第五百一話 修行期間の終わり
「くおん、くおん♪」
「はぐはぐ……」
「ぐるぅぅ……」
「わー、アッシュ上手になったねー! シューとラディナはそれ、美味しいの?」
「それは顎を鍛えるためのものだから味は無いよ」
「あ、ラースお兄ちゃん」
自分よりも大きなボールに乗って遊ぶアッシュに、特製のゴム骨を嚙んでいるシュナイダーとラディナを見てアイナが首を傾げていたので俺が説明をする。
この島に来てそろそろ一か月。
例のゴムの木から樹液を採取し、何度も試行錯誤の末に安定したゴムが出来るようになってきた。硫黄の配合が難しいけど、そこは【超器用貧乏】のおかげで繰り返すことで向上していった。
さらに驚くことにヨグスに深く【鑑定】をしてもらったところ炭を混ぜることで強化型のゴムが出来ることが分かった。
余談だけど、タイヤの色が黒いのはカーボンが混ざっているからみたいである。
「くおん!」
「お、ボールの上に立てるようになったのか! お前これでお金取れるんじゃないか?」
「くおーん♪」
そんな感じでシュナイダー達も狩りをさせてないから顎の力が弱くなっているだろうと思ってタイヤと同じ強化ゴムの骨で鍛えて貰っている。
アイナとティリアちゃん、アッシュは戦いに赴くわけじゃないのでボールをいくつか作って遊ばせ、たまに炭を細かくしてカーボンにしてもらう手伝いを任せていた。ノーラを監督役にしているんだけどね。
馬車のタイヤも作ってみたけど、確か何層にも重ねて作るような工程だったから『それっぽい』のしかできていない。
サスペンションになるスプリングも無いし、揺れが少し改善されたくらいなのでこの辺りは職人さんに頼むべきかと半ば諦めがついた。
で、修行の方も好調。
グリップにゴムの滑り止めを付けたところこれが好評で、特にティグレ先生の槍と長剣、そして大剣を使う兄さんとリューゼが振り回しやすくなったと大胆な動きをするようになった。
「ふん! はは、やるなデダイト!」
「この滑り止め凄いですよ、今まではすっぽ抜けそうになったから全力の大振りが出来なかったですけど、これなら……!」
「ストームドラゴンの風でも飛んでいかねえぜ!」
<がっちり握りこまれていますね、これは面白い。やはり人間は可能性がある。だけど僕達も負けていられない!>
「うわっと!? へへ、そうこなくっちゃな!」
といった感じで武器持ち組は大満足らしい。まあ、滑らないように布を巻いていただけだし、かなり違うと思う。
「ふむ、拙者の刀はもうそれらしいのがあるのでお気持ちだけで結構」
「カッコいいよねその武器」
まあ、オオグレさんのように要らないパターンもあったけどね。
それとここにはさらにお客さんが増えていた。
「くっ……!」
「ほっ! それ! 脇が甘いぞ」
「ぐぬ、ま、まいった!」
「よし、ホーク、変わってくれ。ファス殿、今度は俺と手合わせ頼む」
そう、王都の騎士団長ホークさんとイーグルさんがこの修行に参加しているのだ。最初に転移魔法陣をくぐってきたときにはびっくりしたけど、恐らくこちらから攻め入りガストの町を奪還した後、エバーライドに進軍する準備をしているらしい。
実際に悪魔と戦った二人は脅威を感じてここに来たというわけだけど――
「お二人は騎士団長ですよね? 師匠は確かに強いですけど、そんなに戦いにくいですか?」
「う……マキナちゃん、グサッとくることを言うね……。いや、確かにそうなんだ、これでも色々な人と戦っているんだけど、同じ剣を使うティグレ殿やラース君は戦いにくいな」
「うむ。ファス殿とマキナちゃんは詰め寄られないように戦うのがセオリーだけど、速いんだよなあ」
マキナの容赦ない言葉に暗い顔で二人の騎士団長が溜息を吐いていた。二人は弱くはないんだけど、俺は戦いやすいと感じるくらいやり合うのが楽なんだよね。
俺がそんなことを考えていると、兄さんとティグレ先生が模擬戦を終えてこっちに来る。
「腕は間違いなく一流なんだが、あんた達二人は『騎士』だから、動きが読みやすいんだよ」
「ティグレ先生、どういうこと?」
「騎士ってのは試合があったり、騎士特有の動きってのがある。まあ簡単に言えば教科書通りってやつだな。もちろんマスターするのは難しいが、型にハマりすぎるとその動きが読みやすくなるんだよ。昔、ラースの事件でレッツェルのやつにも手玉に取られていただろう? 騎士は戦争や正攻法な一対一なら強いんだが、俺達みたいなやつやベテラン冒険者なんかは予想外動きをしたり、罠を仕掛けてくることに弱いんだ」
「な、なるほど……」
優等生故にこういうことが起こるとティグレ先生が続けていた。
「しかし、そう言われて納得はできるものの、これを矯正するのは難しいな……」
「いや、そうでもないぜ」
「え?」
ニヤリと笑うティグレ先生にホークさんが怪訝な顔をすると、ティグレ先生は手を振ってグランドドラゴンを呼ぶ。
「おーい、ちょっとこの二人を鍛えるから頼めるか? ドラゴン形態で」
<ふむ、いいぞ>
そう言って大きくなるグランドドラゴン。
「何度か戦っているが、どうするのだ?」
「ま、荒療治だが……俺とデダイト、それとグランドドラゴンをあんた達二人で相手をするんだ。ちょっとケガをするくらいじゃないくらいで行くからな?」
「……分かった。頼む」
「やれやれ、騎士団長とは言ってもまだまだだな、本当に」
ホークさんとイーグルさんはため息を吐きながらも楽しそうに口元を緩めていた。
そして、さらに日にちが経過し、俺も一度全員のドラゴンと対等に戦えるようになったころ――
「みんな! 揃っているかい!」
「オルデン王子!? ど、どうしてここに……危ないですよ!」
「大丈夫、ラース君達が居るからね。それより大変です、ガストの町に異変が起きたみたい!」
「ど、どういうことだ!?」
「詳しい話は父上とハウゼンというギルドマスターに聞いてくれ、僕は呼びに来ただけでね」
茶化したような言い方だけど、なにかを聞いたのだろう、オルデン王子の顔は真面目だった。
「行こう、もう少し修行をしたかったけどここまでみたいだ」
「ああ。ま、いいだろ……今度は負けねえ!」
「私は万全よ!」
リューゼとマキナが不敵に笑いそう言うと、全員が頷く。俺はドラゴン達に振り返り、頭を下げた。
「ありがとう、ロザ達のおかげで悪魔との戦いは何とかなりそうだ」
<我からも礼を言う。助かった>
<気にしないでいいよ。サージュ、必ず戻ってくるんだよ?>
<そうだ。ロイヤルドラゴンも待っているからな>
<……もちろんだ>
「?」
少し深刻な顔をしたサージュが気になったけど、俺達は急がないといけないと、荷物を手に慌ただしく片づけを始める。
<家屋なんかはそのままにしておいていいよ。ほらお前達もお別れしとくんだ>
「ギェー……」
「ガルル……」
「また来るからねー!」
名前を付けたラプトールドラゴン達も寂しそうにノーラやアイナ、ティリアちゃんにすり寄っていた。中にはシュナイダーとラディナと友情を深めた個体もおり、みんなで遠吠えをしているのは驚いたよ
「ちゃんと生きて帰ってくるって!」
<わたくしも連れていってもらいますわ!!>
<シャルルは連れていってくれ、後でジャックが死んだと分かれば世界を亡ぼしに行きかねん>
「いいのかよ……!?」
「僕はまだ未知の植物なんかを見たいし、必ず帰るよ」
「ヨグス……したたかだな……」
結局、アクアドラゴンのシャルルはついてくることになり、まあ人型ならいいかとスカートから覗く尻尾を見ながらそう思う。何気にサージュは尻尾が見えていないから変身レベルはサージュの方が高い。
「それじゃまた!」
俺達は城へ戻り、オルデン王子と共に謁見の間へ向かう――
◆ ◇ ◆
<……行ってしまったか>
<ですね>
<結局、名前を貰い忘れたのう>
<はっはっは、私とシャルルだけか>
バーンドラゴンのロザが笑うと、グランドドラゴンが肩を竦めて口を開く。
<しかし、面白い人間達じゃったな。悪魔とやらに勝てるかのう>
<大丈夫、と思いたいですね。あれだけ力をつけましたし。僕はティグレさんとラースさんとは戦いたくありませんよ」
<リューゼも強くなっていたしな>
<……死なれるのは面白くないな。なあ、俺達も行ってみないか?>
<ほう……>
フリーズドラゴンが腕組みをして問いかけると、その場に居た全員のドラゴンの目がきらりと光った――
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