第五百五十話 暗躍と福音の降臨
「お父様、わたくしラース様がとても欲しくなりましたわ!」
「どうしたんだいきなり……?」
ラース達が出かけた一方、エリュシュ王女は父であるギルガーデンの執務室へ突撃を仕掛けていた。
最初に会った時から同年代の男で、顔も悪くなく、自分に対してあそこまで辛辣に叱咤するラースに興味が湧き、相談に来た。
執務を行っていたギルガーデンは、可愛い娘が久しぶりに頼みごとをしてきたことに驚き、手を止める。
そんな戸惑いは気にも留めず、エリュシュは興奮気味にギルガーデンの手を取る。
「先ほどラース様とお出かけをしようとしたんです。そうしたら、拒否されましたの」
「ほう……あの男か。そういえば謁見の間でも私に意見をしていたな……」
「あら、そうですの? わたくし権力に媚びずハッキリと自分の考えを言う殿方に出会ったのは初めてですわ。……彼を伴侶にしたいと考えるくらいに」
不敵な笑みを浮かべて唇に指を当てて目を細めるエリュシュ王女。
母親に似てきたなと苦い顔で考えるギルガーデン。
「言うことを聞かせるにしてもアレは福音の降臨だ、結婚などとてもじゃないが許可ができない。それに恋人は二人いたようだが?」
「イーガルに任せる……と言いたいところですが、ラース様がそれを知ったらわたくしを許さないと思います。なので、アレらに実力で勝って見せますわ」
「そこまでか……」
正直なところ、福音の降臨……アポスには感謝をすると同時に疎ましく思う部分が大きいため、入信したラースと可愛い娘を一緒にすることに難色を示していた。
アポスはエバーライドを手に入れるまでは良かったが、そこから数十年レフレクシオン王国への侵攻ばかり考えて国に対して尽力している様子は無く、あくまでも協力関係の間柄で国と対等な立場というのも面白くない。
現在、小競り合いと探り合いが続いているイルファン王国も十神者を使い蹂躙すれば良いと考えるが彼は動かないのだ。
「(奴には戦力がある。国王である私を舐めている節もあるか……しかし、逆らうには相手が悪すぎる)」
娘が我儘に育ったことについては目を瞑り、引っかかるのはやはり福音の降臨の信者ということ。
しかし、ギルガーデンは一つ、ひらめきを得た。
「(……なにか失態を誘発させてやれば大人しくなるか? イルファン王国との小競り合いが使えそうだな)」
エリュシュをラースから引きはがしつつ、アポスへの牽制。
その二つを両立できるかもしれないとギルガーデンは胸中でほくそ笑む。
そこで執務室の扉がノックされた。
「私だ、話がしたい」
「アポス殿か、娘が居るがいいか?」
「構わない」
「いいんですの?」
「ああ、お前にも関わる話かもしれん」
「?」
エリュシュが首を傾げる中、アポスが入ってくる――
◆ ◇ ◆
「……暇だねー」
「仕方ないよ、今日は雨だしボランティアもできないからな」
「あのおばあちゃん、私達が行くと嬉しそうだったから残念ね。ガストの町のご夫婦を思い出すわ」
ベリアースに到着してから早1週間が経過していた。
幸いなことに町に出る許可はもらえており、福音の降臨としてボランティア活動を行っていたりする。
まあ名目上は、だが。
一番の目的としてはやはり調査で、地形は把握できたので次はアポスや国王といった人物、町の人間はどういった人が生活しているかを自分たちの目で確かめることにした。
さきほどマキナが言ったような老夫婦の買い物の手伝いなどをしていたけど、町の3割くらいは福音の降臨の名を出すとあまりいい顔はしなかったのが印象的だ。
それも無理はなく、俺達以外の福音の降臨メンバーは結構横柄な者が多いからだ。
「はっはっは、この国が守られているのは福音の降臨のおかげ、アポス様のおかげなのだ。この町でボランティアなどやる必要はないだろう?」
といったことをいう人間がいたので、概ねそういう考えが福音の降臨メンバーのようである。
エバーライドを手に入れたということと十神者の存在がメンバーを増長させているのかもしれないな。
まあ、そんなわけで俺達は揃って町へ出てそんなことをしていた。
国王の評判は……うん、まあそれなりかな……良くもなく悪くもなく。ただ、税金が高いのと戦争は勘弁してくれと言う声は大きい気がする。
「雨、やまないねー」
「くおーん」
「お散歩行きたいのねアッシュ」
「くおん」
クーデリカと一緒に窓にかじりついていたアッシュがマキナの言葉に反応し、寄ってきた。
「リューゼ達はそろそろエバーライドに着くころかな」
「そうね、エバーライドはもう少し遠いし、そうだと思うわ」
大雨なら移動も大変なので気がかりだ。アッシュの背中を撫でながらそんな話をしていると、椅子に座っていたサージュが口を開いた。
<しかしもう一週間経つがどうする? アポスにも動きはないし、バチカルも姿を見せない。残りの十神者のことも気になるが……>
「そっちはレッツェルがあたっているみたいだから任せるしかないかな。……直接アポスに会ってもいいけど」
<動きが無いと退屈だな。どうしたものか>
ロザが肩を竦めると、直後に俺達の部屋がノックされる。
すぐに喋るのを止めて全員が扉見ると、外から聞きなれた声が聞こえて来た。
「僕ですよ、ちょっとまずいこと……いや、面倒なことになりました」
「入ってくれレッツェル。まずいことってなんだ?」
「失礼しますよ。ええ、詳しいことは今から謁見の間で話があると思いますが……ラース君達は国境付近で兵士たちのお手伝いをしてもらうことになったようです」
「は?」
「ど、どういうこと?」
「兵士たちの……食事の準備とか、かなあ」
予測する間もなく、俺達はレッツェルに連れられて謁見の間へ向かうことになった。
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