第五百八十二話 良かれと思って行い、後悔はしていない


 リースが手を叩きながら俺のところへ歩いてくるのが見え、その場に居た全員が眉根を顰める。

 そういえば居たなというのが正直な感想だ。

 マキナ達と俺の中間あたりで立ち止まったリースが眼鏡を直しながらさらに、続ける。


 「いやはや、ボク達の力が必要になるかと思ったけど悪魔の力をまるでものともしなかったねえ。くっく……流石は努力の達人。いや、そもそも天才はどっちだったかって話かな? 超器用貧乏という特性はやはり興味深いね。ラース君の素質が無ければここまで強くなるとは思えないし」


 いつものテンション……よりも少し高いか?

 この場でただ一人、違うベクトルで喜んでいるリースに母さんが窘める。


 『リースさん、とりあえずあなたの考えは後にして撤収しましょう。ベリアース王国の動向も気になるわ』

 「フフフ、そう焦ることはないよ母君。向こうは片付いているからね? なのでここはラース君とボクの結婚式といきたいんだけど……いいかな?」

 

 相変わらず変なことを言うリースに、場に居た全員がずっこけ、マキナとクーデリカが激怒しながらくってかかる。


 「まだそんなこと言ってるの? ラース君はリースちゃんの恋人じゃないんだよ! わたし達のだもん」

 「いや、あんたのでもないからクーデリカ……。そ、それより冗談はいいから、行くわよ。与太話なら移動中にでも聞いてあげるから」

 「……くく、いやいや、ごめんよマキナ君。これは決定事項なんだ……!!』

 「……!?」

 <いかん……!!>


 リースの眼鏡が怪しく光った瞬間、魔力の波動がマキナ達へ襲い掛かり、サージュが前に躍り出てそれをガードした。

 

 だが――


 <ぐっ……>

 『腕一本か、ボクもまだまだ不完全だね。半身……いや、半神が来るまで我慢か』

 「どういうつもりだ、マキナさん達を攻撃するなんて……」

 「サージュ、大丈夫か!」

 <さ、再生は可能だ……しかし、一瞬で我の魔法障壁を全部破るとは……>

 「う、嘘でしょ……」


 兄さんが激高するがリースは涼しい顔のまま。

 サージュはなんとか腕を生やしていたけど、疲労が激しい……。あいつの魔法障壁は並みの攻撃じゃ崩れないそれが一撃。それをリースがやってのけたのだ、サージュを知る者は全員息を飲むのも無理はない。


 いつもと様子が違う……別人に成り代わっているのかと思い目を細めるが、リースがこちらを振り向いて眼鏡を直しながら笑った時、賢二が目を見開いて指をさす。


 『て、てめぇ……ま、さか……! お前の言う通りにしたのにこのザマだ、一体どういうことだ! だましたのか!?』

 「賢二、お前なにを――」

 『ああ、騙したよ? ラース君の踏み台になるようにね? でも、あのまま現世で死ぬよりも長く人生を謳歌できたんだ、感謝して欲しいものだね? それに、上手くやればラース君と会わずに暮らすことも……は無理か、ボクが必ず君の下へ送り届けただろうからね! あははははは!』

 『こいつ……!!』

 「あ、賢二よせ!!」


 俺の頭の中でさっき母さんと賢二が話していたことと、目の前のリースが重なり、俺は背筋が寒くなった。恐らくこいつの正体は――


 『命の恩人かつ神であるボクに手をあげるとは、恐れ多いね!! <アークレイ>』

 「ああ!? め、眼鏡から虹色の光が……!!」

 『ド、<ドラゴニックブレイズ?!!』


 殆んどギャグみたいなことをバスレー先生が吐くが、全くその通りの攻撃が賢二を襲う!

 咄嗟に魔法で反撃するが虹色光線はドラゴニックブレイズをすり抜けて賢二に刺さり、ドラゴニックブレイズは裏拳であっさり打ち消された。


 『うおお……!?』

 

 手を前に出して身を庇うが腕、足、胸を貫かれてその場に崩れ落ちる賢二。

 俺は回復をしようと駆けだしたが、リースは賢二の髪を掴んで光の刃を手から出して首に当てた。

 あれってどこかで見たような……いや、今はそれどころじゃないか。


 「今、自分のことを『神』だと言ったなリース。賢二をこの世界に送ったのはお前か」

 『ああ、そうだよ、今更隠しても仕方がないし、ラース君にこいつを倒させることも済んだ。頃合いとしてはちょうど良かったんだ』

 「か、神様って……リースが!?」

 <どういうことだ? このちびっこ眼鏡は同級生じゃなかったのか>

 

 ロザの言葉にAクラス全員が頷く。

 その中でヘレナが訝しみながら口を開いた。


 「……じゃあ学院時代からこの瞬間は思い描いていたってわけかしらねえ?」

 『いやいや、ヘレナ、そうじゃないよ。もっと前……前世の時から目をつけていたんだ』

 「前世から……ってどういうことー?」

 『いい質問だノーラ君! どれ、まだ時間がありそうだし『最初から』語ってあげようか――』


 リースは賢二を椅子にして人差し指を立てながら笑い、俺達を見渡した後にここまでの経緯を話し出した。


 『ラース君には前世があった。彼の名は三門 英雄。彼をボクはふと瞬間、見ることになってね、興味深い人生を送っていることをとても面白いと思っていた』


 ――こいつは俺が死ぬ二年ほど前から観察をしていたと言う。

 その中で知ったのは俺という人間の能力の高さに対して、メンタルが非常に弱いということに注目。それが家庭環境のせいと気づくのに時間はかからなかった。


 『驚いたよ。外では色々なことに成果を上げているにも関わらず、家へ帰るとこのクソ弟を始め、義両親にくだらない説教を受けるんだよ? しかも黙って。

 ボクから言わせてもらうと、やり方によっては社長……ああ、こっちの世界で言う王様レベルの地位に立つのも難しくないほどの能力の持ち主だったんだ』

 「ラースが王……。いや、でもそれくらいはできるかも……」

 「よ、よしてくれ兄さん……」


 ベタ褒めのリースに、兄さんが顎に手を当てて頷き、俺は照れくさくて遮った。

 だがリースはお構いなしに続ける。


 『さらに昇華させればもしかすると神に近い存在になれるかもしれないと考えたボクは、一つの計画を立てた』

 『……それが異世界転生……』

 『ご名答だ母君! あの世界での生が終われば魂はどこかの世界へと誘われる。それをこっそりとボクのところへ来るように仕向けた後に保管した。いや、あれはナイスだったよ。流石に神が横やりで命を奪う訳にはいかないから最悪寿命を待たなければならなかったからね』

 「死んだことを喜ぶなんて、とんだ神様ねえ」

 『神だって万能じゃない。欲求というものは誰にでもあるのさ。で、このまま転生させただけだとただ幸せに暮らしましたで終わる。だから魂は一度保管して今度は――』

 「賢二が死ぬのを待っていた」


 リースは目を輝かせて俺を見る。

 テンションが高く、いつもおかしな言動をしている彼女が、今はかなり異質な存在に見え、俺は冷や汗をかいていた。


 『そう。折角だからこの男も引き入れてラース君と勝負をしてもらおうと思ったのさ。今度の両親は優しくて肯定的。分け隔てなく育ててくれる人物をインプットして送った。何故か? ラース君の前世で刻まれたトラウマは払拭する必要があったからだ。……目論見は上手く行き、思った通り三門 賢二はくだらないプライドで放逐され『倒すべき悪』として成長してくれた。そしてラース君は……ああ、もうカッコいいボク好みの苦労の中で成長するヒーローへとなった!』

 <なんだこいつ……人の生を思い通りにしたというのに喜ぶのか……>


 劇場のヒロインにでもなったかのような口ぶりにロザが嫌悪感を示す。

 それは全員思ったことだろう。もちろん俺もだ。


 「全部、お前のやったことだったのか……」

 『そう! 孤児としてレッツェルに近づき、福音の降臨を紹介したのもボク! そこからいずれラース君が生まれるであろうアーヴィング家を陥れるように彼とブラオを使い、没落させたのもね。あれはいい刺激になったね。おかげで一気に成長することができたろう?』

 「ふざけるな! お前が何もしなければ父さん達や兄さんは酷い目に合わなかったってことだろうが……!!」

 『分かってくれラース君必要なことだったんだ。でも、ボクのおかげで賢二を越えていることを自覚で来た。トラウマは完全に払しょくされたろう?』

 『ぶっ!?』


 リースはクスクスと笑いながら賢二の顔を床に叩きつけた。

 こいつは自分の欲求だけのために俺達を弄んだというのか……


 「トラウマについては確かに払しょくした……だけど」

 『……だけど?』

 「お前のしたことは許される行為じゃない」

 『そういうだろうというのは予測済みかな? それならどうするんだい?』

 「このままここに留まるというなら、俺はお前を倒す」

 

 俺の言葉にリースはニヤリと口元を歪めて賢二の頭を掴んだまま立ち上がった。

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