ベリアース王国と福音の降臨

第五百二十四話 しばしの休息


 「ただいまー」

 「帰りました!」


 ほぼ徹夜で行動していた俺達はリューゼ達と解散し、休むため各々自宅へ戻ることに。

 昼過ぎにはガストの町へ町民を戻す作業が始まるのであまりゆっくりしている時間はないけど、ウチは領主の父さんと兄さんが居るので手伝わない選択肢はない。


 「くおんくおん!!」

 「わ! いきなり抱き着くなよアイナ。アッシュも真似してるのか? 仲良しだなあ」

 「くおーん♪」

 「あ、おかえり、ラース兄ちゃん、デダイト兄ちゃん、マキナちゃん!」


 家に入るともう野生の面影がないアッシュが突撃してきたので抱っこすると、頭をすり寄せて甘えてきた。  

 

 「甘えん坊が治ったんじゃなかったっけお前?」

 「まだ赤ちゃんだから寂しかったんだよー。お母さんのラディナも連れて行ってたでしょー?」

 「あ、ただいまノーラ」

 「うん! おかえりーデダイト君!」


 アイナの後にノーラが出迎えてくれ、アッシュについてそんなことを言い、兄さんの上着や剣を受け取ってにこやかに笑う。


 「アイナ達が居るからいいと思ったんだけどな……」

 「やっぱりラース君が一番好きみたいだし、お母さんも居ないと寂しいんだよー。寝るときはラース君のお部屋だったし」

 「うーん、かっこよく戦うのはまだまだか」

 「くおーん!」

 「ふふ、勇ましいわね」


 アッシュは両手を広げて『頑張る』と言いたげだけど、この調子だと時間がかかりそうだなとマキナと笑う。とりあえず今は甘やかしてやるかと抱っこしたままリビングへ行くと、父さん達が立ち上がって俺達を見る。


 「戻ったかみんな! 無事でなによりだ……」

 「おかえりなさい。で、どうだったの?」

 「うん、とりあえず――」


 母さんに促されてソファに座り、奪還が成功したことを報告する。

 町はハウゼンさんやミズキさん達冒険者が残り、なにかあれば転移魔法陣でこっちに報告をしてくれることを話した。


 「いつでも向こうに戻れるけど、今、国王様の使いが各家を回っているから、後は俺達で誘導する感じかな。お昼過ぎにはそれが出来るようになるはずだ」

 「ごめん父さん、急いだほうがいいと思って僕が陛下にお願いしたんだ」

 「それは構わない。むしろ、よく言ってくれたと思う。後は俺達がやるから、ゆっくり休むといい」

 「そうね。ご飯は用意しておくから、お風呂に入ってさっぱりしなさいな。マキナちゃんとファスさん優先でね♪」

 「ありがとうございます!」

 「あたしはこのまま寝てもいいんだけどな……」


 そこは母さんが許さず、俺達はサッとお風呂に入って一息いた後、それぞれ部屋に戻り昼まで寝ることに。

 

 「……後は、ベリアース王国行きを話さないとな。びっくりしそうだけど、無茶をするのはこれが最後だ。福音の降臨と決着をつけないと」


 そんなことを考えていると、疲れていたらしく、いつの間にか眠りについていた。

 

 ◆ ◇ ◆


 「それで、兄ちゃんの容体は?」

 「以前変わらないらしいよ、僕としても挨拶をしておきたいんだけどね」

 「そうですか……」


 レッツェル達の監視を含めた屋敷で、バスレーとヒンメルがそんな話をしていた。兄であるウェイクの容体を心配していたバスレーだが、特に変わりがないと言うことで肩を落とす。その様子を見ていたバチカルが声をかけた。


 『アスモデウスの素体となった男か。悪魔を宿した身体は負担がかかる。もうしばらく目を覚ますことはあるまい。お前も悪魔を引き入れているから分かるだろう』

 「あなた達のおかげでエバーライドが滅びたんですから、淡々と話すのは止めて欲しいですがね? ラース君達が許しても、当事者であるわたしは許せませんね」

 『まあ、あんたの言いたいことは分かるが、それについては勘弁してくれ、戦争ってやつは理不尽なもんだ。全然悪くないとは言わねえけど、教主サマとベリアースの王に文句を言ってくれ』


 エーイーリーが肩を竦めて椅子に背を預けながらそう言うと、バスレーは口をへの字にして返した。


 「分かっていますよ。それでも、誰かにぶつけなければ納得できるものじゃありません。あ、とりあえず一発ぶん殴っていいですか?」

 『物凄く優しい笑顔で言うな!?』

 『ま、今度こそ終わりにさせてもらいますがね……イシシ……』

 

 バスレーに代わってレガーロが口を開くと、腕を組んだバチカルが目を細めて言う。


 『……お前は何者なのだ? 同じ悪魔だと言うが我々はお前のような悪魔は知らない』

 『そのあたりはお互い様でしょう? 全てを知る者はいない、そういうことですよ、イシシシ』

 『……』


 その答えに不満気なバチカルに、レッツエルが口を挟む。


 「まあいいじゃありませんか、それよりもアポスのことです。残りの十神者はどうしますか?」

 『どうするかは各人に任せる形になる。一応私がトップではあるが、実力的に差が開きすぎているというわけではない。得意分野も違うしな』

 「では説得に応じるかどうかは……」

 『奴ら次第だな。ツァーカブあたりは……誰だっけあのティグレとかいう男あたりを差し出せば協力するんじゃね? 【色欲】だし』

 『辞めた方がいいわ。奥さんに殺される……いや、別にいいのかしら……?』


 リリスが自問自答をする中、今度はリースが手を上げて真剣な表情でバチカルへと目を向けると、こんなことを言い出した。


 「……君たちは『別の場所から召喚されて来た』と言っていたが、戻ることは可能なのか?」

 『それは分からん。あの三人のように倒されれば少なくともこの世界からは離れると思うが『このまま』どこかへ行くのは難しいような気がする』

 「ふむ」

 「なんかあるのリース?」

 「いや、なんでもない。ありがとう」

 「お礼を言った……!?」

 「ボクをなんだと思っているんだい!?」


 リースとイルミが取っ組み合いを始めたところで、バスレーが再び話しを始める。


 「どちらにしても喉元に行くラース君達の配慮、くれぐれも頼みますよ? 誰一人死なせることなく」

 『それは彼ら次第だ。……が、肝に銘じておこう』

 『槌を降ろせよ……怖ぇよ……』

 「よろしい。後は神がどうなっているかですね。レガーロも知らないようですし、居れば事態の収拾くらいはしてくれそうなんですけどねえ」

 「ま、神は気まぐれなんだろ? どっかでのうのうと過ごしているかもしれないよ」


 リースの言葉にバスレー達は肩を竦めてため息を吐く。

 どちらにしても、アポスを止めることに変わりはないかと、バスレーは頭を振るのだった――


 「(なにかを隠しているわけではなさそうですし、こいつらよりも教主ですかね。エバーライドがライド王子の手に戻れば少し楽になると思いますけど)」


 ◆ ◇ ◆

 

 「ラース、そろそろ時間よ?」

 「んあ……? 母さん……?」


 ――お昼までの時間は短く、眠ったなと思った瞬間に起こされて、俺は重い頭を揺らしながら体を起こす。

 

 「魔力と体力があっても眠気だけはどうにもならないんだよな……眠くならない魔法とかないかな」


 ……いや、それはそれで恐ろしいことになりそうだと俺は思考を止めてリビングへ。程なくして食事を終えた後、ガストの町へと誘導を始める。


 「こんなに早く戻れるとは思わなかったよ」

 「ありがとうね、騎士さん達にもお礼を持っていきたいさね」

 「良かったですよ。まあ、ちょっとアレですけど……」


 町側へ出てくる人を案内しながら、俺は家屋がある方へ目を向けてばつが悪いと言った感じで口を開く。


 何故なら――


 「なんか家が黒い!?」

 「ちょっとオシャレに見えなくもないけど……落ちるのかな……」

 「まだら模様になってる……」

 「ウチは屋根だけ真っ黒なんだけど……」


 ――といった具合に、靄がペンキみたいになって家屋に黒を彩ってしまったらしいのだ。これはどうしようもないので、文句は悪魔達に言って欲しい……もう居ないやつらのせいだけどさ……。

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