第四百七十九話 ドラゴンとドラゴン
ラースが旅立ち、マキナ達の修行とルシエールの探索に目途がついたころ、サージュはグランドドラゴンとの死闘を繰り広げていた。
<その図体で速いな……!>
<フッフ、若いのうそっちの人間達と一緒に暮らしてドラゴンとしての能力が鈍ったのではないか?>
<くっ……!?>
「サージュ、うしろー!」
<うぬ!?>
素早く後ろに回り込んだグランドドラゴンの爪を尻尾で弾き、振り返りながら裏拳を繰り出すサージュ。それを見越したグランドドラゴンは引くのではなくそのまま体を預けるように体当たりし、派手に転がった。
「マジで速いな……ティグレ先生ならどうする?」
「俺がドラゴンと戦うのと、ドラゴン同士が戦うってのはかなり違うからなんとも言えねぇな。俺がこの状況で戦うなら懐に飛び込んで手足と尻尾が届きにくい位置でひたすら同じところを攻撃するだろうな。サージュ! お前オートプロテクションはどうした!」
<おお、そうだ……!>
<ほう?>
倒れたサージュにグランドドラゴンが爪を振り下ろすが、サージュのオートプロテクションで届くことは無かった。
<かぁ!!>
<フハハ、火球か! ‟アースウォール”>
「かき消されちゃった!! がんばれサージュ!!」
<うおおおお!>
<無策で突っ込んでくるとは甘いやつよ! ‟グランドオンスロート”>
<ぐぬ……!? ぐおおおおお!?>
翼のないグランドドラゴンが肩から突っ込んできた直後、サージュのオートプロテクションがガラスの砕けるような音と共に霧散し、体当たりが胸板に炸裂。
巨体が壁に叩きつけられ、ずるりと座り込むように崩れ落ちた。
「サージュ!?」
<わしの渾身の一撃じゃ。しばらくは立てまいそれでは生贄をいただくとしようかのう>
「どういうことだ……?」
<このダンジョンへは弱肉強食じゃ、それに人間は貴重な栄養源。特に子供は美味いのじゃ>
「ひっ!?」
赤い目を細めてドラ猫の頭に乗っているアイナとティリアを見ながら舌なめずりをするグランドドラゴンに、ティリアが体を強張らせる。
「おい、てめぇ……娘になんかしたらその体、八つ裂きじゃすまねえぞ、オイ?」
「うわ、やべぇ……笑いながら怒ってる……本気のティグレ先生だ……グ、グランドドラゴンだっけ? 挑発するのはやめとけー!」
<そうは言ってもな、この領域に足を踏み入れた以上わしらがルールだ。わしを倒せば回避できる、そうだろう?>
「なら、分からせてやるまでだぜ」
ドラ猫の下に足を進めるグランドドラゴンにティグレが攻撃を仕掛ける。
<わしの皮膚は岩石よりも硬い。人間の武器でどうにかできるほど甘くはないぞ?>
「チッ、オートプロテクションよりもタチが悪いぜ……!!」
「にゃーご……!!」
<お主もよくわからん感じじゃのう? 大人しくしておけば――>
<なんだというのだぁぁぁぁぁ!!>
<なに!?>
ドラ猫に伸ばした腕を、横から出てきたサージュが掴み、先ほど自分が投げられた壁へぶん投げ叩きつける。
<はあ……はあ……アイナを食うなど我が許さん!!>
<くっく……いい気迫じゃ、そして良い魔力の使い方じゃった。……我等ドラゴンは身体よりも魔力を重視する。今、お主はわしとの戦いで相当疲弊しておるから魔力で体を動かしておるじゃろう?>
<む? そういえば……>
<意識的に魔力で体を動かせるようになれば、身体能力と魔力制御で――>
そこまで告げてからグランドドラゴンは小さくなり、人の姿へと変えた瞬間目の前から消え、
「……そこか!」
<ふっふ、見事。人の姿ならいい勝負になりそうじゃな>
「てめぇ……」
ぼろきれのようなローブと杖を持った老人が、ティグレの横に立ち、剣を喉元に突き付けられていた。
<……なるほど、あの巨体で素早く動けたのはそういうことか。しかしなぜそれを我に教える? その姿になったのも理由がわからん>
サージュが疑問を口にすると、グランドドラゴンはティグレの剣をやんわりと払い、サージュの前に立ち、口を開いた。
<フッフッフ、古代竜が帰ってきたということでちょっと遊んでみただけじゃな! まあまあやるようじゃが、まだ甘いのう>
<なら人間を食べるというのは……>
<嘘じゃ>
「なんだよ……ふざけてたのか……」
ジャックが悪態をつくと、グランドドラゴンは笑いながら返す。
<ロイヤルドラゴンの下へ行くなら実力を見る必要があったからのう。わしがここに居るのは、実力無きものを返すことにある。いわば門番と同じじゃな>
「おじいちゃんはいい人なのー?」
<お嬢ちゃんを食べたりはせんよ>
「くおーん」
「それじゃ、ここを通してくれるのか?」
ティグレが剣を肩に乗せながら訝し気に尋ねると、グランドドラゴンは小さく頷いて言う。
<うむ、好きにするといい。わしは古代竜の力を見たのでこれ以上は、な。古代竜、先ほどの感覚を忘れれぬことだ>
<なにがなんだか分からぬが……助かる。承知したぞ>
<フッフ、素直なドラゴンだな。では、行くとしよう>
「あれ? おじいちゃんドラゴンもついてくるの?」
ティリアが眼下にいるグランドドラゴンへ聞くと、にやりと笑いながら返す。
<もちろんじゃ。バーンドラゴンが名前をもらってわしが貰えんのは不公平じゃし、道中で考えてもらおうかのう>
「名前ねえのか? ……どうも人間と出会ったことがありそうなんだけどな? バーンドラゴンはそう言わなかったが」
<……>
「そういや、人間が上陸したのは俺達が初めてだって言ってたよな。ドラゴンだけでよく住んでるな……」
<まあ、ドラゴンにも色々あるということじゃな。古代竜がお主達人間と共にいることも>
「よくわからないけど、サージュをいじめないならアイナは一緒に行ってもいいよ! お名前はみんなと一緒に決めた方がいいよね?」
「うん。ラースお兄ちゃんに決めてもらってもいいし。ドラちゃん、おじいちゃんドラゴンのところに降ろしてー」
「にゃーん♪」
アイナとティリアが屈んだドラ猫の頭から降りて、サージュとグランドドラゴンの下へ駆けていく。
「わ、おひげが凄い!」
「わたしのお爺ちゃんよりも多いよ!」
「平和だな……ってティリアちゃんのお爺ちゃんって元ルツィアールの国王様だろ……」
「だな。俺に両親はいねえし。そういや、ガストの町にお忍びで来ることがあるけど、大丈夫かな……」
「あー、ラースに伝えてもらえば良かったかも。……にしても、ここのドラゴン達なにか隠している気がしませんかね?」
「ああ。ロイヤルドラゴンとやらが教えてくれるといいんだが――」
わいわいとドラゴン達の周りではしゃぐ子供たちを見ながら、ティグレとジャックはため息を吐くのだった。
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