第五百十三話 決死リューゼ、報復のバスレー
「燃え尽きろ!!」
『前とは違うな……! ひゃは、いいね殺しがいがある!!』
リューゼはロゼの大剣を振り抜くと、斬撃に燃え盛る炎の軌跡を描きながらアスモデウスの首へと向かう。それを最小限の動きで回避すると、手にした槍をリューゼに向ける。
だが、それがリューゼに向かうより早く悪魔化したバスレーの槌が槍を払い、回転しながら顔面を狙う。
「まったくですね!』
『てめぇは……悪魔を宿した人間か! まとめて相手にしてやるから安心しな! 行け、陰鬱の牡牛! そっちのおっさんには愚鈍な牡山羊でな!!』
「邪魔をするなら潰しますよ!! む、避けた……!?』
「オオオオオォォ!」
山羊と牛の頭が伸び、血走った目を向け、涎を垂らしながらバスレーとティグレへと襲い掛かり、バスレーはしゃがむことで回避し、ティグレは噛みついてきた顔に大剣で対抗する。
「ヒャィヤァァァ!」
「気持ち悪い鳴き声だ。そして……チッ、案外素早い……!」
ティグレが山羊の頭を大剣で切り裂こうと振ると、山羊の頭はひらりと回避してティグレの腹を裂こうと嚙みついてきた。それをガードすると、入れ替わるように牛の頭がティグレに襲い掛かってくる。
「バスレー、そっち行ったぞ!!」
「わかってますよ! ‟デモニックインパクト”!!』
「ヒュォォォォン!」
「おらぁぁぁぁ!!」
「オオオオオォォン!!」
バスレーとティグレの一撃は退けるに十分な威力をもつが、のらりくらりとダメージを逃がしているので殺せるまでには至らなかった。
「くそ、本体に近づけねえ」
「面倒くさいですねえ、あの首に絡まれたらちょっとえっちなバスレーちゃんの完成というのも恐ろしい……』
「お前にそんな魅力はねえだろうが、つまんねえこと言ってないでリューゼの手助けに行けるよう首を叩きのめすぞ」
「あ、ちょ、巨乳奥さんを持ってる旦那は違いますねー!! おっと、山羊さんこちら、槌のある方へって感じですか! くっそ、リューゼ君これを!』
「いきなりなに投げてんだよ!?」
頭二つの動きに慣れてきたティグレとバスレーが軽口を叩きながら踏み込み、バスレーがリューゼになにかを渡すのを見て、アスモデウスは笑いながら槍を掲げる。
『遊んでいる場合かねえ? 俺達はこの期間、力を蓄えていたからなぁ? この首どもも絶好調だぜ! アスタロトとアドラメレクのやつも、な? ひゃは、ひゃはははは! ‟アトロシティ”!!』
「でけぇ図体のわりに動きが機敏だな! ん!? 槍が……!?」
槍を振り下ろすとリューゼの足元から生えるように槍が飛び出してきた。そこへすかさずナルがダガーとスキルでフォローをする。
「【氷結】‟アイスザッパー”! いきなさいリューゼ!」
ナルの横薙ぎに振り抜いたダガーは槍を止め、もう片方の手に持って行ったダガーでそれを粉々に打ち砕く。フリーズドラゴンとの修行で編み出した技は確実にナルを強くしていた。
「おうよ! 【魔法剣】‟クリムゾンブレイク”!」
そして当然リューゼも一ヶ月以上の修行をこなした成果を発揮する。フレイムソードとは比べ物にならない熱量が、受けようとしたアスモデウスの槍を溶かし、頬を切り裂くと、傷を中心に顔が燃え上がる。
『うおおおおお!?』
「浅いか!? もう一撃……!」
「いけない! 下がってリューゼ! くっ、こいつ……!?」
「ナル! ……ハッ!?」
リューゼが追撃を行おうとしたその瞬間、アスモデウスが顔を燃やしながら口元を歪めるのを見逃さなかったナル。直後、乗り物となっている紫のトカゲがナルへブレスを吐いた。気を取られたリューゼが小さく呻く。
そして――
「がっ!?」
『避けやがった!? 右半身はもらったつもりだったんだがな!』
リューゼの右腕が、根元から千切れ飛び、噴き出る鮮血を焦げた顔に浴びるアスモデウスが恍惚とした表情をして目を細める。
「リューゼ君!」
「野郎!! 邪魔すんな!!」
まさかの事態にティグレ達は首たちの動きを見切り、首をはね、槌で顔面を叩き潰す。そこでアスモデウスは笑いながら大声を上げた
『ひゃはははははは! うめぇ! 絶好の苦痛、恐怖、痛み! てめぇに焼かれたこの顔はてめぇの血で回復するぜぇ? さあ、トドメ――』
「うあああああああああああああああああああああああああ!!!!」
リューゼは歯を食いしばり、左手を伸ばして落ちる右手からロザの大剣をひったくるように掴むと、脂汗を流しながら全力でアスモデウスの胸に大剣を突き刺した。
『おう……!? てめぇ、死ぬのが怖くねえのか……!?』
「へっ……俺は十歳のころにすでに死にかけてんだ、今更この程度でびびるかってんだ……」
『面白れぇガキだ! だが、残念だったな。俺を殺すには一歩届かねえ!』
「……も、燃えろ!」
『無駄だ! 俺の核が尽きる前にお前の命が尽きる。そうすれば【残酷】のスキルでパワーアップした俺は無敵だ! ひゃははははは!』
「そう……かよ……なら、これなら……どうだ!!」
『それは……!? ガキイィィ!!」
リューゼは気力を振り絞り、バスレーから受け取った実を口に含むと一気に飲み込む。焦るアスモデスがリューゼの頭を潰そうとしたが、それよりも速く、リューゼの大剣がスッとスライドしてアスモデウスは上半身と下半身に分れて。地面へ落下を始める。
『これはセフィロトの……力じゃねぇか……!?』
「バスレー先生ぇぇぇぇ!!」
「あとは任せてください! 悪魔殺しの槌ウェスチェラの威力、今度こそその身で受け取りなさい! 両親と兄ちゃんの仇を今こそ!!」
『ち、力を……! 【残虐】! く、くそ間に合わねぇ、お、俺がこんなやつらにぃぃぃぃぃぃぃ!!』
迫るバスレーに対抗するため魔物を爆散させて騎士たちを負傷させて力を上げるが、悪魔の形相をし、全力で振りかぶってきたバスレーは庇おうとした槍ごと、アスモデウスは槌と地面に挟まれた。
ぐちゃりという嫌な音を立て、跡形もなく、地面に血の華を咲かせながら上半身は肉塊と化す。
「「「オオオオオオオオオ……!?」」」
「靄が噴き出るか……!」
ティグレがリューゼとナルを回収しながら身構えるが、アスモデウスを形成していたものは、すぐに崩れ、靄はなんの形を成せないまま霧散して消えた――
「はあ……はあ……や、やったな……バスレー先生」
「ふう……リューゼ君のおかげですよ。それより腕を! レガーロがセフィロトの実を食べたならくっつくはずだと!」
「わ、私が! お願い!」
「い、いでぇぇぇぇぇ!? わ、悪い、目が霞んできた……ナル、ちょっと寝かせてくれ」
「う、嘘! 寝たら死ぬわよ!? わ……」
ナルがリューゼの右腕を切断面につけると、リューゼは痛みで気絶。
すぐ後に傷口から異様なまでの光を放ち、場が明るくなると、靄の魔物たちは次々と消滅していった。
「明るいところに出るんじゃなかったのか……?」
「この光、ちょっと違う気がする……スキルを貰うときの聖堂に似ているような――」
「感想はいい、それよりリューゼだ! ……息はある。寝ているだけか?」
「……セフィロ君の実を食べたから恐らく助かると思います。そして同時にリューゼ君は選ばれた」
「選ばれた? どういうことだ」
「……」
バスレーはティグレの言葉には返事をせず、他の部隊が戦っているであろう方へ眼を向ける。ティグレはため息を吐いて頭をかくと、武器を持ち直して歩き出す。
「先生?」
「俺は他の救援に行く。バスレーはここでリューゼの様子を見ていてくれ、騎士たちも治療が終わってから追いかけてきてくれ。ここは安全そうだしな」
「……わかりました」
最後の一撃で力を使い果たしていたことを見抜かれたかとバスレーは素直に頷き、ティグレを見送る。彼の向かう先は――
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