第五百話 この幸せな時間を


 「それじゃ、王都に戻るね」

 「うん、よろしく頼むよ」

 <我がアルジャンのところまで連れて行かなくていいのか?>

 「他に頼みごともしているし、仕事を増やすのはあまりしたくない。王都とガストから来ている鍛冶屋さんも十分腕はいいし、任せよう」

 「お代は後からって言っておくわ。領主の息子なら大丈夫でしょ」

 「ああ。これは俺達だけの装備だから、俺が払うよ」


 大きなかごを背負ったルシエールとルシエラの姉妹がドラゴンの島から王都へ戻っていき、少し寂しくなる。


 「で、ラースはゴムの木に行くのね。一人でいいの?」

 「ああ、俺の予想が合っていたら、採取は結構面倒なんだ。直接触ると皮膚が被れたりするし」

 「よく知ってるな……【鑑定】で確かにそう出ていた。それと食べ物ではないことは視えたけど、なんに使うんだい?」

 「ちょっと役に立ちそうなモノが作れるはずなんだ。みんなは修行の続きをしていてよ」


 俺が言うと、ファスさんが口を開く。


 「マキナはまだ本調子ではないから連れて行っていいぞ。あとは陽が暮れるまで交代しながら戦うだけじゃしな」

 「いいんですか?」

 「雷透掌の修行はしてもらいたいが、魔力が回復するまで休んでおくといい」

 「わかりました!」

 「あ、それじゃわたしも――」

 「クーデリカは修行だろうが、ほらフリーズドラゴンと戦え」

 「ええー……」


 クーデリカがついて来ようとしたけどティグレ先生に襟を掴まれ引きずられていき、リューゼが笑いながら俺に言う。


 「なんか面白そうなことやるつもりみたいだし、期待しているぜ? というかお前とも戦っておきたいんだけどなあ」

 「悪い、これが終わったら付き合うからさ」

 <気を付けてな。私もついていくか?>

 「いや、ワイバーンのアングリフが来てくれるから大丈夫だよ。場所はルシエールに聞いたし、ノーラが覚えているからさ」

 「うん! デダイト君も行くし、もし戦いになっても大丈夫だよー」


 喋り方に似合わず親切なロザの申し出を断り、俺とマキナ、兄さんとノーラという組み合わせで山へと向かう。

 ちなみにルシエール達が持って帰ったものには、バナナとパイナップルがあり、ゴムの木以外だとなんとマホガニーがあった。家具とかにして売るということも考えたけど、今はそれどころじゃないので一旦保留。

 花もいくつか採取しており、向こうの世界で言う熱帯に生息する植物が多いことを考えると、もしかしたらこの山は火山なんじゃないかと思う。

 でも空から見た時は煙は出ていなかったから休火山なのだろう。となると、ゴムを作るのに必要なアレも採れるか? そんなことを考えながらワイバーンの背に乗ってゴムの木を目指す。


 「ここでイイノカ?」

 「うんー、アングリフありがとうー」

 

 山に降りてノーラがアングリフの背を撫でながらお礼を言っているのを尻目に、俺は早速ダガーを取り出しまず木の皮を剥ぐ。


 「あ、それ子供のころに買ったダガーだね。懐かしいな」

 「結構高かったし、レッツェルと戦った時に使ったやつだから思い入れがあるんだよね」

 「普通の木に見えるけど、なんか採れるのね?」


 兄さんと話しているところにマキナが話に入り、俺は頷きながら、今度は木に傷をつける。樹液を滴らせて器に採るため、Y字や斜め削ぎが基本なので二か所ほど傷をつけておく。


 「これをセットして……っと」

 「あ、白い液体が出てきたよー!」

 「触るなよノーラ。デトックスとかそんな名前だったと思うけど、俺達の皮膚には合わないんだ」

 「はーい!」

 

 ……【鑑定】してラテックスという名前だったことはとりあえず内緒だ。


 「どんどん溜まるね。ラースはこれをどうするんだい?」

 「ちょっと煮詰めるんだけど、それには材料が必要なんだ」

 「ふうん。やっぱり転生前の知識なの?」

 「ああ、そこら辺は暖かいし無いかな? <ファイヤーボール>」


 俺は魔法を撃って近くの崖を壊し、目的のものを手に入れる。


 「やっぱりあったか、硫黄」

 「変な匂いの石ね……」

 「あ、でもルシエールちゃん達と入った温泉に似てる匂いだよー?」

 「うん。もうちょっと上の方にあったんだっけ?」

 「そうそう、火山で採れる石で、これを一緒に煮込むと面白いものができる……はず」

 「はずなんだ」


 兄さんが苦笑するけど、知識としても微妙だしやったこともないのですぐに成功しない可能性の方が高い。

 

 その後、採れたラテックスを砕いた硫黄と一緒に持ち帰り、要らない鍋で煮詰めてゴムを作り――


 「とりあえず丸く作ってみたけどどうだろう?」


 ――すっかり陽も暮れてしまったころ、ようやく試作品のボールができた。


 「丸いねー。投擲武器ならルシエールちゃんが上手いよねー」

 「でも威力は無さそうよね」

 「そういう武器ってわけじゃないんだ。ちょっと見ててくれ」

 <ほう>

 「わー!」


 俺が地面にたたきつけると勢いよく跳ねて高く舞い上がる。

 そう、これはいわゆるスーパーボールというやつである。昔、夏休みの工作で、クエン酸とラテックス液でスーパーボールを作る実験をやったことがあったのを思い出したからだ。

 

 「ラース兄ちゃん貸して貸してー!!」

 「ほら」


 アイナが目を輝かせてせがんできたので貸してやると、ティリアちゃんやアッシュがはしゃぎ始めた。


 「……あれを作りたかったのか?」

 「遊ぶのは戦いが終わってからの方がいいんじゃないかしらぁ?」


 先生に訝し気な目を向けられて、俺は慌てて弁明をする。


 「いやいや違うよ! あのゴムって素材は滑り止めになったり、雷を通さなかったりと便利なんだよ。剣の持ち手とか鎧に縫い込んだりすれば結構いいと思う」

 「私のライトニングが効かないってこと?」

 「効きにくくなるくらいの方がいいかな。過信は油断になるしね。雷も強ければゴムが溶けるんだよ」

 「なるほど……威力の目安になるのね……」


 マキナが別の意味で目を輝かせていたけどとりあえず愛想笑いで濁しとこう……そう思った瞬間――


 「アッシュ!?」

 「ラース兄ちゃん、アッシュが玉を飲んじゃった!!!」

 「ええ!?」


 確かに手のひらサイズだからアッシュの喉に詰まるか!?


 「おい、アッシュ吐け! ぺっしろぺっ!」

 「くお……」

 「ちょっと痛いぞ……!」


 俺は焦りながらもアッシュを下に向け、背中を叩いて刺激するとスーパーボールが転がり落ちてきた。


 「くおーん……」

 「だ、大丈夫だったー?」

 「ああ、吐き出させたから大丈夫だ……」

 「良かったぁ……」

 <びっくりしましたわ……>

 「まあ、こういうことがあるからゴムでできた道具は適当なところに捨てたりしちゃいけないんだ」

 「くおーん」


 怖かったのか抱っこしている俺の手を甘噛みしてくるアッシュの背を撫でながら言うと、一同何度もうなずいてくれた。


 「あ、そうだ、あれなら大丈夫かな?」


 俺はアッシュをラディナの背に乗せてからもう一度ボール作成に入る。せっかくだし、アッシュが誤飲しない大きさのボールを作ってやろう。


 そして――


 「ほら、アッシュこれなら飲みこまなくていいだろ」

 「くおん?」


 アッシュが両手で持てるかどうかくらいの大きさのボールを作成し転がしてやると、アッシュは恐る恐る飛びついた。


 「くおーん♪」

 「怖くないみたいね!」

 「うん、良かった。というか……」


 アッシュはボールに抱き着いたり、抱えようとしてアッシュが転がったり、時には転がったボールを追いかけるなど一匹で遊ぶ姿が目に入る。ころころろ動くアッシュを見てマキナが呟いた。

 

 「……可愛いわね」

 「だな……」


 動物の赤ちゃん特有の可愛さを出すアッシュに、俺達は優しい気持ちになっていた。


 「くおーん♪ ……く、くおん!?」

 

 俺達がじっと見ていることに気づいたアッシュが驚いていたが、それもまた可愛かった。

 ボールを転がしながら俺のところへ来て小さな尻尾をぴこぴこ動かし遊んでくれと一声鳴く。


 「よーし、適当に遊ぶか! アッシュ、ボールを俺から取れるかな?」

 「くおん!!」

 「あ、私もやる!」

 「オラもー♪」

 「アイナも! シューもおいで!」

 「わおん!」

 「面白そうだな、俺も混ぜてくれ」

 

 そんな感じでボール遊びが始まると、フリーズドラゴンが呆れたように口を開く。


 <おいおい、修行はいいのか? 飯を食ったらやるんだろ?>

 「ま、ええじゃろ。息抜きは大切じゃ」

 「ですねぇ♪ ふふ、楽しそう」

 「俺も行ってくるかな、たまにはティリアと遊んでやらねえと!」

 

 そのまま遅くまで遊び、修行で疲れているみんなはすぐ眠りにつき、ぐっすり眠っていた。

 

 ひと時の休息と幸せを感じる時間。


 教主アポス……顔も見たことがないヤツだけど、この平和を続けるため必ず倒す。そう思う俺だった。


 そして、修行から一ヶ月が経ったころ、事態が動き出す――

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