第五百八十九話 厳しくも優しい


 『グオオオオオン!』

 「なに言ってんのかわかんねえよ、言葉を喋れってんだ!」

 「危ないパパ! <ファイアアロー>!」

 「おっと、サンキューだティリア!」


 悪態をついたものの、アスモデウスは複数頭がありタフ。その上【残酷】のスキルはこっちが強ければ強いほど効果を発揮する。

 だが、弱ければアスモデウスと戦うことすら難しい……よくできたスキルだと正直感心する。

 

 「ティグレ!!」

 「おおう!! 妻と娘の前でカッコ悪いところは見せられねえからな、さっさとご退場願うぜ!」

 「<アースブレイド>!!」

 『!?』


 ベルナの魔法がアスモデウスの四方から突き出て動きを封じつつダメージを与え、俺は口笛を吹く。

 歳を取っても相変わらずの腕に頼もしさを覚え、剣・槍・大剣・ダガー・弓・斧……持ちうる全ての武器を駆使して追い込んでいく。

 

 「おおおりゃぁぁぁぁ!!」

 『グオオォォォ……!』

 「すごいすごい! 本気のパパ、初めて見た!」


 愛娘が興奮気味に口を開くが、女の子がこれでいいものか悩むな。

 マキナやクーデリカを見ているとそれもアリだが、親としては複雑だ。ラースの妹とはいいライバルだから、いずれは旅に出たりもするのかねえ。


 それはともかく、さすがに一方的とも言えず、アスモデウスの魔法や【残酷】によるダメージのおすそ分けを貰い俺もケガが目立ってきた。

 

 だが――


 「ふん、前に戦った時の方が手ごたえがあったな。あの時はリューゼやバスレーも居たが苦戦した。今のてめぇは俺達家族だけでやれる。リースの手下だかわかんねえが、知恵はもらってないのか」

 「倒せるときに倒しておきましょうよぅ。まだ敵はいるし、ラース君も心配よ」

 「あいつは大丈夫だろ。ま、さっさと――」

 『……く、くっく……言ってくれるぜ』


 倒すかと口にしようとしたら、アスモデウスの首の一つが喋り出した。

 ベルナとティリアを庇うように立つと、アスモデウスは俺達を見下ろしながら語る。


 『……世界は残酷だってこったな。別の世界じゃ恐れられる悪魔と言われ、こんなナリをしていても使い捨てってやつよ』

 「それが嫌なら逆らえば良かったんじゃねえか?」

 『へっ……逆らったところで元の世界に戻れるアテはねえし、血を見る方が楽しかったからなあ。そっちの女どもの悲鳴を聞いたり、とかな?』


 その言葉にカッとなった俺は大剣を正面の人間を模した顔に大剣を振り下ろすとアスモデウスは避けもせず深々と刺さった。

 俺達がぎょっとしていると、ニヤリと笑ってさらに続ける。


 『だが、まあどうやら大悪魔の俺もこのザマだ。どうあがいてもここから巻き返すのは難しいかねえ?』

 「そういって油断させるつもりだろうが……俺はラース達みたいに甘くねえぞ? てめぇはきっちり消えてもらう」

 『くかか、厳しいねえ。残酷なくらいに』

 「……なにが言いたいのかしらぁ?」

 『なあに、大した意味は……ねえよ!』

 「チッ……!」


 アスモデウスはいきなり長い首を振って俺を弾き飛ばしてきた。口では難しと言いつつまだ諦めてはいない。もちろん弾き飛ばされる際に切り裂いてやったがな。


 『世の中は残酷だ。俺もお前も、そこの女も、ラースってやつも誰もかれも、みな。一歩間違えればお前は俺になっていたかもしれねえ。女は生贄になっていたかも、だ』

 

 こいつは一体なにが言いたい?

 しかし、言っていることは妙だが、まあ、概ねその通りだとは思う。


 俺は学院長に拾ってもらわなければ、腐ったまま罪の意識をもって犯罪でもやっていたかもしれないし、ベルナは生贄になっていたかもしれねえ。

 ラースは前世とやらの因縁からここまで、それこそ長いこと理不尽と戦ってきた。今だってそうだ。

 デダイトは死にかけてリューゼも酷い目にあった。クソ医者のレッツェルも友人のこともあって道を踏み外した。


 かといって、だ。


 「……だとしてもそれを嘆いて、他人を羨んだり危害を加えても仕方がねえだろうが。悪魔は知らねえが、人間ってのはそうやって考えて、悩んで生きてんだ。だから俺はそういうやつらの支えになれねえかと思って教師をやると決めた」

 「ティグレ……」

 『そうだな、それが弱いニンゲンってやつだ。その中でもてめぇは自分にも他人にも厳しいなあ』

 「……」


 どこで知ったのかわからねえがそれは自分でも分かっている。相手がどういう奴だろうが、恐らく陛下だろうが間違っていたら口を挟むし説教をするだろう。

 家族がいるものの、そこは曲げることは恐らくない。

 

 それはともかく、こいつがなにを言いたいのか分からないのでケリをつけるかと大剣を握ると――


 『生きるというは厳しい。幸せな者が居れば不幸な者がいるそれは残酷な事実。だが、てめぇは……お前はそれでも、と生き抜いて来た』

 「は?」

 

 いきなり口調が変わり、俺が間抜けな声を出すとニヤリと笑うアスモデウス。


 『お前のその【峻厳】。実に不器用で損をしている。が、面白い。力を貸してやろうではないか』

 「なんだと? そんなことしてタダで済まねえだろうが」

 『くく、お前の理屈では嫌なら逆らえばいいのだろう? のってやると言っているのだ』

 「なにを――」

 「あ! 悪魔さんが!」

 「ティグレ、気を付けて!」


 ティリアとベルナが驚愕の声を上げた瞬間、アスモデウスの身体が光り出し、俺を包み込む。

 これは――


 ◆ ◇ ◆


 「前が見えないんですけど……って、あれ? 外にでちゃった、かな? ノーラのところに戻らないと――」


 変な悪魔の攻撃で吹き飛ばされた後に暗闇の中へ放り出された後、ウロウロしていたんだけどなんか外にでたみたいねえ。

 デダイトさんとノーラは心配だけど、ロザもウルカも居るから大丈夫だと思うので、他のみんなを探してみることに。

 月明かりのおかげで外だということが分かり、さらに魔法の爆発音や剣撃の音が聞こえてきたのでアタシは救援に向かうため駆け出す。


 「まあ、役に立てるかわからないけどねえ。ん、あれってアイナちゃんかしらあ? ……え!?」


 アイナちゃんを見つけて少し速度をあげる。

 後はさっきみた知らない女性がいるのだけど、必死に戦っているので声をかけづらい……とか思っていると、その相手がとんでもないものだったためアタシは思わず大声をあげてしまったわあ。


 「べ、便器に座っている、変態が居るわ……!!!!!!!」

 

 その瞬間、その場に居た全員の視線がアタシに向いた。

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