第五百五話 嵐の前に②


 <ふむ、久しぶりにこの姿で空を飛んだが、やはり気持ちいいな>

 「ちょっと鱗の色が変わったな? 緑の鱗が濃くなっている」

 「本当だ、陽に当たってキレイね」

 「カッコいいね!」

 「ルシエール達も修行すればよかったのに」

 「あんたみたいな脳筋にはなれないわよ……」


 昼食後、俺とマキナに加えてルシエールとルシエラ、それと――


 「だからぁ、アタシとミルフィも行けば攪乱できるじゃないの。アタシも戦えるんだけどぉ? あ、装備は欲しいわぁ♪」

 「ミルフィは戦えないから駄目に決まってるじゃないか!」

 「オオグレさんに守って貰えばいいじゃない」

 「ふむ、拙者も悪魔と戦わねばならんから難しいぞ?」

 「あ、あの、落ち着いてください……」


 ――ヘレナ、ウルカ、ミルフィがゴンドラに乗っていた。

 

 何故か?

 俺達と別れた後、劇場へ向かったウルカがミルフィにガストの町奪還、その後に行われるベリアース王国潜入に参戦すると伝えたところ、横で聞き耳を立てていたヘレナが、ベリアース王国への潜入に自分達を連れて行けと二人を連れて俺の家へ突撃。ちょうどアルジャンさんの家に出ようとしたところに出くわし乗り込んできたのだ。


 「旅芸人って案はいいと思うけど、ヘレナは戦えないからいざという時、自衛ができないと困るわ」

 「なによう、マキナ。あんた楽器できないでしょ? アタシと一緒に歌とダンスをやればいいじゃない」

 「いや、そこじゃないと思うよ……どっちにしてもミルフィを危険なところに行かせるわけには行かないよ。ヘレナもお母さんが心配するよ?」

 「まだサンディオラから帰ってきてないし大丈夫よう。ならミルフィは諦めてマキナねえ」

 「手伝ってくれるのはありがたいけど、ヘレナがそこまでしなくていいよ? 本気でヤバイ相手だし」


 俺がそう言うと、ヘレナはふんと鼻息を出し、片目を瞑って言う。


 「サンディオラで戦ったアイーアツブスの仲間なのよねえ? それに、あんなのがまた国を狙い出したら面倒だし。旅芸人って結構使えるのよぅ? 特に他国からなら商人かそういう各国を回っている芸人みたいなのがね。レオールさんあたりがそんなことを言っていたわよぅ」

 「なるほど……まあ、まずはガストの町奪還だからその話はまた今度な」

 「絶対言いなさいよぅ?」


 言うなよと、マキナとウルカに目配せをすると二人は小さく頷いていた。出発さえしてしまえばヘレナに追いつく手段は無いからとりあえずここでこの話は終わらせておこう……。

 そんなことを考えていると、ミルフィが表情を曇らせる。


 「危険、なんですね……ラースさんがそう言うなら……ウルカさんなら大丈夫と思いますけど、心配です」

 「ああ、だ、大丈夫だよミルフィ。オオグレさんも近くに居るし、ラース達や先生が強いから危なくないよ」

 「ならアタシを連れて行っても大丈夫じゃない」

 「う!?」

 「まあまあ、ヘレナはお仕事もあるんだから私達に任せて。ね? ノーラ達も行かないんだし、こういうのはやれる人でやらないと」

 「むう」


 マキナに諫められて頬を膨らませるヘレナは意外と頑固だ。いや、というか芯が強い。そんなやり取りをしていると、眼下にガストの町が見えてきた。


 「……黒いわね」

 「ああ、黒いな……」

 「うん、そりゃ見たら分かるよラース、マキナ……空から見たらこんな風になっているんだ」

 「見て、森が侵食されている……って、動いているわよぅ!?」

 「クリフォトの樹か?」

 『そうよ、あの黒い靄に捲かれたらなにかしら影響が出てくるの。木だとクリフォトになるわね』

 「え? お、お前、リリス!? なんでいるんだよ!」


 背後で声が聞こえたと思ったらリリスがドヤ顔でゴンドラの縁に手を置いてこちらを見ていた。まさかついて来ていたとは……


 「なにやってるんだよ!? バスレー先生は?」

 『居ないわ! あれから逃げてきたんだから! ……あ、ちょ、ちょっと助けてくれない? 風圧が結構強くて、飛べるけどそろそろ落ちそう……』

 「本当になにやってるのかしら……はい!」

 『ふべ!?』


 ゴンドラの外側に居たのでプルプルしていたところをマキナに引っ張られて顔から着地すると、ヘレナが口を開く。


 「なあにこの女の人? 知り合いかしらあ?」

 「ヘレナに言っていいものか……そいつ、例のアイーアツブスの中に居た悪魔だよ」

 「こいつが……!?」


 驚愕の表情を浮かべるヘレナに、リリスは起き上がり不敵に笑う。


 『ああ、サンディオラで国王の横に居たお嬢さんね、あの時は……へぶっ!? ラ、ラース様、私ぶたれたんですけど!? あの子怖いっ!?』

 「……お前サンディオラでなにをしたのか思い出せよ……後、へタレた時だけ頼るのは止めてくれ」


 涙目のリリスを突き放すと、ヘレナが一息ついて手を差し出した。


 「ふう……とりあえずアンタは許せないけど、両親が無事だったからそれくらいにしておくわあ。今はこっちの味方みたいだし、和解しておくわねえ?」

 『うう……』

 「……もし裏切ったら、分かるわよねえ?」

 『バスレーといい、この子といい怖い……』

 「犯した罪ってのはやった方より、やられた方が良く覚えているものだ。無かったことにできるのは加害者だけってことを覚えておいた方がいいよ、リリス」

 『厳しい……』


 人が目の前で死んでいるからヘレナの気持ちは分かる。

 恐らくまだリリスを信用をしていない目をしているから、少しでも怪しい動きをすれば容赦なくダガーを背中に刺すと思う。


 「で、バスレー先生から逃げて来たって? 勝手なことをしたら帰った時ヤバイと思わなかったのか?」

 『そこはあなたに庇ってもらおうかと思って。私を馬車馬のようにこき使うのよ! 耐えられないわ! ……というか、結構広がっているわね』

 「あの黒い靄は魔物の強化なのか?」


 そういえばと思い、俺はあの黒い靄について尋ねてみることにした。あれに触れるとおかしくなるけど、実際のところどうなるかなども確認するチャンスだ。

 

 『半分は正解ね。あの靄は触れると、自我を失ったり、生物の本能を呼び覚ますといったことを促すの。クリフォトは呼び覚まされたというところかしら? 靄は私達の本質……あなた達からすると【スキル】ってやつかしら? それに合った現象が起きる』

 「それはサンディオラであったな……お前なら【不安定】になるってやつか?」

 『そうね。今だと【拒絶】の靄が混じっているから、攻めるのは厳しい感じね。【貪欲】で【残酷】な魔物が出てきているってところかしらね』

 「人間が触れるとどうなるの?」

 『そのスキルに操られるって感じかしらね? 自我を失くして一時的に悪魔の力を得るって感じ? 意思が強い人間はそれほど効かないけど』

 「マキナとかは効かなそうようねえ」

 『そうそう脳筋には全然ぇぇぇぇん!?』

 「懲りないなあ……」

 「悪魔って一体……」


 無言でリリスの顔を引っ張るマキナを見て、ウルカとミルフィが呆れて笑っていると、程なくしてオーファの国へと到着する。


 「久しぶりね! 王都で作って貰った鎧に、ゴムだっけ? それをつけるのよね」

 「これで大丈夫かなあ。結構できたけど」

 <我の爪と牙も強くなったから素材として少し渡しておこう。ガストの町奪還には間に合わんだろうが、ベリアースへ潜入する時に持っていけるだろう>

 

 ヘレナやリリスといったイレギュラーはあったけど、とりあえずアルジャンさんに会うとしようか!

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