第五百七十二話 悪魔が語る真実①


 「当たらないぞ、賢二。いや、アポスがいいか? それともこの世界での本当の名前で呼んでやるべきか」

 「……」


 粉々に吹き飛んだ壁から風雨が入り込み、雷が時折俺達を照らす。

 俺からはまだ攻撃せず、賢二がどう出るか様子を見ていると、含み笑いをしながら静かに口を開いた。


 「く……くく……まさかクソ兄貴までこの世界に来ているとは思わなかったぜ……しかもなんだ、その姿は? まだガキじゃないか。……どうして俺の方が年老いている……!! てめえが先に死んだんだ、同じ世界に来たならお前は俺より年上のはずだろうが! <ファイヤーボール>!」

 「<アクアランス!>」

 「くう……!?」


 魔法を魔法で相殺すると、大爆発を起こして煙が立ちのぼり、うっすら見えた賢二は怯んでいるように見えた。

 やはりあいつは自分の手を使って戦いを行ったことは殆んどないのだろう、この程度の爆発で怯むような人は俺の友人や人間には居ないのだ。

 しかし、小賢しいのは変わっていないようで、少し落ち着いた煙の中から大剣を手にした賢二が目の前に現れた。


 「くたばれ……!」

 「体の重心がブレている。それに、扱いが難しい大剣は握ったことが無いな?」

 「そんな細い腕と剣で受け止めただと!?」

 「……これくらい、この世界の人間で戦いを生業にしているなら当然だ。お前はそんなことも知らないのか」

 「ぐっ……! なんでてめぇがこんな力を……それにどうして俺の邪魔をする! 元弟の手助けをするのが普通だろうが……! ぐへっ!?」


 そこまで聞いてから俺は不快を露わにしてサージュブレイドを振って弾き飛ばすと、賢二は三メートルくらい飛んで行った。


 「わ、若ければお前みたいな愚図に負けないものを……何故だ、兄貴は俺より劣っていたはずだ、負けるはずはねえ!」

 「まだそんなことを言っているのか……。俺はこの世界に来ていろいろ学んだ。前世でお前や両親に虐げられていたけど今の両親は優しく穏やかで、兄弟を差別したりしない」

 「……」

 「いま思えば何を上手くやっても褒めず、ただお前だけを褒める両親はおかしかったんだな」


 目を真っすぐ見て告げてやる。

 すると、賢二は激昂しながら魔法を連発してきた。


 「うるせえ……! てめぇは愚図だ! 褒められるところなんてどこにもねえ!」

 「そうか。成績上位、絵画コンクールなどもそれなりに受賞し、努力はしたと思ったけどな」

 「お前は……俺より下じゃなきゃいけねぇんだよ!」

 「……!」


 撃ってくるファイヤーボールの間を縫って賢二に迫り、剣ではなく拳の一撃を食らわせてやると鼻血を出しながら転げまわる。


 「ああああ!? いてぇ……いてぇえ……な、なにしやがる……!」

 「俺の前世で味わった心の痛み……ってことにしとく。もう前世のことはどうでもいい。俺はこの世界が好きだし、両親も、恋人も、友達も好きだ。だからこれで前世の分はチャラにしてやる」

 「あ、ああ……な、なら、俺を見逃してくれるんだな!?」

 「それはできない。お前はエバーライドという国を亡ぼし、レフレクシオン王国を潰そうとした。その報いは受けなければ――」

 「ふざけるな! アルバートの野郎が俺を嵌めたんだ、本当なら俺がレフレクシオンの王だったはず! 取り返さなければ俺の苛立ちは消えねえ! ……ごふ!? ごほっ……ごほっ……」

 

 まだくだらないことを言う賢二の顎をアッパーで打ち上げて三度地面に転がし、胸倉を掴んで顔を近づけて睨みつけて言う。


 「……お前のくだらない復讐心のせいで何人犠牲になった……! エバーライドの国王夫妻を殺害し、福音の降臨のメンバーが裏切れば殺す。戦いに駆り出されて死んだ人もいるだろう、その責任を負うのは賢二、お前だ!」

 「お、俺は天才だ! 世界にとって有益な俺を殺すってのか!? なんの権利があって――」

 「権利は必要ない。お前は法で裁かれなければならない。それは前世でもここでも同じことだろうが……」


 見た目は年老いた男だが、中身はあの時から変わっていない。主張だけが大きく、自分のため以外には動くことのない性格はなにも。

 説教はとりあえず置いておこう、こいつがここまで弱いのであれば拘束させてもらうだけだ。


 「まあ、今はあの時のままで助かったと思っているよ。これで事件解決だ、ベリアースも仲間が抑えに行っているから、エバーライドもすぐに解放されるだろう」

 「ば、馬鹿な……!? 兄貴は俺を賢二だと知っていたのか!?」

 「いや、知ったのはこの前バーで飲んでいた時だ。あれで俺の話をしていた時に確信した。……解せないのは、どうして俺が先に死んだはずなのにお前が先に転生していたのかだが――」

 「チッ……! 嫌だ、俺はまた死にたくねえ……!?」

 

 俺の手を振り切って尻もちをついたまま後ずさる賢二。

 死ぬことに酷く怯えているようだが、一体……?


 「賢二、俺が死んだあとお前達はどうしていたんだ? 保険金やらが入ったろうから金は心配なかったはず。寿命まで生きたのか?」

 「……それは、その……」

 「……? 言いにくいことなのか?」

 「馬鹿が……! <ドラゴニックブレイズ>!」


 口ごもる賢二に違和感を感じていると、いきなりドラゴニックブレイズを放ってきた。しかし、警戒を解いていない俺に当たるはずもなく、同じくドラゴニックブレイズで相殺し、再び雨と風、そして雷の音だけになった。


 「う、ぐ……」

 「答えろ賢二。あの後なにがあった? お前はいつ、どうやって死んだんだ」


 俺が問い詰めるも目を逸らして語ることはない。

 ここで問答をしても仕方が無いかと判断したところで――


 『イッシシシ……そりゃあ言えませんよねえ。あなたのプライドが許さないでしょう』

 「……レガーロ?」


 ――何故か王都に居るはずのレガーロが闇の中から姿を現した。


 『ええ、ええ、アタシですよラースさん』

 「なんでここへ……」

 『まあ、色々ありましてねえ。ご自分で話せないようであればアタシから話しましょうかねえ?』

 「な、なんだお前は……? 俺のなにを知っている!」


 賢二はレガーロを知らないのか?

 そういえば転生した時、こいつは眼鏡をかけた女が転生させたと言っていたな。

 俺が訝しんでいると、レガーロは少し離れて俺と賢二の間に立つと、お辞儀をしながら、口を開く。


 『三門 賢二さんはあなたが死んだ時、悲しむどころか喜んでいました。これで顔を見なくて済む、と。葬儀もせず、遺体は適当に処分し、ラースさんが働いていた会社にもさして詳しい話もせず、香典を寄こせとも言っていましたか。ご両親も一緒になって』

 「き、貴様……」

 「はあ……」


 まあ、あり得るだろうなと俺はため息を吐く。

 しかし、この後の言葉で俺は絶句することになった。


 『まあ、葬儀をしなかったのは大目に見るとしてもその後はなかなかでしたねえ。『ラース』が給料を持って来なくなってからしばらくは保険金で優雅に暮らしていましたが、そんな使い方をしていたらすぐに底をつく……。『英雄』が居なくなれば稼ぎ頭もおらず、金策に困った両親は賢二さんに小言を言うようになりましたっけ』

 「や、やめろ……! こいつの前でそんなことを――」

 

 そして――


 『大学を卒業した後、働いたことがないので上手く行くはずもなく、すぐにキレて会社で暴行事件。さらにそのことで追い詰めた両親を……あなたは殺したんですよねえ……三門 賢二さん』


 ――レガーロはそう言ってにっこりと微笑んだ。

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