第四百九十話 心の成長
「っとにもー!! なんで呼ばないのよ! 可愛い妹と姪っ子のピンチに颯爽と駆けつける姉が出来たのに!」
夕食時、ここに来た経緯を話すと次女のグレースさんが口を尖らせて俺達にジト目を向けてきた。この人は異母姉妹であるベルナ先生をとても大事に想っているから戦いの場に呼ばれなかったのが不満らしい。
それと、まだ子供が出来ていないのでティリアちゃんを溺愛しているため、王都に行ってしまったのもお怒りの要因だ。すると、ヴェイグさんがワインを口につけながらグレースさんへ言う。
「一応、レフレクシオンから書状は届いていたんだ。だけど、状況が分からないため援軍要請が来てから出陣させるつもりだったよ。兵の準備はしていたしな」
「あれがそうだったの!? まあ、ガストの町が占拠されたことを考えると、私達が行っても犠牲が増えただけかもしれないけど」
そう言ってデザートに手をつける。
「ん!? お姉さま、これはなんですの? ウチのシェフが新しい料理を?」
「フフ、これはラース君が持ってきてくれたデザートよ」
「ええ、これは〝プリン〟というデザートで、ティリアちゃんも喜んで食べていました」
「別にここだからってかしこまらなくて良いですわよ。ベルナのところに行ったときはもっと崩していたでしょう? それより、これは美味しいですわ!」
「なら……口にあって良かったよ。お土産は色々考えたけど、グレースさんはおやつをよく食べていたからさっき宿で作ってきたんだ」
「あら、気が利きますわね。それにしても……んー、黒いソースと一緒に食べるとまた格別……!」
グレースさんがプリンに舌鼓を打っていると、すでに食べ終えたバスレー先生が深く頷き口を開く。
「そうでしょうそうでしょう、ラース君の作る料理はどれも逸品ですから。特にハンバーグは素晴らしいんです」
「僕はから揚げかな?」
バスレー先生とウルカが余計なことを言い、俺が顔を顰めていると、案の定グレースさんが食いついてきた。
「聞いたことが無い料理ですわね……城の厨房を貸すからちょっと作ってみてくださいません?」
「い、いやあ、もうお腹いっぱいだし、すぐに作れるものじゃないからまた今度にさせて欲しいかな」
「むう、残念ですわね……」
「そ、それより結婚生活はどうなの?」
「もちろん順調ですわよ!」
ついでとばかりに話を変えるとグレースさんが夫である、ルツィアール国にある領地の次男についていろいろと語ってくれる。
シーナ王妃が言うにはすごくおっとりした人で、戦いよりも勉学の方が好きという兄さんみたいなタイプらしい。気が強いグレースさんと上手くいくと思っていなかったけど、意外といい夫婦なんだそうだ。
「――というわけで、楽しいですわよ。今日はたまたまお城に来てましたけど、いつもは領地の屋敷に居ます。というかお兄さんは結婚したのに、ラースはまだなんですのね? お相手はいっぱいいましたわよね?」
「いや、いっぱいは――」
「そうだね、ボクを筆頭に三、四人はちょちょいっと」
「居ないよ!? なに適当なこと言ってるんだリース!」
最近ずっと静かだと思ったのに急につまらない嘘を吐く!?
「まあ、それはいいことね! ラースは優秀ですし、子供はたくさん作って欲しいですわ。……そしてウチの子と結婚を……!」
「政略結婚はちょっと……好き同士ならいいけど……」
「たくさん作ることは否定しないんですね。ならいつかわたしの子供も結婚させましょうかね」
「あ、僕も!」
バスレー先生ウルカまで!? って、結構お酒を飲んでるからか……子供は、前の両親のようなことにならない自信があるけど、まだ少し怖い。
どちらにせよ教主を倒して、脅威が無くなってからかな? 何気にファスさんの後継者として、マキナも腕を上げているから、あの島でさらになにか掴めるのではないかと思っている。
正直、あまり待たせるのは失礼なのでこの戦いが終わればマキナもきっと成長しているから、すぐにでも式を挙げたいと思っていたりする。
恋人になる時は手が震えるほど悩んだものだけど、レッツェルやサンディオラの前王、ルクスの両親など、色々な人の人生に触れるうちに、前世のことは歪でさらに俺には自分というものが無かったんだなと思うようになったのが大きいだろう。他人の目……いや、親兄弟に認められたいというそれ自体が多分呪いみたいなものだったんだと。
胸中でそんなことを考えていると、グレースさんがため息を吐いて首を振る。
「もったいないですわねえ。多妻は男の甲斐性でもあると思いますけど」
などといい、最後にヴェイグさんやグレースさんの旦那さんも妾はそのうち作るだろうと言っていた。貴族、王族ならそういうこともあるだろう。
だけど、父さんや兄さんは妻が一人だけだし、日本人だった俺はそれでもいいと思う。……ルシエールとクーデリカにもいい人が現れるといいんだけどな。あとルシエラ。
そんな夕食も終わり、庭に繋がせてもらっていたアングリフの下へ向かう俺達。
「お待たせ。いい肉を貰ってきたから食べてくれ」
「オオ! サスガは主だ。アリガタく頂こう」
鎖を解いて自由にすると、俺に頭を摺り寄せながら喜んでいた。そこで、レッツェルが顎に手を当ててアングリフに尋ねる。
「ふむ、随分話し方がうまくなってきましたね? 学習しているということでしょうか」
「ソノ通りだ。あのメスがヨクしゃべるおかげで段々となれてキタ」
「メス……バスレー先生か。なら、そのうち流暢に喋れそうだよな」
「キタいしてくれアルジ」
「なにやってるんですかラース君! もう一軒、もう一軒行きましょうー!」
「城は飲み屋じゃないからね!?」
とんでもないことを口にするバスレー先生を連れて宿へ直行し、明日に備えて休むことに。ただ、俺はアングリフが居るため、宿には入らず、倉庫のような場所で荷台をベッドに寝ることになっている。
「それじゃゆっくりな」
「アリガとう。……む、ダレカ来るぞ?」
「え?」
現れたのはリリスだった。疲れた顔で馬車まで来ると、俺に手を上げて口を開いた。
『はーい。もう寝る?』
「明日も早いし、そのつもりだけど? 何か用があるのか」
『特にこれって話は無いけど、なんだかんだでわちゃわちゃしながらここまで引っ張られてきたし、ゆっくり話してみたくてね』
「同情はしないぞ、十神者の中に居る悪魔達がエバーライド王国を亡ぼしたのは間違いないんだからな」
『ふふ、それは構わないわ。だって、私達は悪魔だしね? 別世界から呼ばれた存在だけど。……ひとつ、そのことで気になることがあるわ』
自嘲気味に肩を竦めた後、リリスは俺の隣に座り、真面目な顔つきで俺に言う。
『教主サマがなぜこのタイミングで私達を呼んだのか? ということと、回りくどいやり方をずっとやっていたのか、よ』
「……どういうことだ?」
『教主アポスの力は見立てだとかなり魔力もあるし、知識もある。その気になれば若いころに呼び出して復讐すればいいのに、年老いてから呼んだ。もう五十いくかどうかのおっさんよ? この年になる前に別の生き方を模索する人間の方が多いでしょう?』
「確かに……でも、お前達を呼ぶのは難しいから時間がかかったってことかもしれないし」
『なら回りくどいやり方はどう説明する? あんなに時間をかけて、しかも失敗しているから計画はさっぱり進んでいないわ。ガストの町を見たとおり、私達の力をレフレクシオンに向ければすぐにカタがついた可能性は高いと思わない?』
そこは俺も引っかかっていたところで、十神者という存在を知る前はベリアースを後ろ盾に、戦力を増強してその間に領地を手に入れ盤石にするという計画だと思っていた。
だけど、悪魔達を使って一気に蹂躙すればレフレクシオン王国は終わっていただろう。
「他に狙いがあるのか……?」
『そう考えるのが妥当かもね。まあ、年齢も年齢だし、アスモデウス達が悪魔に戻ったことを機に、一気に攻めてくるかもしれないってことよ』
「なるほどな。帰ったら国王様に言っておく必要がありそうだ」
『それと、あのリースって子は注意したほうがいいかも? なーんか、何考えているかわからないのよね』
「ああ、あいつは学院時代からそんなもんだ。気にしても仕方ないさ」
『でも――あ、いいわ。とりあえずそういうことだから、伝えておくわね。おやすみー』
去っていくリリスの背に声をかけ、俺も寝床に横になる。
……それにしても、アポスは確かに不可解だ。転生前の記憶は持っているはずなのに、なにもしていない。俺ですら料理などを作るくらいには利用するのに……
一度話してみたい気はすると少し不謹慎なことを思いながら俺は目を閉じるのだった――
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