第五百七十話 強襲、その前日


 打ち上げ花火がなったということイルファン王国のブラームスが来た合図。

 俺は早速マキナを連れて例の草原へと飛び出していく。


 アポスはバーに居るため今日は安心して行けるなと、マキナを抱えて先ほど見えた花火の位置へと向かってレビテーションで飛んでいくと、小さな灯りだけでイルファン王国のキャンプに到着した。


 「こんばんは、ラースです」

 「お、流石に早いな。入ってくれ」

 「失礼します」


 俺とマキナがテントに入ると、ブラームスとこの前の騎士が二人と、灰色の髪をした大男と中華風な衣装をまとった女の子が増えていた。


 「こちらは? ……もしかしてファスさんの?」

 「ハインドさん、ですか?」


 俺とマキナが恐る恐る聞くと、腕組みをして俺達を見下ろしていた大男ニッと口の端を上げて笑った。

 そして俺達の肩に手を置いてから見た目通りのバカでかい声で話しかけてきた。


 「おう! お前らがファスの弟子か! 細いな、ちゃんと飯食ってんのか? はっはっは! 俺がハインドだ、よろしくな!」

 「やっぱりそうでしたか。俺は弟子じゃないけど、こっちのマキナが弟子ですよ。俺はラースと言います」

 「敬語なんていらねえよ。へえ、お前さんがねえ」

 「は、はい、ファスさんにはお世話になっています!」


 マキナが姿勢を正すと、ハインドさんは真顔になって顔を見る。

 そして、ニヤリと笑って口を開く。


 「チッ、美人じゃねぇか。ファスめ、いい弟子を持ったな。だが、俺も負けてねえ! おい、シャオ挨拶をし……痛い!?」

 「師匠が名前を言ったら意味ない。ワタシはシャオ、西の大陸‟西桜の国”出身。お前は?」


 ちょっときつめの目をした黒髪の女の子がハインドさんの脛を蹴ってマキナの前に立つ。

 和装のような中華のようなさらりとした服が印象的な子で、俺達とあまり変わらない身長だ。髪はマキナと違いショートカットである。


 「私はマキナ。レフレクシオン王国はガスト領出身よ、ハインドさんのお弟子さんね、よろし――」


 マキナが握手を求めるとシャオはそれを払い、口をへの字にしてマキナに顔を近づける。一触即発かと騎士達と俺が息を飲む中、シャオが口を開く。


 「お前、彼氏はいるか?」

 「は?」

 「いるか、居ないか?」

 「え、えーと……こ、ここに居るラースがそうだけど」


 マキナがそう言うと、目を大きく見開きグルンという音が聞こえてきそうな勢いで俺に向き、今度は俺に顔を近づけて目を細めてきた。


 「な、なんだい?」

 「……」


 無言のまま踵を返すとハインドさんに近づき、


 「師匠……ワタシの負け……あいつ彼氏いる……!」

 「いてっ!? 蹴るな蹴るな! 俺のせいじゃねえだろう」

 「師匠がワタシを連れ回すから彼氏できない! だから師匠が悪い!」

 「いてっ、いてっ!? なら、奪えばいいだろ、ラースだっけ? 結構いい男じゃねぇか」

 「……!」


 なんてことを言い出すんだこのおっさん!?

 それを聞いたシャオがまた首をぐるりと動かし、俺にロックオン。とんでもない足さばきで移動したかと思った瞬間、マキナが立ちはだかった。


 「ラースは渡せないわ」

 「よく顔を見たい」

 「ダメよ」

 「ワタシ、力づくでもいいよ」

 「できるかしら……?」


 二人がにらみ合い、お互いの背中に龍虎が見える……!

 これは血を見ることになりそうだし、第一こんなことをしている場合じゃないということで俺は慌てて止めに入る。


 「ストップだ二人とも! 俺達はブラームスと話をしにきたんだ。あまり時間もない、余計な波風は経てないでくれ」

 「ダメ。こういうのは今すぐ決着をつけるほうがいい!」

 「おっと……! 鋭いな」

 「避けた……!?」

 「ほう」


 いきなり蹴りを放ってきたシャオ。

 ファスさんやティグレ先生ほどの脅威は感じず、すんなりと避けることができた。それを見て飛び掛かろうとしたマキナを抑えると、同じく俺に仕掛けようとしていたシャオをハインドさんが掴まえていた。


 「助かるよ。ごめん、ややこしくなっちゃって」

 「はっはっは、元気なお嬢ちゃん達だぜ、まったく。とりあえず、こっちの報告からさせてくれ」

 「お願いします」


 俺が頷くとブラームスは煙草を捨ててから顔を俺に向けると、スラスラと始めから決めていた言葉とばかりに口をつく。


 「俺達イルファン王国は様子見を決めた。なので、この前の半分以下の戦力しか持ってきていないから役に立つかどうかわからん」

 「まあ、仕方ない。邪魔をされなければそれだけでいいくらいだったしな」

 「代わりに、俺が見届け役として遣わされた。福音の降臨を潰すことが出来れば、我が国からもお礼をしたいと陛下から仰せつかっているぜ」

 「つまり、怪しいから手出しは殆んどしないけど、本当だったらご褒美があるってことですか?」


 マキナがそう言うと、新しいタバコに火をつけながらニヤリと笑う。

 

 「まあ、福音の降臨が居ないエバーライドを制圧するのは簡単だろうとの判断だな。向こうには俺が信頼している副長を向けるから安心してくれ。戦力は精鋭1300人ってところだな」


 得したのかは微妙なところだけど、エバーライドに向かってくれるのはありがたい。アポスを取り逃がすことは無いようにしたいが万が一がある。


 「なあに、ワシとシャオが教主とやらを相手するお前達についていく。ファスが参加しているということはそいつは悪で間違いないだろうからな。シャオ、修行の成果を見せてもらうぞ」

 「わかっている、師匠。それとワタシの雄姿を目に焼き付けて惚れろ、ラース」

 「めちゃくちゃ言い出したな……もうお腹いっぱいだから他の誰かに惚れてくれ」

 「あはは……」


 俺はハッキリと拒否してやる。これ以上面倒ごとを増やしたくないしね。

 

 「それじゃエバーライドにはいつ向かう?」

 「早朝にでも頼めるかい? 俺達は砦の人間を避難させてから、アポスへ攻撃を仕掛ける」

 「了解だ、ラース。合図は?」

 「砦の一部を魔法で吹き飛ばす。けど、草原に追い出すつもりだから近くまで来てくれれば」

 「承知した。マキナ、決着は預ける」

 「いやいやいや、そのつもりは無いから!?」


 俺の言葉にブラームスを含む騎士達が頷き、意思決定が確定した。

 決戦は明日、か。


 「……これで最後ね」

 「ああ。個人的にも、あいつは俺が倒すべき敵だ。気を引き締めて行こう。アポス自身は大して強くない。短期決戦でいけるはず――」


 俺は前世の弟、『三門 賢二』の顔を思い浮かべながら最後の戦いへと赴く覚悟を決めた。

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