第五百三十七話 旅立ちまで後一日


 ――レオールさんの訪問から少し経ち、ヴィンシュに頼んでレオールさんの故郷へ向かった。


 そこには前世で言うところのキッチンカーみたいな馬車を回収した。これなら大人数や多くの荷物を乗せておけるので、荷台から商売ができるという恐らく世界にレオールさんしか持っていないであろう。

 難点は馬が二頭だけでは引くに引けないため、馬を増やすか荷減らすか、はたまた移動用の馬車をもう一台用意する必要がある。故にお蔵入りにしていたらしい……。

 そんなレオールさんによる行商人組のレクチャーやリューゼ達との最終調整を終えて、明日はいよいよ俺達が先駆けてベリアース王国へ向かうことになる。


 ……はずだったんだけど、少し困ったことが判明して俺は自宅の庭で腕組みをして悩んでいた。


 「ぐるる」

 「わふ!」

 「……」

 「くおーん!」


 そう、魔物達だ。

 アッシュは連れて行くとして、ラディナとシュナイダー、それとロックタートルをどうするか? という問題にぶつかったのだ。

 いつもなら馬のジョニー達と一緒に連れて行っていたけど、流石に潜入捜査でラディナとシュナイダーはでかすぎる。

 最初はルシエール達の荷台を引いてもらえば、という意見がマキナから出たものの、テイマー資格を持たないためそれは難しい。


 で、施設に預けようとしたんだけどまったく動く気配がない。動物病院の予防接種を見越して嫌がる犬や猫のようだ……


 「今回はお前達は連れて行けないんだ。で、いつ帰って来れるかも分からないから餌が与えられない。だからテイマー施設で待っていてくれないか? 必要な時になったら【召喚】で呼ぶからさ」

 「ぐるぅ」


 その瞬間、そっぽを向くラディナは置いて行かれるのを嫌がっているようだ。

 

 「うーん、実家なら居てくれるかな?」

 「がふ」


 最悪、ノーラの居る実家なら大丈夫かと思ったけどマキナの言う通りシュナイダーもお座りのまま動こうとしない。


 「俺とは一緒に行けないけど、リューゼかルシエールと一緒なら行けるかもしれないけどどうだ?」

 「ぐるる!」

 「お、それはいいみたいだな」


 そっぽを向いていたラディナが俺に鼻をすり寄せてくるのを見てファスさんが笑顔でそんなことを言う。


 「気持ちは嬉しいけど、テイマーの資格持ちが誰も居ないからなあ……」

 「難しいんだっけ?」

 「俺はラディナやシュナイダーのおかげですぐにもらえたけど、本来は段階を踏んで野生の魔物をテイムする必要があるんだ。今すぐにもらえるのは多分ノーラだけだと思うよ」

 「ならノーラも連れて行くか?」

 「簡単に言うけど、新婚夫婦で領主の息子を別の国に連れて行くわけにはいかないって」


 流石に温厚な兄さんでも止めると思う。それは俺もそうだけど、すでに家は出ているから兄さんよりもまだ融通が利く。

 

 「やっぱりラディナとシュナイダーは施設に入れるしかないな……」

 「グオオオン!?」

 「あおおおおん!!」


 二頭の背中に手を置いて宣告すると、ぎょっとした顔で大きく叫ぶ。しかし、こればかりは仕方ないので尻を叩いて入口へ連れて行く。


 「くおーん……」

 「……」

 「ロックタートルは大人しいわね」

 「こいつはいつもなに考えているかわからないしね。それじゃ行くよ」


 マキナにアッシュ、ファスさんにロックタートルを連れてもらい、俺はラディナとシュナイダーを引いてテイマー施設へと向かい、仕事をしているルシエラの下へ。


 「いらっしゃいませ! って、ラースとマキナじゃない。どうしたの? 私はちゃんと働いているわよ!」

 「別に疑ってないって。ルシエラはなんだかんだで真面目だし」

 「そ、そう? それならいいけど……」

 

 ルシエラが顔を赤くして腕を組んでいる傍ら、ちょうど講義が終わったタンジさんが出てきて口を開く。

 

 「おお、ラースか! 今日はどうした? そろそろ出発するころだろ?」

 「うん。こいつらの世話をお願いしようと思って連れて来たんだ。もちろん世話代は払うよ」

 「くぅーん……」

 「あら、なんだか暗いわね?」

 「実はね――」


 ルシエラがシュナイダーの頭を撫でながら眉をひそめ、マキナが事情を説明する。


 「なるほどね、ここもいいところだし大人しく待ちなさいよ」

 「ぐるぅ」

 「……嫌みたいね。アッシュは連れて行くんだからこの子達もいいんじゃないの?」

 「二頭ともランクで言えばかなり上の強力な魔物だから警戒されると思うんだよ。特に国王は小心者らしいから」

 「あたし達じゃ資格が無いからティグレチームもあたしのチームにも連れて行けないんだよね」

 「そっかぁ。なら私とお留守番しましょう」

 

 ルシエラが笑顔で二頭を撫でると、観念したのか大人しく奥の方へと移動する。


 「ぐるぅ……」

 「わぉぉん……」

 「ごめんな、なるべく早く帰ってくるか、いざってときに呼ぶからな」

 「ほら、お前も行けって」

 「……」


 庭と同じくらいの広さがある柵の向こうへ入れると、切なそうな声を上げてじっと俺達を見る。その姿に胸が痛くなるけど心をオーガにしてその場を離れることに。


 「それじゃルシエラ、よろしく頼むよ」

 「任せて、でもちょっと可哀想かなあ……本当は私だってルシエールについていきたいんだけど、こっちを頼まれたから来てるし。あの子達が一緒なら安心なんだけどね」

 「まあ、妹が危険なところにいくんだからそうだろうなあ……でも、連れていけたとして行商人がデッドリーベアを連れているのも違うくないか?」

 「そこは逆に野盗から狙われないようにテイムしたってことにすればいいじゃない」

 「あはは、そうかも。でもデッドリーベアをテイムできる人ってそもそも相当強いわよね」

 「あ、言えてる」


 そういってマキナとルシエラが笑い合う。

 確かにルシエラの考え方も分かる気はするので、連れていけたら戦力以外にも抑止力になりそうな気がする。まあ、今回は時間がないのでお留守番ということで……


 ノーラや兄さんに世話を頼んでも良かったけど、わざわざ来てもらうのは心苦しいので仕方ない。


 「それじゃ、いよいよ明日から旅立ちね」

 「ああ。準備は万端だし、いよいよだな――」


 そんな感じで自宅は静かになり、ファスさんがしばらく一人で居ることになる。しかし、俺の予想を越える事態が裏で動いていたことを知るのは先の話――



 ◆ ◇ ◆



 「……なるほど、あの二頭は置いていくのねえ」

 「ヘレナさん、本当に行くんですか?」

 「そうよ! なんせ国王様から許可も貰っているしねえ。ラースにはサンディオラで助けてもらった恩があるし、お母さんもまだ帰ってこないからここがチャンスなのよ」

 「アイドルのお仕事は……」

 「あー、大丈夫。もし帰ってきた時に居場所が無かったらスッパリやめるつもりよう。ミルフィも上達してきたから私の後釜でもいいんじゃないかしらあ?」

 「そ、それは嫌ですよ! 私はヘレナさんに憧れてアイドルになるって決めたんですもん! ……ウルカ君もだけど、ヘレナさんも無事に帰ってきてくださいね」

 「もちろんよう♪ ……さて、ラース達が旅立ったら、ガストの町へ行ってノーラを連れ出さないとねえ?」

 「だ、大丈夫かなあ……」

 

 

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