第五百八十五話 先手必勝


 『ガァァァァ!!』

 「理性とかないのかしらね!」

 「マキナ、草原の方へぶっとばせ! サージュ達ドラゴンも手伝ってくれ!」

 「わかったわティグレ先生!! 【カイザーナックル】」

 <修行の成果と行くか>


 私のスキルとドラゴンになったサージュが襲い来る悪魔達を蹴散らし、壁に向かって飛んでいく。ただ、一人、【拒絶】したシェリダーがデダイトさんとノーラへ襲い掛かっていくのが見えた。


 「危ない!」

 「こっちは大丈夫! こいつは僕達が止めておくからマキナさん達は他を頼む……!!」

 「まーかーせーてー! ロザもいるしー!」

 「厄介な相手だから僕も行くよ。オオグレさん、いいかい!」

 「無論!」


 ウルカがサージュから降り、スケルトンのオオグレさんがシェリダーへ攻撃を仕掛けながら、ロザに乗ったデダイトさんとノーラを追う。

 残りの悪魔は壁を突き抜け、いつの間にか雨が止んで月明かりが綺麗な草原へ躍り出た。


 <数が多いな……どうする?>

 「一番いいのは分散させることだけど、ルシエールやアイナちゃんが心配ね……」

 「僕も頑張りたいけど、学院を卒業してからあまり戦いってものから離れていたからいけるかどうか」


 ジレの言う通り数が多いのが懸念点で、さらにヨグスがポツリと呟いたように人数はいるけど戦える人間が少なく守りながら戦うのは難しいことを良く知っているからである。


 ティグレ先生とベルナ先生、リューゼにナル。シャルルにヴィンシュ、そして師匠と私にサージュが戦闘要員として考えればいいけど、悪魔相手に一対一は基本的に無理ね。


 「誰か忘れてませんかね!?」

 「え?」


 バスレー先生が何故か声を上げて抗議をしてくるが、そこでティグレ先生とベルナ先生が前へ出てから口を開く。


 「考えても仕方ねえ、叩ける奴からいくぞ。あのきわどい恰好のヤツは俺とベルナがやる、ティリア、離れるなよ」

 「はーい! アイナちゃん行ってくるね!」

 「うん!」

 「え!? ティリアちゃん連れて行くんですか!」

 「まぁ、アレはちょっと特殊な感じがするからねぇ。嫌な予感がプンプンするから、若い子は近づいちゃだめよぅ? ……行くわよ、あなた。援護は任せてねぇ」

 「おう!」

 「あ……!?」


 言うが早いか、ティグレ先生一家は際どい恰好の悪魔へと向かって行く。リリス……じゃないわよね?

 そのティグレ先生達へ他の悪魔が向かおうとしたのが見え、今度はリューゼとナルが踏み込んでいく。


 「ここまで来たらやるしかねえぞマキナ! ラースのところに行きたいかもしれねえがまずはこいつらを倒すぞ! ジレ、手伝え!」

 <命令するなリューゼ。だがまあ、王都とやらでは肩透かしを食ったからな、ここで発散させてもらおうか>

 「無茶しないでね! さて、と……師匠と私は別々がいいわね」

 「そうだね。あたしがあのでかい蠅を相手どるよ」

 「で、でも、一人じゃ危なくないかな……」


 ルシエールがおっかなびっくりしながらそう呟く。

 私達を囲むように散った悪魔には動きが無いけど、意識が魔物と同じような状態である彼らはいつ襲ってくるかは分からない。

 

 「なあに、これでも二つ名を持つ格闘家だからね。あたしは行くよ!」


 師匠なら大丈夫かと思った瞬間、暗闇から声が聞こえてきた。


 「お、やっぱりあの時の娘か! てかなんだありゃ?」

 「ラースはどこ?」

 「ハインドさんにシャオ!? そういえば隠れていたっけ……」

 「げ、あんたかい」

 「なんだ姉ちゃん、人の顔を見て……いや、お前……まさかファスか……?」


 さすがは夫婦と言ったところか、ハインドさんは師匠に気づいたようだ。

 すると苦い顔をした師匠が指をさして口を開いた。


 「そうだよ、あんたの妻だよ! なにが弟子を探しに行く、だよ。若い娘にうつつをぬかしているだけとは情けない」

 「い、いや、違うぞ! シャオはたまたまだ! 俺がお前以外の女に目を奪われるわけないだろうが!」

 「どうだかね? シャオちゃんだっけ、こいつに変なことされなかった?」

 「足技の訓練が多いから足を触られていた」

 「そりゃしかたね――」

 

 ハインドさんが弁解しようとしたところで、巨大蠅が突っ込んできた!


 「来るわよ師匠!?」

 「話てる途中だ、引っ込んでろ!」

 『シャァァァァ!』

 「チッ!?」


 ハインドさんの蹴りを受けてもなお突っ込んで来ては唾液を出しながら噛みつこうとする。

 落ちた唾液はしゅうしゅうと音を立てているので触れるととんでもないことになりそうだということを物語っていた。


 「油断すんじゃないよ! 仕方ない、あんた、手伝いな!」

 「お、おう! シャオ、他のを任せたぞ。俺ぁ妻とこいつを……やる!」

 『ギシャァァァァ……!』

 「うるさいってんだ! ‟雷撃掌”」


 二人は巨大蠅を私達から遠ざけるように連撃を加えて遠ざかっていく。ハインドさんの強さも相当なものだと打撃音でわかる……あっちは安心ね。


 「残りで見たことあるのはケムダーとアクゼリュスくらいかしら……悪魔と戦ったことがあるのは私とクーデリカ。ヘレナはどれくらいやれる?」

 「……正直、人間相手が精一杯よ」

 

 ヘレナらしい返答が返って来て安心する。無茶はしない方がいいからね。後はドラゴン達と組んで戦うべきかと考えているとするとサージュが舞い上がりながら言う。


 <では、あの羽が生えたデカブツは我が一人で止めるとしよう。シャルルとジャックはルシエール達を守れ。ヴィンシュ、お前も一体請け負え>

 <仕方ないなあ。ボーデン、あんたも頼むよ>

 <うむ。クーデリカ、やれるな?>

 「もちろんだよ!」

 「ヴィンシュ、リリスはアタシと抑えてもらえるかしらあ? あいつとは一度顔を合わせた仲だからやるわ」


 クーデリカとヘレナがドラゴンを伴って前へ。そこへ馬頭をしたケムダーが空から滑空しながら攻撃を仕掛けてきた。


 「シャオ、手伝ってもらうわよ!」

 「師匠は行っちゃったし、仕方ないね!」

 「シャルル、ルシエール達は頼むわ」

 <お任せあれ! とはいえ、数が少ないのがネックですわね……>

 「俺も戦えるかっつったら無理あるしな……! くそ、もっと鍛えておくんだったぜ……」


 残った私はシャオを連れて迎撃に向かい、その横をさらに鳥の羽のようなものを羽ばたかせた悪魔がすり抜けていく。


 「行ったわ!」

 「わたしが居ますよ……! あなたはアディシェスじゃないですかね? 気を確かに!」

 『無理しないでバスレー、今は私の力を持っていないんだから!』

 「生徒が戦っているのに先生が戦わないのはさすがにあり得ませんからねえ……! 大丈夫、策はあります!」


 心もとないけど、これでもまだ悪魔は残っているので頭数は足りない……いや、弱気になるな私。

 なら、一気に倒し切ればいいだけの話よ!


 一番頼りになるラースはここに居ない。

 だけど、それはいつか、どこかで必ず起こり得ること。そのために修行をし、臨機応変に対応できるように研鑽を積んできた。


 そして一度倒した相手に負けるわけにはいかないのだ。

 私はケリをつけるべく拳に力を込めて振り抜く――

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