第四百九十一話 アルジャンとオオグレ


 翌朝、俺達はルツィアール国を出発してオーファ国へと向かっていた。

 

 出発前にウルカがギルドに挨拶をしたいと言っていたので少し立ち寄った。

 そこでヨグスが行っている遺跡がどこなのかをギルド職員が知っていたので、ゴングに頼んでヴェイグさんに伝言をお願いできたのは僥倖だったと思う。

 

 ここからさらに二日進むとオーファ国へ入るので、町に入るか野営をするか悩むところだ。


 「断然、野営ですよ?」

 「うわ!? 急になんなのバスレー先生!?」

 「え? 町に入るか、急いで先に進んで野営をするか悩んでいるんじゃないんですか?」

 「そうだけど……俺、口に出してたかな……? そういうことなんだけど、どう? 野営でもいいか?」


 腑に落ちない何かを抱えて荷台に振り返って尋ねると、満場一致で先を急ぐことになった。


 『イシシシ……食材はたくさん買い込んでいますからねえ』

 「元からそのつもりだったのか……」

 

 レガーロになったバスレー先生がどこからともなく食材の入った袋を出してきてニヤリと笑い、リースとイルミ、そしてリリスも俺の料理を食べたいと口をそろえていた。女性は野営を嫌うと思うけど、逞しい……。


 ま、急ぐことに越したことはない。野営する方が早くアルジャンさんの下へ辿り着くので、攻めるにしても守るにしても準備期間を考えると助かる。

 そして問題なく……いや、国境付近や町に入るまで色々あったけど、無事にアルジャンの家へと辿り着いた。


 「お客さんの出入りが激しいわね」

 「前はずらっと並んでいたくらい繁盛していたからね。お父さんの代が凄くて、息子はダメだみたいに言われていたけど、実力を見せてくれたんだ」

 

 あの時はルシエラが活躍してくれたなと思いながら自分のことのように誇らしくみんなに語ると、ウルカが俺の背中を叩きながら言う。


 「でも、ラースがここに来なかったらそうならなかったかもしれないよね。そういう意味ではやっぱりラースは特別な何かがある気がするよ」

 「ん? そんなことは無いと思うけどな。サージュの素材で俺達の装備を優先的に作ってくれたのは助かったけど」

 

 スキルは特別感があるけど、存在自体が特別だとは思えない……元々貧乏農家に生まれたし、レガーロも俺が参戦しているこの状況は想定外と言っていた。

 

 「……そうでしょうか? 超器用貧乏というスキルはさておき、僕を退けた運、各領地での活躍、そして別世界の人間だったという過去を持つ。レガーロがどこまで考えていたのか分かりませんがなるべくして成ったと思いますがね」

 『……』


 レッツェルがそんなことを言い出し、バスレー先生に目を向けていた。当のバスレー先生は黙ったまま肩を竦めて否定も肯定もしなかった。


 『まあまあ、今話しても仕方ないんじゃないの? ほら、誰か来るわよ』


 意外とまともな感性をもつリリスが指さした先に、穏やかな顔をした女性が向かってくるのが見えた。


 「こんにちは! お久しぶりです」

 「ラース君よく来てくれたわね。アルジャンは工房に居るわよ」

 「お邪魔します」


 久しぶりに会うアルジャンさんの母親に案内されて俺達は奥へと入っていく。アルジャンさんも結婚して子供もできたと手紙が来たのは二年くらい前の話だ。孫ができて凄く喜んでいたって書いてたっけ。


 「こんにちは、アルジャンさんお久しぶりです!」

 「ん? ……おお! ラースじゃないか! なんだ、来るなら言ってくれよ!」

 「はは、ちょっと急用と、無理なお願いがあって来たんだ」

 「ふうん……? おい、お前達、俺は大事な客の相手をしないといけねえ。ここは任せたぞ!」

 「「「はい!」」」


 元気よく返事をする職人さんを尻目に、俺達はアルジャンさんの家に招かれ、リビングで顔を合わせる。奥さんがお茶を持ってきてくれ、一口飲んだところでアルジャンさんが口を開く。


 「……ふう。それで、急な依頼ってのはなんだ? お前が無理を言ってくるのは珍しい。面倒ごとか? リューゼやルシエラはいねえのか?」

 「実は――」


 俺達のおかれている現状をアルジャンさんに話し、戦いに備えてリューゼ達は修行をしていること、そして装備の修復と新武器を作って欲しいことをお願いした。


 「また大変なことになってんな……」

 「もちろんタダでとは言わない。急いでもらう分、言い値で構わない。受けてもらえると助かる」

 

 俺が真剣な顔で頭を下げると、アルジャンさんが装備品を見ながら口を開く。


 「ふん、お前の頼みを聞かねえわけがねえだろうが! ったく、最初の段階で言ってくれりゃいい装備を渡せたかもしれねえのによ。緊急結構。速攻で終わらせてやるぜ。一日待てるか?」

 「え!? この装備達、一日で直るの?」


 ウルカが砕け、ひしゃげたリューゼの鎧を手にして驚くとアルジャンさんがニヤリと笑う。


 「当然だ。俺を誰だと思ってやがる? ……お前達のおかげでこうしていられるしな。金額は後から伝えるから、まずは修理からだな」

 「ありがとう! あ、そうだ、これもなんとかできるかな?」

 

 俺は鞄からバーンドラゴンから預かった素材を見せる。するとアルジャンさんが目を見開いて前のめりに聞いてきた。


 「お、おい、こりゃドラゴンの素材か!? ほんのり熱を帯びているな……」

 「うん。バーンドラゴンっていう灼熱のドラゴンがくれたんだ。リューゼの大剣用の素材として」

 「ほう……これはまたすげぇもんを持って来やがったな……もちろん加工してやるぜ」

 「それともう一つあるんだ」

 「まだあるのか? へへ、相変わらず面白い奴らだ」


 ウルカが一度外へ出てから戻ってくると、スケルトンのオオグレさんも一緒に居た。


 「うおお!? ス、スケルトン!?」

 「驚かせて申し訳ない。拙者はシンゴ=オオグレ。名のある鍛冶師と聞いて、お願いがある。これを鍛えなおしてもらえぬだろうか?」

 「こいつは……」


 鞘に納められた刀を差し出すと、アルジャンさんが恐る恐る預かり、抜くと表情が変わった。


 「こりゃあ、島国の……」

 「分かるんだ?」

 「ああ、親父の跡を継ぐため俺は各地を旅していた。その時、島国に行ったことがあるんだよ。ブシの魂ってやつだ」

 「左様、刀は我等武士の命そのもの。拙者が死んでも、その刀は手放せない」

 「……」


 アルジャンさんは立ち上がると、刀を持ってどこかへ行く。そして戻ってくると、刀は二本になっていた。


 「こいつを鍛えるのは今の俺じゃ無理だ。正直、あの鍛造工程の技術はよく覚えていない。あんたはラース達の助けになるんだろ? だから、骨の大将、あんたにこいつを預ける」

 「おっと……こ、これは……!?」


 オオグレさんが受け取り、少しだけ抜くと驚愕の声を上げた。チラリと見えた鍔の近くに銘があったけど、それを見て驚いていたようだ。


 「伝説の名匠と言われたムラサの刀ですと……!?」

 「たまたま、立ち寄った鍛冶場がそうだったんだ。今は三代目か四代目だったか? だけど、腕は間違いない。一振り、譲ってもらって飾っておいたんだ」

 「さ、流石にこれは受け取れぬでござるぞ!?」

 「気にすんな。使ってもらった方が武器は喜ぶ。戦いなんてない方がいいけど、守るためにゃ力は居る。その助けになれば嬉しいってもんよ」


 アルジャンさんがそういって笑うと、オオグレさんはスッと立ち、綺麗なお辞儀をした。


 「かたじけない、必ずや守り抜いて見せる。今度こそ……」

 「ん?」

 「頼もしいね!」


 最後に今度こそ、と言っていたような気がしたけどウルカがはしゃいでいたので聞き取れなかった。スケルトンになる前は何をしていた人なんだろうな? 未練があってこの世にいるんだろうけど……。

 それと島国もいつか行ってみたいものだ、戦いが終わったらサージュに連れて行ってもらおうかな?

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