第五百十二話 悪魔の影
「前と同じところに居ると思うか、先生?」
「だな。あの場で苦しんでいたし、移動しているとは思えねぇ。真っすぐ行くぞ」
「今度こそ息の根を止めてやりますよ……!」
「バスレー先生が怖いわ……ん、黒い魔物が来たわ!」
「夜だがやっぱり町は違うってか……!」
リューゼ達は真っすぐアスモデウスと戦闘をした場所へ向かっていた。因縁のあるティグレ、バスレーを先頭に一気に駆けていて、騎士達がそれについてくる形だ。
そこでナルが魔物達に気づき迎撃態勢に入る中、リューゼが口を開く。
「こいつら、もしかして……!」
「え!? リューゼなにを!?」
ナルの持っていたランタンを適当な場所に投げると、近くの魔物達が消え去り、ランタンの近くで魔物が集まり始める。
「なるほど、灯りのあるところにだけ発生する……というのは太陽の光だけという訳では無いということですね。では、わたしだけ先頭に立って灯りを照らしておけば進みやすくなりますかね。騎士さん達、ランタンの灯を消してください」
「くっ……しかし、バスレー様だけを危険に晒すわけにはいきませんよ!」
「その辺は俺達がフォローするから、気にすんな。体力を温存する意味でもバスレーの案がいいだろうしな。……そこまでか」
「?」
ティグレの言葉に騎士達は全員ランタンを消し、周囲が一気に暗くなると静かになった。ティグレが最後に放った言葉にナルが首を傾げていると、バスレーは目を細めて振り返らずに口を開く。
「……そりゃあ、直接の仇ですからねえ。あなた達を殴ってでも止めますよ、文字通り悪魔に魂を売ったわたしが……!」
「それが言いたいだけだろ? ……うお!?」
リューゼが茶化すと首元に黄金の槌を突き付けられ驚き、バスレーはにやりと笑ってリューゼに言う。
「途中までは共闘、トドメはわたし。イイデスネ?」
「お、おう……」
「逆らうな、もう半分悪魔になっている」
「割といつものことだと思いますけど……そういえばレッツェルさん達はどこへ?」
「あー、彼らは別行動ですね。リリスもラース君という枷があるから逆にレッツェル達を監視する意味でおいて来ました。おっと」
バスレーは襲ってきた魔物に槌を振るいながら答えると、ティグレが呆れたように言う。
「まさか別行動とは思わなかったぜ。ヒッツライトですら城に置いて来たのによ」
「彼はレッツェルより行動が読めませんからね。まだ完全に信用できているわけじゃありませんし」
「ま、軟禁しとくのが正解だな。お前の本当の兄ちゃん達は?」
「……出発する前はまだ目を覚ましていませんね。だけど命に別状はないそうなので、待ちますよ」
「諦めなければ……マズイ!」
「え?」
ティグレがバスレーを押しのけて前に躍り出た瞬間、盾にした大剣に轟音と衝撃が走り、踏ん張っているティグレの体がずるりと下がる。
「来やがったな」
『それはこっちのセリフだぜ!! ノコノコ殺されに来てくれてありがとうってかぁ!』
「よう、やっぱり復活してやがったな! 【魔法剣】“フレイムソード”」
『この前のガキか、懲りてないようだから今度はちゃんと殺してやるぜぇ?』
「てめぇがな……!! 気持ち悪い姿をしやがって、消えろ!」
「あれ、足下よく見るとなにかに跨っているのね……!?」
僅かに残る月明かりと、落ちたランタンの灯りを頼りにリューゼは先陣を切って大剣を叩きつけるようにアスモデウスへと振り抜いた。
アスモデウスの頭は三つあり、それぞれヤギ、牛、人間の頭を持ち、青ざめたナルの言葉通り、下半身は紫色をした四つん這いのトカゲのような獣に乗っている状態だった。
『そういうことだぜお嬢ちゃん! そら!』
「ヤギの頭が……!?」
『もういっちょ!』
リューゼの剣をヤギの頭が口で抑え、その隙に尻尾である蛇がリューゼの首筋へ噛みついて来た。だが、それをティグレが許すはずもなく、蛇の頭を刎ね、左手の槍を突き付けて叫ぶ。
「馬鹿が、こっちには全力の仲間がいるんだぜ! そう上手く――」
「――行くとは思わないことですね! 最初からその姿なら好都合、全力で殺します……!」
『ひゃっはぁぁ!! いいぜ、お前達の顔を絶望に歪めてやる! 女は食い物だ、ゆっくり味わってやるぜぇ?』
ティグレの槍をヤギの角で受け止め、バスレーの槌を自身が握る槍で受け止めながら笑い続けるアスモデウスにナルとリューゼ、それと騎士達が攻め込む。
「今度は全力だ、お前一人でどうにか出来ると思うなよ!」
「その癖の悪い頭を止めるわ。先生達、下がってください! 【氷結】!」
「追撃ですよ!」
リューゼがフレイムソードを本体に振りかざし、ナルのスキルでヤギと牛の頭が凍る。再生した蛇とトカゲのような獣を騎士達が切り裂いていき、アスモデウスはにやけた顔を真顔にして声を荒げた。
『うらぁぁぁぁ!! てめぇらつけあがるんじゃねぇぞ? 数だけ多い有象無象にゃこいつらで十分だ……!』
「チッ、なんて力だ」
弾き飛ばされたティグレがそう言うと同時にアスモデウスが槍を掲げると、ラースの特大ライトのような光球が浮かび上がり、周囲は昼間のような明るさになる。
「こいつ……!?」
「これはまずいですね! <ウインドスラスト>」
騎士の一人が即座に危機を感じて光球に魔法で対応したが――
『ひゃぁはははは! 俺が死ぬまで消えねぇぞ! それ、湧いて出てきたぁ……!』
「ぐわ!?」
「ぐ……! か、数が……!」
文字通り湧き出るように姿を現す黒い魔物達が無数に沸き、騎士達へと襲い掛かり、このまま態勢が崩れると思ったが、
「怯むな! これくらいは想定内だろうが!」
「は、はい!」
「おう、騎士団は黒い魔物をやるぞ、バスレー大臣達に近づけないよう、円陣を組む!」
「無理すんなよ!」
ティグレが叫ぶと、騎士の中の一人が笑いながら兜の面を下げながら言う。
「大物と手柄はそっちに渡すから、ちゃんと倒してくれよ!! ……こっちは任せな」
「助かりますよ、帰ったら農林水産大臣に言って褒美の一つでもあげます!」
「他力じゃねぇか!? くそ、忘れんなよ!」
先ほどまで静かだった場が一気に騒然となり、リューゼやティグレは武器を構えなおして口元を歪ませるアスモデウスへ向けた。
『どれだけ持つかなぁ? で、そこで突っ立てていいのかい? 俺ぁこういうこともできるんだけどな【残酷】なことをよ!』
「!?」
槍を再び掲げたその時、黒い魔物が騎士の背中に取りついた。
「う、なんだ!? この……!」
直後、魔物が爆散して騎士は鎧もろとも吹き飛んで倒れて気絶し、スゥっと靄がアスモデウスの口へ吸いこまれた。
『美味だぜぇ?』
「そういえばこいつ、他人の傷が増えれば力を増すって言ってたな! 時間がねぇ、一気に叩くぞ!」
「ぶっ潰してやる!!」
リューゼ達の猛攻が始まった!
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