第五百六十二話 現実と虚飾
特にケガも無く……と言いたいところだが、俺達以外の兵士や騎士はそうもいかなかった。
「回復魔法は重傷者を優先しろ! 軽傷者はポーションだ、消毒はしておけよ!」
「うう……あいつ死んじまった……」
「くそ……野郎のせいで……」
総勢で五百人は出ていただろう。
しかし、アポスのドラゴニックブレイズで薙ぎ払われたので五十人足らずが帰らぬ人となっていた。
腕や足を失くした人もおり、血の道を作りながら砦へと帰還してくる。
「マキナ達は先に休んでていいよ。俺はヒーリングをみんなにかけて回る」
「ううん、一緒に居るわ」
「そうだよ。出来ること、あるよ?」
マキナとクーデリカが悲しい表情で俺にそう言いついてきた。その直後、後ろから黄色い声が聞こえ、俺達は振り返る。
「ラース様、おかえり――う……」
「エリュシュ王女、ここは良い場所ではありませんよ。お引き取りください」
「え? そんな……血? 腕が……」
「部屋へ戻ってた方がいいよ、こういうの慣れてないでしょ」
クーデリカが腕を掴むも、エリュシュ王女は固まって動かず、よく見れば小刻みに震えているようだ。
戦いなんて見たこと無いだろうし無理もないが。
「あれは……死んでいますの……? だって、ベリアース王国の戦士は無敵だとお父様が……」
「そんな訳ないわ。戦って確実なことなんて何一つない。命があるだけマシだってことよ」
「死……だってそんなこと一言もお父様は……」
そこで俺はヒーリングをかけながらも我慢できなくなり声を上げる。
「これが現実なんだエリュシュ王女。君の着ているドレスも、豪華な食べ物も、城の安全も、みんな彼らや町の人達に支えられているんだ。俺を好きだとか言う以前に、君はちゃんと自分を支えてくれている人たちを見てあげていたのか?」
「う、うう……」
<ラース、それくらいにしておけ。彼女も悪意があって知らなかった訳ではない>
サージュに諫められて俺は再び回復活動に戻る。
……俺は前世で虐げられたけど今世で本当に色々な人に助けられてきた。
両親家族、マキナ達学院の友人、ギルド、各領地の人など、数えきれない。
だから『こういった現実』に目を向けていないことに腹が立ったのだ。
いくら魔力が高くても、剣技があっても一人で生きていくのは難しいし、寂しいと思う。
怒鳴りつけなかったのはサージュの言う通り、国王である父親と母親の育て方なら仕方ないとも考えたから。
生まれというのは自分では決められない。
それこそ、前世で食い物にされ、最初は貧乏だった今世を顧みると分かる。
「それじゃエリュシュ王女は私とクーデリカで連れて行くわ」
「うん、頼むよ。俺は治療を終えたら戻る」
「さ、行こうエリュシュ王女」
「は、はい……」
「ロザも頼める?」
<承知した>
二人が連れ立っていくのを横目で見ていると、残ったサージュが声をかけてきた。
<珍しいな>
「別に、ちょっと可哀想だと思ったけどさ」
<ふむ、思うところがあったか?>
そう言われて、確かに思うところはあったと気が付く。
原因となった人物を探すため視線を動かすが、見当たらない。
「……アポ……教主サマはどこだ?」
<早々に引き上げていたぞ。まさかドラゴニックブレイズを使えるとは思わなかったな>
「あれは俺のを見て覚えたらしい。即興で古代魔法を使えるようになるってことだ。オートプロテクションは特殊だから覚えられないと思うけど、あいつには色々見せない方が良さそうだ」
<むう【天才】は伊達ではないのか>
サージュの言い方に少し引っかかりを覚えるが今は考えなくていいだろう。
今夜のことを話そうと思った矢先、ボルデンが笑顔で近づいて来た。
「おお、ラース殿だったか? 回復魔法を使えるのですな! ありがたい、前線で隊長クラスと戦っておられたようだし、今夜のお食事は期待してください!」
「あ、はい、ありがとうございます」
「……それに引きかえ教主殿はなにを考えているのか……味方ごとなど許されるものではない」
「ええ」
<いつもあんな感じなのか?>
「戦場に出ること自体初めてではないでしょうか。少なくとも私はみたことありませんな。陛下もあんな怪しい男を……おっと、今のは内密に……。あ、おい、そっと運べそっと!」
ボルデンは腹を揺らしながらこの場を去っていく。
内部でもあまりいい印象はないようだな。
その後、俺は兵士に回復魔法をかけ続け、なんとか治療を終えることができた。
さて、夜のことを考えないといけないな――
◆ ◇ ◆
「大丈夫? ラース君はああ言ってたけど、慣れないと血を見るのは怖いよね」
「……そこは優しいんですのね」
「ま、ラースを狙う以外は別に気にしないもの。とりあえず私達はああいう戦いに身を置いているわ。ラースのことを抜きにしても、王女様にはついてこれないと思うわ。スキルが何なのか知らないけど」
「むう……。でも、ラース様やあなた達の言う通り、わたくしは周りが見えていなかったことがよく分かりましたわ。スキルは【歌姫】です。戦いの役には立ちませんね」
私とクーデリカでエリュシュ王女を部屋で休ませるため連れ立って歩きながらそんな話をしていた。
血と欠損、そして死。
私もあまり体感したことはないけど、オリオラ領やグラスコ領、サンディオラの戦いで幾分耐性がついていたのでまだ平気だ。
クーデリカは魔物との戦いが主だけど、戦闘回数が多い。そのため血などには強いみたいね。
「【歌姫】……いいじゃないですか。得意な歌とかで兵士に聞かせてあげたら鼓舞できると思いますよ?」
「そうかしら?」
「うん。エリュシュ王女はあれを見てもなにも感じない? 自分のために戦ってくれる人たちを」
クーデリカが厳しいことを言う。
この子はほわっとしているようで結構シビアな考え方をするのよね。ラース争奪戦でルシエールよりも強敵だったし。
「……わたくし、お父様に話をしてみますわ。イルファン王国を狙っているようですが、民を傷つけて手にれるそれに意味はあるのか、と」
「いいかもね。争いなんて無い方がいいもの。あ、今度、歌を聞かせてくださいよ」
「ちょっと恥ずかしいですけど……」
「まあ、ラース君は渡さないけどね!」
「いや、あんたのでもないからね、クーデリカ?」
「ふふふ、いいですわね、お友達というのは」
そう言った彼女は我儘な王女よりも普通の女の子に近い顔だった。
ラースの言葉にもなにかくるものがあったのかもしれない。
……そろそろティグレ先生達がベリアース王国に行くころか。
エリュシュ王女には悪いけど、私たちの計画は進んでいく。
だけどそれは私たちの考えるものとは違う方向へ転がっていくことに、まだ気づいていなかった。
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