第五百三十話 人を雇おう……!


 甘かったと、そう思ったのはマキナ達が広場に出てからしばらくしてからだった。

 魔物の園は儲かって欲しいと願って改装したものの、いわゆる動物園なので一度来た人がそう何度も訪れるとは考えにくい。なのでこの状況は予想外だった……。


 「入るにはここでいいのかい?」

 「あ、はい、こちらです! 六百ベリルになります」

 「テイマーの授業はどこでやってます!?」

 「こっちの教室ですけど……」

 「これ、テイマー訓練証、入ってもいいですよね!?」

 「あ、はい」

 「このキングビートルの木彫り、ひとつ頂戴。おみやげにするわ」

 「どうも千八百ベリルになりますー! ……いや、これキツイな!?」


 どうやってこのお客さんを捌きながら授業をやっていたんだ……あ、よく見たら自習の張り紙が落ちてる……。

 こりゃ前世の俺もびっくりなほどのブラック施設だ、このままだとタンジさんは過労死してしまう可能性が非常に高く、どうするかお客さんを捌きながら考える。

 接客は前世でのコンビニバイトの経験があるので考えながら仕事をこなすのは問題ないなと思っていると、不意に名前を呼ばれて振り返る。


 「ラース、やっと見つけたよ」

 「あ! ヨグスじゃないか、どうしたんだ?」

 「どうした、じゃないよ。こっちに戻る前に声をかけてくれって言ったろ? 例の二人の【鑑定】についても話したかったしね」

 「そういや忘れてたよ……」


 どうも先の話ばかりに気を取られていてヨグスやウルカといった同級生たちとは戦った後、はいさよなら状態だったことを思い出し肩を落とす俺。


 「ごめん、すぐに埋め合わせに食事でもおごりたいところなんだけど……あ、いらっしゃいませ! こんな感じで忙しくて、明日でもいいかい?」

 「ふう、貴族の息子がなにをやっているんだ……いや、冒険者の時点であり得ないのか? よし、魔物の園には僕も興味がある。人が少なくなるまで手伝おう」

 「本当か? 助かるよ、えっとそれじゃ――」


 急な来訪者ヨグスが仲間になり、俺は帰る人とお土産を買って帰るお客さんを相手にし、ヨグスには受付をお願いした。金額はおみやげよりも少ないし、ヨグスは勉強が出来るので捌くのに問題ないと思ったからだ。


 そして――


 「……」

 「いやああ! ラース!」

 「おにいちゃぁぁん!」

 

 受付に突っ伏す俺に覆いかぶさって泣くマキナとセフィロに、俺は体を起こしてため息を吐く。


 「はあ……別に死んでないからね? 茶番はマキナにしては珍しいな」


 昼を大幅に過ぎたころ、マキナ達が戻ってくると客足がかなり減ったので休憩していたのだが、いきなりマキナが面白いことをしだしたのでびっくりした。

 

 「ボクが言ったんだよ!」

 「えへへ、セフィロがやりたいって言うからつい乗っちゃった! というか大丈夫? ヨグスも手が震えているけど」

 「僕はそれほどでもないよ、受付とお釣りを渡したりするだけだからそうでもない。まあその動作で手は疲れたけど。ただ、アレを一人でやったらおかしくなるかもしれないな……」

 <まあ、珍しい魔物も居るし好きな奴はずっと見るだろうな。雪虎など久しぶりに見た>

 「あ、やっぱりフリーズドラゴンにはなじみがあるんだな。子猫可愛いよな」

 <うむ>


 ファスさんが笑いながら背中を叩くと、ジレが満足げに頷いたことに苦笑する。餌として見てそうだなと少し思っていると、タンジさんが生徒と一緒に教室から出てきた。


 「タンジさんまたねー!」

 「また来ます! フフ、いつかアイアンコングをテイムするんだ……」

 「気を付けて帰れよ! あー……久しぶりにちゃんと授業ができたな……。ラース、助かったぜ」

 「俺もごめん、まさかここまで繁盛しているとは思わなかったんだ」


 首を鳴らすタンジさんに謝罪すると、歯を出して笑い俺に返す。


 「気にすんな、お前のおかげで拡張もできたし生徒も増えた。感謝こそすれ、恨んじゃいねえよ。でもこのままじゃ俺もぶっ倒れることになりかねない。……まあ、しばらくすれば落ち着くと思うけど――」


 と、ここでまさかのボーデンが興味深いといった顔で割って入って来る。


 <甘いぞい、この施設いつからあるのか知らんがよくぞここまで魔物を集めたのう。しかも懐いておる、しかも暑かったり寒かったりする地域の魔物もストレス無く生きておるのは凄いことじゃ。もっと他の町や国に広げたら繁盛するぞ>

 「この施設は先々代の国王様が作ったらしい。俺も昔は冒険者だったんだが、テイマー施設があるって聞いてここに来たらそのまま任されちまった。前の管理人は爺さんで死んじまったし。魔物に興味があるヤツなんてそうそう居なかったんだがなあ」

 「前は惰性でやってたっぽいし、宣伝もしてなかったからだと思うけどね。それよりこうなったら人を雇うべきじゃないかな? 受付だけでも居れば違うってのはヨグスと俺で証明できたし」


 俺の言葉にタンジさんは『来てくれる人が居るかな……』と弱気な発言をする。だけどこれだけ繁盛しているならテイマー施設で働きたい! という人も居るのではと思う。


 「とりあえず張り紙をして募集をかけよう。その間は俺が……働くのは無理か、誰かに頼めないかな」

 「そうねえ、ラースでもぐったりするくらい忙しいなら体力があって、お金の計算に強くて、さらにお客さんに慣れている人、か」

 「居ないわけでもないけど、そんな優秀な人なら他に仕事を持っているだろうしな」


 頭を掻きながらタンジさんがため息を吐くが、それに反しドラゴン達は首を傾げてお互い顔を見合わせていた。


 「どうしたんだ? なんか気になることでもあるのかい?」

 <いや、体力があって金の計算ができて客の相手ができる人が必要なんでしょ? それなら二人心当たりがあるよ>

 「え!? 心当たりがあるのかヴィンシュ!?」


 予想外の発言に俺が驚いていると、ロザがにやりと笑って口を開く。


 <なにを言うか、良く知っている人間だぞ? ルシエラとルシエールの姉妹とジャックが居るではないか>

 「おおー! ルシエールは商会があるし、ジャックは魚屋があるけど、ルシエラは冒険者でフラフラしているからいいかもしれないわね!」

 <魔物相手ならノーラもいいのではないか? アイナも>

 「爺ちゃん……」


 いいところを見せたいグランドドラゴンに一同苦笑しながらもルシエラなら全部を兼ね備えている。早速聞いてみようかな?


 ……というか、ベリアース王国へ行く準備もしたいんだけどな……国王様にも話を……ま、まあ、まだ一日だし大丈夫かな?

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