第五百九十話 心と外観
便器に座った変態。
アタシにはそうとしか見えないかったから叫ぶと、全員の顔がこっちへ。
その中でも特に見知った顔が小さい手を振ってきたわあ。
「ヘレナちゃんだー!」
「はぁい♪ って、感じでもなさそうねえ」
『そうなのよ。というかヘレナさんだけ?』
「ええ、はぐれちゃったのよう」
ラースの妹であるアイナちゃんを抱いたまま、黒い髪の女性がスッとアタシのところまで後退してきた。
そういえばこの人は誰なのかしらあ? 長い黒髪はマキナに似ているけど?
「それはいいとして……えっとどなた?」
『ああ、そうねこの姿だと分からないか。私はレガーロ、バスレーに憑りついていた悪魔よ』
「そういえばそんなことあったわねえ。でもそんな姿でした?」
『話は後で、ね。今はあの変態を倒さないと』
「そうね、あの変態をねえ」
アタシ達がひそひそと言い合っているとどうも聞こえていたらしく、
『やかましいぞ貴様等……!!』
激昂しながら魔法を放ってきた。
とりあえずさっきのやつと違って意識がハッキリしているわねえ? そう思い煽ってみることに。
「きゃあ!? 汚物を飛ばして来たわあ!」
「きちゃなーい!!」
『違うわ!! おのれ……城ではなにもせず息絶え、復活したと思えば神などに使われる身……さらにこんな小娘に煽られる始末……なんと情けない……』
「でも便器からはおりないのねえ」
『これはワシのシンボルだからな……!! ……さて、それはともかく戦力を分散するとは愚かなことしたな? 貴様も悪魔のようだが、ワシには及ばんと見える』
『……さてどうかしらね』
レガーロさんは不敵に笑うけど、変態さんの方が能力は高そうねえ。
それにこっちはアイナちゃんも居るし、アタシもそれほど戦力にはならない……みんなが心配だけど、ここは食い止めるしかないかしらねえ。
戦闘にならないようなやり方ってないかしら?
「アンタ達は悪魔ってやつみたいだけどアタシ達を倒した後はどうするつもりなの? まさか、地上征服なんて考えているわけじゃないでしょう」
『ふん、このまま我々がお前達を下し、神が勝てばこの世界は終わりだ。世界は変わり、あの小僧と神だけになり一から作り直されるだろう』
『アダムとイヴってわけ? 意外と乙女よねあの子』
「それは……許せないわねえ」
ルシエールもクーデリカもマキナが居たから諦めた。アタシだってラースのことは嫌いじゃなかったし、サンディオラで助けられてからちょっと意識するようになってきた。
だけど、ラースがそれを良しとしないと思ったから言い出さなかったのに。
『ヘレナさん?』
「確かにリースは学院時代からそんなこと言ってたけどねえ。力づくみたいなやり方、好きじゃないわあ。お父さんとやっと会えたお母さんも殺されちゃうって? それを聞いたらアンタを倒してリースを引っぱたかないとねえ」
『くく、できるのか小娘が!』
「どうかしらねえ……! レガーロさん、援護をいいかしらあ!」
『無茶しないでヘレナさん!?』
アタシはムカついた気持ちを持って変態へ攻撃を仕掛ける。
武器はサージュの爪で作ったショートソードと学院時代に習った魔法だけ。だけど魔法はアイドルの仕事に勤しんでいたため殆んど使っていないから期待はできないのよねえ。
「……だけど【ダンシングマスター】のスキルがあれば!」
「おー!」
『むう……!?』
踊るような動きで変態へ攻撃を繰り出すと、三又の槍をどこからか取り出してアタシの攻撃を防ぐ。
座ったままなら魔法より近接戦闘がいいと考え、防がれたとしてもレガーロさんの魔法で足を止めてもらえるはず。
一応、この戦いが始まる前に少し鍛えたからサンディオラの時よりは体が軽い。
『んもう、Aクラスの子達は無茶ばかりするわね! <デモンブレイズ>!』
『おおおお……!!』
レガーロさんの放った青白い炎がベルフェゴールを包み込み隙が出来る。
そこへショートソードの突きを繰り出すも、便器が物凄い勢いで後退した。
「思ったより速くてびっくりだわあ!? 変態便器のくせに!」
『うるさいわ! ワシの名は【醜悪】のベルフェゴール! 貴様から始末してやろう……!』
アタシの攻撃を躱したベルフェゴールは車輪付きの便器を大きく急旋回させて背後に回り込んできた!
鋭く槍を放ってきたのでそれをすんでのところで回避。
だけど、服の背中に引っかかったらしく少し破れたみたい。
「いやらしいわねえ。顔と同じで心も醜いのかしらあ?」
『……』
『あんまり煽らないでヘレナさん。でも、さっきの動きは良かったわ。このまま押し切れそうよ』
「そうですねえ。変態さんは早く倒して――」
『……? どうしたの?』
「ヘレナちゃん、だいじょーぶ?」
アタシがショートソードをベルフェゴールに向けると、その瞬間に身体が硬直して動かなくなった。
頭はハッキリしているのに……!
『どうした? 身体が動かないのか? ……くく、まあそうだろう。小娘よ、お前は我がスキルに囚われたからな』
『どういうこと……? さっきの切り結んだ時になにかした、とか』
『そうではない。ワシのスキルは【醜悪】というが、これほど曖昧なものはあるまい? 確かにこの姿は醜いし、便器も見た者からすれば意味がわからんというのも理解できんわけではない。が、だからといって嫌悪し罵倒していいものでもあるまいよ』
急に真面目な声でそんなことを語り出す。
アタシは身体を動かそうともがくも、視線以外はまるで動かせる気配がなく、焦ってしまう。
『いくら見た目が良くとも、心が汚れていてはどうしようもない。小娘よ、貴様は美しい容姿をしているが心は醜いようだなあ。ワシの容姿を醜いと言うか? さて、どちらの方が生き物として醜いのだろうな』
「くぅ……う、動きなさいよ、アタシの身体……!!」
『さて、茶番は終わりだ』
「あ……」
ベルフェゴールが指を鳴らすとアタシは頭の芯にバチンとなにかが走り、身体が熱くなる。
そして悪魔がアタシを捕まえるために前進してきた。
『ヘレナさん!? この!』
『おっと……この機動力に追いつけはすまい。さて、ワシは性的な不道徳を与える悪魔としても覚えがあってな。この姿が美しい小娘を頂こうと思う』
『な……!? こ、この変態!!』
『なんとでも言え。まあ、どうせ世界は滅ぶ。良かったではないか、ラースとやらに醜い心を知られずに済んでな』
「ラー……ス……」
『……その心、食らいつくしてやろう――』
ベルフェゴールが呟いた瞬間、アタシの意識は――
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