり下で、ここにも無理を言ってやってきた。
「そうかもしれないけど、アタシはラースに借りを返さないと――」
『くく、それは嘘だな』
「な、なにを……」
『サンディオラという国で助けられてから気になっているのだろう。そしてすでに人のものになっていることに嫉妬していることも。他の少女たちのように言いだせないことも分かっているぞ』
「どうしてそんなことを」
アタシがそう言うと、悪魔は指を鳴らす。
すると、先ほどまで会話をしていた小さいころのアタシ達が消えて自分の声が響き渡る。
『ラース、本当にいいやつよね。マキナ、逃がしたらだめよう?(アタシがとっちゃうわよ)』
『え? 結婚? ラースと? アタシまだアイドルやってたいからあ(そうできたらいいのに……マキナがもういるもんねえ……)』
「いやああああああああ!?」
『くっく……嘘ばかりつきおってからに』
「あ……!?」
アタシが頭を抱えた直後、変態悪魔はアタシに絡みつき耳元で囁く。
『もういいではないか。このままワシと契ればそんな醜い嫉妬から解放されるぞ……【色欲】もいるし、淫乱な娘に変えてやろう』
「あ……ああ……」
『世界はいずれ消える、ここでこうして楽に溺れてしまえ――こういうのはどうだ?』
声と姿をラースに変えた悪魔がアタシに甘い言葉を囁き、頭が痺れる。
「このまま楽に……」
『そうだ、苦しいことも無い。俺が愛してやる』
「……!!」
その言葉の瞬間、蕩けそうになっていたアタシの頭が覚醒する。
目の前に立って胸を触るラースの姿をした悪魔に、学院時代と同じかそれ以上の動きでお腹へ一撃を決める。
『ぐあ!? な、なんだと!?』
「ええい……!!」
『ふぐっ……!?』
マキナが特訓していたのを見ていたのでなんとなく拳の動きは分かる。だけど非力なアタシができるのは――
『ああああああああ!? こ、股間を……貴様ぁぁああ!』
「ふん、人間を侮るからよう? ラースはマキナを選んだ時に他は断ったわあ。貴族の息子なんだから一夫多妻でも問題ないのに、一途でありたいからってねえ? だからラースがアタシを選ぶことは無いだろうし、ルシエールやクーを選ぶこともないわあ」
『な、なにを……』
「だから……! 嘘でもアタシに愛しているなんて言葉は……言うはずがないのよっ!!』
『み、見事だ……!?』
急所を蹴られて膝をついたラースもどきに、アタシが回し蹴りで顔面を蹴ると悪魔の顔に戻り後ろへ吹き飛んでいく。
「さ、元の世界へ戻しなさい」
『ふ、ふふ……やるではないか……まさかワシのやったことが逆効果だとは……あの男を信用しているのだな……』
「バスレー先生あたりなら引っかかってたかもしれないけどねえ? ま、おかげで気持ちは固まったけどお?」
『ふむ……外観の美しさに加えて心も清浄と化したか? いや、どちらかと言えば――』
「ぐだぐだ言わないでさっさと戻しなさいよう」
アタシが苛立って声をかけると、悪魔は立ち上がりその姿を……変えた?
『……面白い。心に正直になったお前の行く末を見届けたくなった。【醜悪】なる勧誘をはねのけた美しき者よ。お前がラースとマキナにどうかかわっていくか――』
「どういうこと? ……きゃ!?」
光り輝く羽を生やし、精悍な男性へと姿を変えた悪魔はそう言って一層輝き、アタシは再び意識を閉じる――
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