第五百八十三話 ヤンデレの時間稼ぎと標的


 『まあ、そういうだろうねラース君なら。でも、ボクはそんなに悪いことをしたかな? ラース君の人生を良いものにしたし、福音の降臨も概ね犯罪者や精神を病んでいる人の救済場だったわけだ。

 酷い目を見た人が居ないわけじゃないけど、君の周囲に居る人は、ほら五体満足だし』

 『こ、こいつ……!?』


 髪を掴まれていた賢二が笑顔でサイコパス発言をするリースに驚愕の目を向ける。

 要するに今までのことはリースの策略で、俺のためにそれをやっただけだ、最終的にみんなこうして仲良くやっているからいいじゃない、と言いたいらしい。


 結果良ければ……という話もあるが、兄さんが死にかけたことだってある。

 レッツェルに殺されかけたリューゼ、嵌められたブラオ、ルシエールとルシエラ。そして福音の降臨のメンバーも死んだりしているのに、全てが丸く収まったなど言えるわけが、ない。


 「リースが何者かはどうでもいいけど、どうしてラースなの? 前世でもいい人はいっぱいいたでしょう」

 『そこに理由はあまり必要ないと思うけど? ボクは優しくて能力が高いのにダメなラース君が好きなんだ。だからラース君はそうじゃないんだと教えてあげたかったのさ。

 マキナだってラース君だから彼女になったし結婚したいと思ったんだろう? クーデリカだってルシエール、ヘレナ君だって――』

 「や、やめなさいよう!!」


 ヘレナがなんだか焦って瓦礫を投げつけたが、リースは気にした風もなくそれを賢二でガードして口を開く。


 『ボクは神だけど、人間と同じさ。好きな人のためには尽くすタイプって気づいたのはこの姿になってからだけどさ。ほら、結婚式をしようじゃないか! 仕方がないからマキナもいれていいよ? この際ラース君が好きな娘全員のハーレムを作るか! 今ならエバーライドも空いているし』

 

 話だけ聞けば後はリースが俺と結婚すれば終わり、という話だがそんなことは受け入れられない。確かにこいつが直接手を下したわけではないことが多いため、罪として裁くには難しい。

 倒すのが手っ取り早いが、俺に固執しなくなれば面倒ごとは無くなるような気もする。


 「断る。俺はリースと結婚しない。どうしても、というならこっちは抵抗させてもらうよ」

 『そうね。リースちゃん、いえ、神様のおかげでラースが立派になったことは感謝しています。ですが、あまりにも他の人を蔑ろにしすぎでは? ラースが拒否しているのですから大人しくあの部屋へ帰るなどしていただければこちらも無駄な争いをしなくて済みます』

 「な、なんかカッコいい……! ずるいですよ、自分ばかり……」

 「引っ掻き回さないでください」


 母さんが凛とした顔でそう言うとバスレー先生がハンカチを噛みながら悔しそうに呟き、マキナが首を引っ張り後ろへ下げた。


 「お母しゃん、泣きそう」

 「アイナ、こっちおいで。母さんじゃないし」

 「やっ!」


 アイナはアイナで母さんに抱っこされたまま離れないし、段々と妙な空間になってきた。

 リースはどうでるか? 固唾をのんで見守っているところで、彼女は肩を震わせて笑い出す。


 『くっく……ラース君はボクがずっと目をつけていたんだ……今更ダメですと言われて諦めると思っているのかい? ああ、そうだ! この世界にボクとラース君だけになったらそうも言っていられないよね?

 結構、君達のことは嫌いじゃなかったんだけど……残念だよ!』

 「マキナ!」

 「分かってる!」


 リースの眼鏡が光ったのと同時に俺が叫ぶと、マキナ達も感づいていたらしくその場を飛びのいた。

 直後、彼女達が立っていた場所が爆発してえぐれ、リースが本気で『殺し』にきた合図だとわかる。


 『チッ、やはり元の力を取り戻さないとダメか』

 「リース……!!」

 『嫌だなあ、ラース君はじっとしててくれよ。ボクに旦那を攻撃させるような真似はして欲しくないね?』

 『ぐあああああ!?』

 「ぐっ……!?」


 なんて力だ……!?

 頬を赤らめながらでたらめに賢二を振り回して、攻撃を仕掛けた俺を吹き飛ばす。

 俺の剣は片刃なのでみね打ちすればリースを黙らせることができると考えたが、まさか頭一つ半は小さい彼女にここまで力があるとは思わなかった……!


 「<ファイヤーボール>!」

 『熱い想いだねえ!』

 「この距離で避けるか……!? こいつは手強い、みんなこいつは俺が抑えているから逃げろ!」

 「馬鹿言わないでよ! リースの狙いはあなたなのよ、私達が戦うわ!」

 「マキナさんの言う通りだ。全員でかかれば拘束できるはずだよ」


 兄さんの言葉に全員が頷き、武器を手に散開する。

 せめてヘレナやノーラには脱出しておいてほしいのだが、


 「リースちゃん、我儘は良くないんだよー!」

 「略奪愛って物語だけで十分なんだけどねえ? 後、さっき言おうとしていたことを忘れて貰わないと♪」

 「黒幕だけに……幕を引いてもらえると嬉しいですね、リースちゃん? レガーロさん、わたしに力を」

 『え? もう合体できないけど……』

 「え!?」


 全員やる気か……!?

 とりあえずここは狭い……リースを草原の方へ追いやるかと思っていると――


 『ああ、時間を稼いだ甲斐があったね。ボクの半神が返って来たみたいだ』

 「なんだって?」


 囲まれても余裕の表情をしていたリースが大きく空いた壁に目を向けると、そこから全身が光り輝くセフィロが入って来た。


 「「セフィロ……!?」」

 「セフィロちゃんだー!! おーい、アイナだよ!」

 『……』


 虚ろな目をしたセフィロは友達のアイナの呼びかけにも応えないで突っ立っていた。

 リースは賢二を引きずりながらセフィロに近づき、胸に手を当てて口を開く。


 『さて、ラース君の近くに置いていたボクの半神がこのセフィロと呼ばれている個体だけど、何故こいつを君たちの下へ置いていたか、分かるかい?』

 「お前、まさか!? <ファイアアロー>!!」

 『や、止めろあに……ぶあああ!?』


 ニヤリと笑うリースを止めるために魔法を放ちながら斬りかかるが、賢二に阻まれて機会を失った。


 そしてリースに取り込まれるようにセフィロの姿が薄くなっていくと同時に、リースの身長が伸びていき俺やマキナと同じくらいの女性になっていく。


 『ふう……久しぶりに元の姿になったよ。さあ、君達の大事なセフィロはこの中だ。ボクを倒せば返ってこなくなるけど、どうする? いや、まあ、もう戻ることはないんだけどね!』

 「う、嘘でしょ……」

 「セフィロちゃんが……!?」


 動揺する俺達にリースがしてやったと笑う。

 そこでバスレー先生が目を細めて、リースを指さして呟いた。


 「……大人になった割には胸がありませんね」

 『よし、バスレー先生から殺そう』

 「ひぃ!?」

 『と、言いたいところだけどこの人数を相手にするのは骨だからねえ。ボクも援軍を呼ばせてもらおうかな? さて、役に立つ時が来たよ』

 『な、なんだと? ……あぐ、ぐぐぐぐぐああああああ!?』


 リースが掴んでいた賢二が急に苦しみだし、白目を剥いて倒れた後――


 「あれ、は……」

 <悪魔達か……! 死んだはずではないのか?>


 サージュの言う通りリースの周りには見知った悪魔の姿があり、知らないものと含めて7体立っていた。


 『クリフォトの悪魔達だ。もちろんボクの力で強化している。さてさて、修行しているとはいえ、こいつらに勝てるかな……?』

 「……倒すわ。そしてリース、あんたをぶん殴ってやるから!」

 『いいね、神であるボクに勝てると思わないことだよ! ……ん?』


 マキナに対して勝ち誇るリースになにかが飛んできた。

 それを指二本で掴んでみると、それは手術などで使うメス。そしてさらに聞こえてくる声。


 「なるほど、そういう存在でしたかあなたは」

 「無事かラース! あのちんちくりんが神様だって?」

 「レッツェルにリューゼ!? どうしてここに!」

 「話は後だ!」

 『そうだねリューゼ君。誰がちんちくりんだって? バスレー先生と君は念入りに死にたいらしいね……! かかれ!』

 「行くぞ!」


 なんかティグレ先生も居るし!?

 まあでも心強い味方が来た。リースを倒せば今度こそ終わりだ、一気にケリをつける!

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