第五百五十九話 戦争の始まり


 「……」

 「どうしたのラース? 眠そうだけど」

 「なんでもないよ。ふあ……とりあえず毒は入ってないから食べていいよ」

 「はーい!」

 

 あの夜、キムラヌートとの戦闘後に砦へ戻るとエリュシュ王女とアポスがにらみ合っているところに出くわした。

 

 ……どうやら話を聞く限りあの『刺青』で手駒にしようと近づいていたらしい。

 俺が抜け出したことはバレて居ないようだったが、面倒なことにならずに済んだと胸を撫で下ろしたものだ。

 

 何故か?


 もし俺が居たら戦いになるだろうし、間に合わなかったとしてもサージュが起きていたのでどちらにせよカチ合っていたからだ。

 まあ、エリュシュ王女があそこで俺達を庇うとは思わなかったけど。

 なんだかんだでマキナとクーデリカとは歳も近いし、馬車で言い争いはしていたが、彼女は楽しそうだったのは友人が居ない王女と言う立場のせいなのかもしれない。


 それはさておき翌日は荷物運びも終わり砦内を案内されていた。

 砦の壁内に通路や部屋があり、中はそれなりに広い。

 正確な総人数は分からないけど、攻めてくる相手と戦わなければならないので少なくはないと思う。

 

 「昨日も見たけど、怪我人が多いですわね」

 「そうね……。小競り合いは多いんですか?」


 「ええ、お恥ずかしながら調子づかせてしまっておりますわい。どちらかと言えば向こうの方が本国の城に近いですし、こちらは物資の受け渡しでも結構日数がかかりますからな」


 俺達はアポスとエリュシュ王女と砦を巡るが、やはり事態はあまり芳しくないらしい。

 マキナの質問に責任者である小太りの男……名をボルデンというらしい、彼が汗を拭きながら困ったものだと口を開く。

 回復魔法が使える人間も限りがあるので戦闘が長引けば厳しい、と。


 <どうするのだ? ここに居ては戦闘に巻き込まれるぞ。王女になにかあったら大変なのではないか?>

 「ふん、それはエリュシュ王女も承知で来ている。そうですな?」

 「ええ、その通りです。鼓舞くらいはできますから」

 「役に立ってないよね、それ」

 「なんですって?」


 腰に手を当てて鼻を鳴らすエリュシュ王女にクーデリカが目を細めて笑うと、腰に手を当てたまま口をへの字にしてクーデリカを睨む。


 <お子様たちは放っておいて、教主サマ私達はこれからなにをすればいいんだい?>

 「「な!?」」

 「そうだな……とりあえずは治療と食事当番をやってくれ。負傷者のせいで本当に人手が足りないらしい」

 <ふむ、承知した。ラースやマキナは料理が得意だから丁度いいかもしれないな>

 「それは助かります! では厨房に――」


 小太り責任者のボルデンが笑顔で案内をしようとしたところで、伝令が走ってきた。


 「ボルデン様! 来ました、イルファンの奴らです!」

 「くっ……頻度が上がっているな……。迎撃だ、上から射ぬけ! 怯んだところで騎馬を出すのだぞ!」

 「はい!」

 

 伝令はすぐに敬礼をして立ち去り、戦闘開始の合図らしい鐘が鳴り響く。

 ボルデンがアポスへ向き直り、懇願してきた。


 「アポス殿、あなたの部下キムラヌートは強いと聞いております! 是非救援を!」

 「ふむ、良かろう。ラース達も行くのだ」

 「分かりました」

 「早いな、もう少し考えるかと思ったが」

 「こういう荒事なら信用も得やすいですし」

 

 アポスはここで俺がごねると判断したのだろう、訝し気な目を向けてくる。が、事態は一刻を争うので俺は言う。


 「急がないとまずいですよ教主様」

 「……そうだな。行くか」

 

 アポスは踵を返し、準備のため俺達も部屋へ。

 武具を装備し、草原側の出口を抜けると、すでに戦いは始まっていた。

 

 「さて、どうするか……」

 「俺が前線に行きます、マキナ達も連れて行きますがいいですか?」

 「む、やる気だな。いいだろう、忠誠心を見せてもらおうか」

 「それじゃ行こう、みんな」

 

 俺が声をかけると、それぞれ返事を返してくれた。


 「オッケー!」

 「もちろんいいよ! 頑張ろうねサージュ」

 <うむ>

 <私も剣を使うのは初めてだしな、頑張ろう>


 ロザとサージュが俺達以外で戦うのは初めてだから少し不安だが、ここはアポスの信頼を得るのと、イルファン王国を味方につけるための条件をクリアできるかもしれないのだ、ここはやるしかない。


 「頑張ってくださいね、ラース様♪」

 「出て来ないでくださいよエリュシュ王女!」

 

 嬉しそうに言うエリュシュ王女に釘を刺して俺達は駆け出す。

 弓を持つものは……今のところ見えない。


 『どうするのだ?』

 「ひゃ、びっくりした!?」


 いつの間にか俺の横で並走するキムラヌートにクーデリカが驚く。


 「いきなり出て来るなよ。俺が牽制で魔法を撃つ、悪いけど相手は殺さないでくれよ」

 『ふん、難しい注文をする。まあいい、なにか考えがあるようだな』

 「まだお前を信用していないから言えないけど、まあね」

 『いいだろう。戦闘不能にしてやる』

 「頼んだよ! <トルネードブレス>」

 

 修行して会得した魔法をぶっつけ本番で放つ俺。

 ガストの町であった兵士との集団戦で、ドラゴニックブレイズ以外に広範囲で攻撃できる魔法を持っていないなと思い、バスレー先生の友達で大臣のアンナさんに教えて貰った。


 「うおおおお!?」

 「風が……!」

 

 こちらに攻め入る敵の足止めに成功し、俺はみんなへ合図する。

 

 「俺は後方から援護する、隊長格が居たらそっちに向かうからその時は引いてくれ」

 「了解! さあて、修行の成果、見せちゃうよー! 【金剛力】!」

 「殺しちゃダメだからねクーデリカ。おっと……雷塵拳!」


 「ぐあ!?」

 「よ、鎧から雷が!?」


 先手を取ったのはクーデリカとマキナ。

 クーデリカの一撃は剣をへし折り、相手を凄い勢いで吹き飛ばし悶絶させた。

 マキナは剣を回避し、返す刀の前に懐へ飛び込み技を決めていた。


 「よし、俺も<ウォータジェイル>!」

 「くっ、鎖が!?」

 <とう!>

 「あが!?」


 うん、サージュも問題なしだな。ロザは――


 <ハッ! とう!>

 「は、速い!? くっ……!」

 <はっはっは、手数なら負けんぞ!>

 「おお、ズボンのベルトだけをだと!?」


 レイピアに似た刺突剣で兵士を翻弄していた。

 中々いい感じ……というかサージュより動きがいいような?

 ま、緊張もなく戦えているから大丈夫か。


 「さて、相手の責任者は……と」


 俺は目線を好きなく動かし、観察を始めた。

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