第五百七十一話 前世の弟と今世の兄
「そ、そんな……ラース様は?」
「今、アポスを引き付けています! 急いでください!」
「む、むう……! エリュシュ王女、これは本当ですか?」
イルファン王国のブラームス達と会った翌日、私達は行動を開始。
まず、エリュシュ王女に、私達が福音の降臨を倒しにベリアース王国へ来たことを伝え、状況によっては王女の両親たちも処分するつもりだと告げた。
最初は笑い飛ばしていたエリュシュ王女だったけど、私が目の前で【カイザーナックル】を使い、砦の壁を吹き飛ばしたことでようやく理解してもらえた。……脅迫ではなく説得よ?
納得がいかない表情を浮かべていたんだけど、そもそも福音の降臨を受け入れた国王がアポスを好きにさせていることでレフレクシオン王国に被害があったことを話してあげた。
実際、私はラースと旅をしている間に色々とあったからね。
さらにエバーライドを落とし、どれだけの人が犠牲になったのかを語ると崩れ落ちるように、泣いていた。可哀想だけど容赦はしない。
だけどエリュシュ王女はその事実をよく理解していない。息子で王子のイーガルも。
なので私は迫った。正しくあるか、両親と共に沈むか。
そして彼女がとった選択は――
「エリュシュ=ベリアースの名にかけて嘘ではないと進言しますわ。福音の降臨は我が国を蝕む存在……父上の目を覚まさせなければなりません。それでわたくし達が失脚したとしてもあなた達の身の保証は嘆願するつもりです。しかし、それもアポスを捕えてからのこと、皆さんご協力をお願いしますわ」
――彼女は三つ目の選択である『両親と共に罪を受け、それでいて尚、生きていく』ことに決めたのだ。
今までの生活から贅沢ができなくなれば相当苦しいに違いない。それでも、両親には正しくあって欲しい、目を覚まして欲しいと辞めさせるつもりだと言う。
その真剣な言葉に、その場に居たベリアースの兵士達は困惑するが、責任者のボルデンさんが一度目を閉じ、しばらくしてから活を入れた。
「静まれぃ!! 王女の決めたことならば我らはついていくより他はない。悟られぬよう、ゆっくり脱出だ」
「「「ハッ!」」」
その瞬間、兵士達は敬礼をして身を引き締めると移動を始める。
「はは、マキナ様達は大胆だな! レフレクシオン王国からの刺客ってのも驚いたが、少人数ってのがな。ま、あの腕ならやれそうだしなあ。ラース様は?」
「今はひとりでアポスを引き寄せています」
「かーっ、すげえな……俺もあいつに嫌な目に合わされた。それに、仲間もな……」
そんなことをすれ違うたびに色々な人から聞く。
憤慨して睨みつけてくる人も居たけど、この状況が分からない人は、誰も居なかった。
静かに、そして迅速に進めていく。
「……後はラース君だね。一人で大丈夫かな、サージュ?」
<ああ、大丈夫だ。これは天の采配だろうか? これはラースがやらなければならない。そう、思う>
「……」
『もし、ラースの話が真実ならここは任せるべきだろう。しかし、偶然にしては――』
どこからか現れた訝し気キムラヌートが口を開くが、すでにことは始まった。全ては決着がついてから。
任せたわよラース。
こっちが片付いたら、必ず助けに行くから……!!
◆ ◇ ◆
「ふん、ようやく教える気になったか。この前の酒は高かったしな、気に入ったのか?」
「……」
イルファン王国のブラームス達と邂逅した翌日、俺達は準備を進めていた。
俺の役割は魔法を教えると言って砦の中にある訓練場へアポスを呼び出すこと。
何故、外ではないのか?
それは、外は大雨に見舞われているからだ。
逃げ出すとなると厳しいこの状況は好機と見るべきか? どちらにせよ、降ろうが降るまいが、やることは変わらない。
今頃、マキナがエリュシュ王女にこのことを告げ、砦に居る人間を避難させているはず。
さあ、始めよう……目の前に居るアポスと決着をつける時間だ。
俺は深呼吸をしてアポスへ話しかける。
「……お前は、前世の記憶を持っている。そう言ったな?」
「あ? なんだと?」
「記憶を持っている、そう言ったな」
「チッ、なんだ一体? そうだ、こんな文明レベルが低いところじゃなくてもっといい場所だったぞ! それがなんだ? 口の利き方に気をつけろ」
俺の話し方が気に入らなかったのか、激昂するアポス。その顔を見ながら、さらに続ける。
「前世の場所は地球で国は日本。父親は三門 雨立、母親は三門 夜子……違うか?」
「……!? ラース、お前は、一体……!」
「そしてお前の名は……三門 賢二だな?」
「貴様、何者だ……!!」
その名を口にした瞬間、アポスは目を見開いて奥歯を噛みしめながらファイヤーボールを放ってきた。
俺はそれを体さばきだけで回避し、口を開く。
「俺か? ……そうだな、一つ質問をさせてくれ。お前には兄が居たと言っていた、両親にとってもいい兄ではなかったらしいが、それは今でもそう思うか?」
「な、なんなんだ……お前は……どうしてそんなことを……ま、まさか」
雨の音が激しくなり、雷も鳴り始めた。
開け放しの窓から雷の閃光がカッと光り、俺達を照らす。
「俺の名前はラース=アーヴィング。記憶を持ったまま、この世界に生まれ落ちた。前世の名前は……三門 英雄!」
「……! やっぱりか! <アクアランス>!」
「無駄だ!」
「うお……!?」
気合い一閃、ファイヤーボールで迎撃して大爆発を起こす。
それに驚き、冷や汗をかきながら、アポス……いや、賢二は俺を見る。
俺は対抗戦でもらったオブリヴィオン学院のローブをカバンから取り出して羽織りながら告げる。
「そういうことだ。前世と変わらないんだな、お前は」
「だ、誰に向かって口を聞いてんだ、兄貴だと……? あのクソみたいに人のご機嫌を伺って愛想笑いを浮かべていたヤツがてめぇだって言うのか!」
「そうだ」
「ふざけるな! <ドラゴニックブレイズ>!!」
そうくるだろうと思っていた俺は、手の向きを確認して回避する。
直後、訓練場の壁が粉々に吹き飛んだ――
◆ ◇ ◆
「凄い雨ー!!」
「もう少しです、ラディナ頑張ってください!」
「ぐるぅぅ!!」
「あ! 見て!」
「あれは、ドラゴニックブレイズ!」
雨で顔に貼りつく髪を拭いながら、僕はラディナの手綱をしっかり握り御者を務める。
あと少し……砦らしき影が見え始めたころ、白い竜の形をしたものが砦から飛び出したのだ。
「ラース……!」
「戦いは始まってましたか……!」
『やれやれ、そのようですね。イシシシ! ……すみませんバスレー、アタシは先行させてもらいますよ!』
「はあ!? レガーロ、あなた何を――」
バスレー先生が一人芝居を始めと思った瞬間、先生から見たことがない女性が飛び出し、ものすごいスピードで砦へと向かった。
「あれが、レガーロさん?」
「ええ、なんだか焦っているような気がしましたが……嫌な予感がしますね」
「ごめんラディナ、急ごう! お前の主であるラースが心配だ」
「グルォォォォ!!」
「わ!?」
僕の言葉を聞いたラディナはさらに速度を上げる。
到着した……僕を見たらラースは怒るかな? ま、それも悪くないか、僕より強かろうと賢かろうと、僕はラースの兄ちゃんだ。弟を助けるのに理由は……いらないよね……!!
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